俺とあいつはライバルだった。
ライバルであり、親友であり、互いに「お前には負けないからな」と思い毎日を過ごしてきた。

眩暈


バレーも負けたくない、合宿中に食べる飯の量も負けたくない、筋肉の量は…負けてしまうけれど跳躍力は負けてない。同じ女に恋しても、絶対負けたくない、負ける訳がない、と思っていた。

けれど、実際はこうだ、



「ごめんね、邦広いま居なくて」


髪の毛を後ろで束ねた名前が申し訳無さそうにそう言った。柔らかい声質だけれど、よく通る。
名前は長年の片恋の相手であった。それは同時に清水もだ、


「すぐ戻ると思うよ」
「ええねん、あいつに会いに来た訳ちゃうからさ」


御覧の通り。俺の負け。
清水と名前はふとした拍子に恋仲になり、清い付合いを続けて結婚へ、順調に愛を育んだ。
それを知ったのは二人が婚約して、式の日取りも決まった頃。清水が電話で俺に言った。


『ごめん』


途端にぱちん、と頭の中のスイッチが切れて目の前が真っ暗になった。清水の「ごめん」の声が反響する。


『ごめん、福澤、ごめん…』


お互い、名前に対する恋心について話したことはなかった。しかし俺がそうだったように、清水も俺が名前に恋していることを気付いていた。


互角だとばかり思っていたライバルに、恋には負けてしまったのだ。


「福澤くん?」
「…えっ」
「どうかした?」
「いや、…大丈夫」


上がって、と手を引かれて部屋に入る。清水が一人暮しをしていた頃とは打って変わって綺麗な部屋。
着飾ってはにかむツーショット写真、部屋の中は清水の匂いがした。心臓が痛くて、吐き気がする。


「…清水、何処行ったん?」
「コンビニまでって言ったきり、ぜんぜん帰ってこないの」


ソファに座るように促され、真新しいソファに腰掛けた。名前はテーブルを挟んで向かいに座った。


「邦広の事だから走ってるうちに夢中になっちゃったんだと思うな」


出されたジュースを飲みながら、本来なら嬉しかったはずの"二人きり"というシチュエーションにも関わらず気持ちは沈んだまま。
もしも今、清水が帰ってきたらどんな事を思うだろうか。


「邦広に会っていかないの?」
「休みの日まであいつに会うこともないやろ」


それもそうか、と名前は笑った。コップに注がれたジュースを一気に飲み干して立ち上がる。


「じゃ、」


彼女もそれに合わせて立ち上がる。並んでみると渦巻くつむじがばっちり見えるほど、名前の頭は俺の視界の下。愛しい、守ってあげたいと思う、思ってしまう。


「なぁ名前…」


スニーカーを履き、背中に感じる彼女の視線にビクビクしながらふと嫌なことを想像する。


「うん?」


いずれ二人の間には子どもができ、どちらに似ているかなんて会話を交わすだろう。そんな時、ねぇ福澤はどっちだと思う?なんて聞かれたなら、俺はなんと言おうか。


「…あいつに捨てられたら、俺んとこ来るとええわ」
「もう、福澤くんたら…」


清水のヤなとこ、##NAME1##のヤなとこ、合わさってるよ!ってか。
考えるまでもなく、二人にはヤなところなんてないのだけれど。


「考えとく」
「そうし。むしろ、あの筋肉馬鹿に愛想尽きたら来いや」
「うん、大丈夫」


なにが大丈夫やねん。言いかけて、止めた。虚しくなるばかり。
どんどん自分の心が汚れていくような気がして怖かった。


「じゃあな」
「ばいばい」


これじゃまるで最後の別れ。
最後じゃない、最後じゃないんだ、と何度も心の中で呟きながら扉を閉めた。込み上げてくる何かに絶えながら、もう一度声にして最後じゃない、と自分に言い聞かせた。

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