「ウキョウこっちむいて?」

パラパラと雑誌を読んでいるとはしゃぐような声色で名前に呼ばれた。視線を雑誌から名前に移せばパシャッと音を立て光るそれ。びっくりして一瞬目を閉じ、また開けるとカメラから顔を半分覗かせた無邪気な笑顔があった。そんな顔を見ると胸が暖かくなって幸せだと実感させられる。

「不意打ちなんて卑怯だね?」
「だってウキョウなかなか撮らせてくれないじゃない」
「俺は撮られるより撮る専門なんです」

そう言ってカメラを取り上げると名前はむぅ、っとむくれた顔をする。確かに俺ばかりが撮っているから名前の気持ちは分からないでもない。でもやっぱり俺は撮られるより撮る方が好きだ。俺のそばで名前が笑ってる、その事実を形に残したい。
テーブルに広げられた何十枚もの写真はついさっき現像が仕上がった新しいものだ。風景やら空やらいろいろなのを撮っていたけどほとんどは名前が写っている。笑ってたり、恥ずかしがってたり、凛とした表情だったり。一枚一枚表情が違っていて面白い。

「名前は百面相みたい」
「それってどういう意味?」
「変な意味じゃないよ。魅力的ってこと。次の瞬間には違う顔をしてるからね」

喜んでいいのか分からないような顔をしながら首を傾げる名前。それが何だか愛らしくて自然と笑みがこぼれた。



たくさん世界を渡り歩いた。たくさん無残な死に方をし、たくさん君を殺した。文字にすれば数行で終わり、思いにすれば表しきれない。やっとの事で彼女に会えても彼女の隣にはもう他の人がいて。でも幸せそうに笑っているのをみたらそれでいいやと思えてきて。隣にいるのが俺じゃなくても幸せに生きてほしい、と、そう思っていた。

でもやっぱりこうして俺の隣にいてくれることが一番嬉しいと実感する。今度こそこの幸せは手放したくなかった。

「ウキョウ、やっぱり百面相って馬鹿にしてるんじゃないの?」
「えっまだ考えてたの?」

黙ったままだった彼女はどうやら百面相と言われた事を考えていたらしい。拗ねる名前に違うって!とフォローをすれば納得いかないような顔をしていたけど、なんとか治めてくれた。これからは百面相は禁句ワード入りにしないと。

名前はテーブルの写真を一枚撮った。

「やっぱりウキョウの写真好きだな」

微笑んで名前は写真を眺める。その写真は以前海に行ったときに撮ったものだ。

「そう?」
「そうよ。もっと誇ってもいいのに」
「いや、誇れはしないって。みんなどういう考えで撮ってるか分からないけど、俺は"撮りたい"と思った時にカメラを向けてるだけだから」

綺麗な写真を撮りたい、とは思わない。俺がカメラを向けるのは"撮りたい"と思った時だけ。ほとんど自己満足のようなものだ。自分の写真は好きだけど誇れるものだとは思ったことはない。そう言えば名前はそっか、と笑った。

「あ、そうだ。ケーキ食べない?」
「あー冷蔵庫いれっぱなしだったね」
「とってくるね!」

ふとケーキの存在を思い出したのか名前はパタパタとキッチンに走っていく。そしてその後ろ姿を眺めながらなんとなく思った。
俺の誇れる事ってなんだろう?
よくよく考えたら一つもない気がする…。趣味のカメラを除けばなんの魅力もないしがない凡人に過ぎない。
まさかとは思うけどつまらない男と思われていたらどうしよう…なんて思いが駆け巡りカメラ以外の趣味も見つけた方がいいかなと焦りながら考えてしまう。そんな時名前がケーキを持ってきて戻ってきた。

「ウキョウ、食べよう?」

そう言って笑う名前はすごく幸せそうな顔をしていて。また胸が熱くなる。ぎゅっと締め付けられて、苦しくて、愛しくて。この感情を言葉にするならきっと――。

「あぁ、そうか。一つだけあった」

そう呟けば名前は不思議そうな顔で首を傾げるけど俺は笑ってみせるだけだった。




たった一つ誇れるのは君を愛してるということ





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