「伝えきれるまで一緒にいてほしい」
ケントは夜道を走っていた。
最近経験したことがないくらい足を動かし、頭を空っぽにして走ることだけに集中していた。
(どうか間に合ってくれ……!)
今宵はクリスマス。住宅街ですら庭を飾るイルミネーションが光り輝き美しいはずなのに、ケントの目にはその輝きが痛く突き刺さるようだった。
自宅についたその時、携帯電話がメールの着信を知らせた。
相手は待ち望んでいた相手から――すぐに返信をし、ケントは家の扉を開いた。
「メリークリスマース!」
重なり合う3つのグラスの音。
名前の部屋にはサワとミネ。
この”クリスマス”という夜を過ごすために集まった、いつものバイト仲間だ。
今日は3人でバイトに出勤し、サンタクロースのコスプレをして大盛況の店内をさらに賑わせた。
クリスマスという特別な日にバイトに勤しんだ3人には、特別手当として店長から金一封だけではなくケーキの差し入れまで出たため、名前の部屋でささやかなパーティーを開いているのである。
「ほんっと疲れたよねぇ。正直あんなに混むと思わなかったよ〜」
サワは手を肩にあてて揉みほぐすようにしながら息を吐く。
それに頷いたミネも、今日の店内の混雑ぶりを思い出したのか、肩をすくめながら溜息をついた。
「ですねえ。……お客様のほとんど、先輩狙いでしたけど」
「えっ!?」
突然ミネに話をふられて名前は驚く。
「気付いてないところがまた先輩らしいというか」
「あはは。この子ってそういう子だし、いいんじゃない?」
それに、とサワは一呼吸おいて、名前の頬をつんと指で突く。
「あんたにはケントさんがいるもんね〜? 他の男なんて、目に入らないよね〜」
「ですよね〜!」
この中で唯一、『彼氏持ち』という輝く称号を持っている名前。
恥ずかしそうに頬を染めて、「そんなことないってば!」と反論するが、その表情に説得力はまるでなかった。
しかし、ケントという彼がいながらも、何故クリスマス当日にバイトへ出かけ、女の子だけのパーティーに参加しているのか。
「でも、ケントさんも急だったよね、学会に参加だなんてさ。あんた、初めてケントさんと過ごすクリスマスだからって、結構楽しみにしてたよね」
サワの言葉に名前は「そうだね」と肩をすくめて寂しげに笑って答えた。
ケントはクリスマスの当日に学会へ参加が急に決まってしまったのだ。
それまでは、クリスマス当日の外食にとふたりで決めたレストランの予約をしたり、近くのクリスマスイルミネーションを見に行こうと、ケントの口から誘ってもらっていたのだ。
もちろんデートコースのプランは、イッキからのレクチャーだというのはよくわかる。
以前よりも恋人らしくなったとはいえ、提案されたプランがここまでクリスマスデートらしいものだと、正直に申告されなくても察しがつくものだ。
しかしそれはすべて自分のため――初めてのクリスマスを共に過ごすために、ケントが真剣に相談してきたのだとイッキ本人から内緒で聞かされとき、それだけでも嬉しかったものだ。
今でもその気持ちだけでも嬉しいのは事実。予定がキャンセルになってしまったのは残念だけれど、来年留学先で初めてのクリスマスを過ごすのもいいかもしれないと前向きに思うことにし、バイトに勤しもうとシフトを入れたのだ。
「残念だけど、大切な学会だもん。埋め合わせはちゃんとしてくれるって約束したし、これ以上駄々こねてもしょうがないよ」
名前の言葉に、ミネは大げさなくらい溜息をついてみせた。
「はぁ〜。先輩は大人ですねぇ〜。でも、もうちょっと我儘言ってもいいんじゃないですか? 物分かりのよすぎる彼女なんて、ケントさんの思うツボですよ。学会だなんだって、これから先もずっと平気で先輩のこと置いていっちゃいますよ?」
ミネの言葉がぐさりと心に刺さってくる。
そんなことはないと信じたい。けれど実際、会うたびに彼は忙しそうにしていて、放っておかれているのは事実だ。
パソコンに向かって研究をすすめる彼の傍で、静かに自分の時間を過ごす――一緒にいるだけで幸せだと思う時間は、ケントの我儘をきいているだけのまやかしだと?
「……そんなことないよ。最近のケントさん、前よりももっと優しくなったもん。私、それで幸せだよ?」
真面目にそう答えてから、数秒後にハッとする名前。
一気に体中の血が沸騰するくらい恥ずかしい告白をしてしまった、と気付いたときはもう遅く、サワとミネから盛大にひやかされたのは言うまでもなかった。
「それじゃ、またバイトで!」
「おやすみなさーい!」
笑顔でふたりを見送り、名前は静かにドアをしめた。
振り返れば、シンと静まり返った自分の部屋にひとりきり。
ふたりが丁寧にパーティーの片付けをすべてしてくれたから、みんなで騒いだ余韻も部屋には残っていない。
自分で買った小さなツリーのライトだけが、この聖夜を名残惜しそうにライトをチカチカと点けては消している。
ひとりきりになったクリスマスを一緒に過ごしてくれたサワとミネには、感謝してもしきれない。
けれど、
「やっぱり、ケントさんと一緒にクリスマスしたかったな」
初めて心から出た本当の気持ちは溜息と共に吐き出される。その溜息は、悲しみよりもあきらめの色。
ケントは学会の開催地が遠方のため、今日は泊まりで出掛けてしまっている。
だから、どんなに願っても無理なのだ。
聖夜も残りあとわずか。時計があと半周くらいで日付を変えようとしている。
もうクリスマスは終わりにしよう、そう思った名前がツリーのライトの電源を落とそうと手を伸ばしたその時だった。
電話の着信音が鳴る。サワが忘れ物でもしたのかな? そう思いながら携帯を手に取ると、名前は驚きと嬉しさで胸がいっぱいになり、その着信表示をじっと見つめてしまった。
『ケントさん』
今日はもう連絡はないと思っていたから、なおさら嬉しかった。
名前は喜んで電話に出た。
「もしもし、ケントさん?」
『ああ、起きていたか。すまないな、こんな夜遅くに』
電話の向こうのケントの声も、ホッとしたような嬉しそうな声だ。
「いいえ! ついさっきサワたちが帰ったばかりですし」
サワたちとパーティーをするというのは事前に知らせておいた。
だからなのか「ずいぶん遅くまで楽しんだようだな」と、そのパーティーの様子を思い浮かべたケントが電話越しに苦笑いをした。
『サワとミネが帰ったばかりなら、君もまだすぐ外に出れるか?』
「え? はい、出れますけれど」
『そうか、それはよかった。実は、君の家にサンタクロースのソリを手配しておいた。すまないが、それに乗って出掛けてきてくれないだろうか』
ケントにしては非現実的なことを口にしたと思う。名前は驚き、返事に困って固まってしまった。
「えっと……ソリ、ですか?」
『そうだ。クリスマスと言えばソリだろう』
やはり何を言っているのかよくわからない。けれど、「すぐに出られるか?」ともう一度訊ねられてしまい、ケントがめずらしく焦っていることに気付く。
『すまないが時間がない。すぐに支度をして部屋を出て欲しい。外に出れば、迎えはもう待っているから』
「わっ、わかりました!」
『ありがとう。名前を待っている。それでは、またあとで』
プツッと電話が切れ、名前はその携帯を見つめる。待っている≠ニケントは確かに言った。
「ケントさんに会える……!」
名前は急いでコートを手に取り、バッグをひっつかんで玄関へ走る。
「いってきます!」
靴を履きながらドアを開け、振り返りながら『いってきます』の挨拶。これはいつからか習慣になっていた。
誰もいない部屋に話しかけるなんて少しおかしな気がするけれど、名前はそれでいいと思った。
そして勢いよくドアが閉められれば、誰もいない部屋は静まりかえる――振り返ったのはほんの一瞬だったけれど、名前は消したはずの小さなツリーの灯りが自分を見送ってくれるようにひとつだけやさしく光をともしたような気がした。
マンションの外へ出ると、すぐそこには見たことのある車が停まっていた。
その車の前には、スラリとした長身の男――よく見れば鼻に赤いものがついている。
「こんばんは。君を迎えに、サンタのソリでやって来たトナカイだよ」
「イッキさん!?」
それは見間違えることのない顔。イッキがいたずらっぽく目配せして赤鼻を外して見せた。
「これはちょっとした演出。深く突っ込まないようにね。さ、早く乗って? 急がないと間に合わなくなるから」
促されるまま車に乗り込むと、車はすぐに動き出した。方向はケントの自宅方面だ。
「あの、イッキさん。ケントさんの家に向かってるんですか?」
「え? そうだよ。……って、もしかしてケンから何も聞いてない?」
ソリに乗って出掛けて来てほしい、そして待っているとだけ言われたことを告げれば、イッキは深い溜息をついた。
いくらなんでもそれは説明不足だとこぼしながら。
「えーっと……何から説明すればいいのかな。ああ、僕とケンはね、学会が終わった後に僕の車ですぐにこっちに帰ってきたんだ。と言っても、ついたのはついさっきだけれどね」
「そうだったんですか……!」
「ケンが君に会いたいから、どうしても帰るってきかなくてね。僕は君を迎えにいくという役目を請け負ってソリ役になったわけ」
そう言ってちらりと横を向いて目配せしたイッキは、カーステレオの音量を少しだけ上げた。
これ以上は何も話せないのだろうと理解すると、名前も質問はやめて窓の外を見た。
まだ聖夜を彩るイルミネーションは輝いている。クリスマスは終わっていない――ケントに会える嬉しさは一秒ごとに増していく。さほど遠くはないのに、とても遠く感じるこの一秒がとてもじれったくて、でも愛おしく感じていた。
「さ、着いたよ」
車の停止と共に、名前はシートベルトをすぐに外す。
「イッキさん、ありがとうございました!」
「いえいえ。メリークリスマス、名前ちゃん」
「イッキさんも! メリークリスマス!」
急いで降りていく名前を見送ると、イッキはすぐに車を発進させた。
バックミラー越しに、ケントが彼女を出迎えたのが見える。愛おしそうに抱きしめ合うふたりの姿を見届けると、イッキはスピードを出して夜の街へと消えていった。
名前が車を降りると、ケントはコートも着ずにドアを開けて出てきた。
「名前!」
「ケントさん!」
大好きな人の名を呼んで手を伸ばせば、その大きくて広い胸の中でぎゅっと抱きしめられた。
「……どうしても今日中に君に会いたかった。君と一緒に初めてのクリスマスを過ごしたかった。……名前、メリークリスマス」
「私も会いたかったです……おかえりなさい。そしてメリークリスマス、ケントさん」
クリスマスのディナーやイルミネーションへ一緒に行くことはできなかったけれど、会えただけでも奇跡だ。
そして時計がちょうど日付を変える――ほんのわずかだったけれど、クリスマスという聖なる時間を共に過ごせたことに、そして自分のために帰ってきてくれたケントに心から感謝したいと思う。
ずっと抱きしめていてもらいたかったけれど、ケントはすぐに彼女を離し、部屋の中へと招いた。
ちょっとだけ残念に思ったが、「君に風邪でも引かれては困る」と少し照れながら理由を言うケントを見たら、それだけでどうでもよくなってしまった。
一日一日、日を重ねるごとに彼はやわらかくなっていく気がする。
相変わらず難い物言いをすることはあるけれど、名前の前では少しずつ減ってきたと思う。
いろんなケントの姿を見れているような気がして、そのたびに彼女の方がドキドキさせられっぱなしだ。
彼の両親は不在らしく、そのまま彼の私室へと向かう。
「本当ならば私が君を迎えに行くべきだったのだろうが、君に見せたいものがあってね。迎えはイッキュウに任せて準備をしていたのだ」
「見せたいもの?」
「ああ。あれだ」
そう言って自室のドアを開いたケントが指差したのは、天井に届いてしまいそうなくらいのクリスマスツリーだった。
あまりにも大きくて、ケントの部屋をだいぶ占領してしまっているが、ツリーは綺麗に飾り付けられていて、灯りをともせばより一層素晴らしいものになる。
「ここ数年見ていなかったが、我が家のツリーはだいぶ立派なものだということを思い出してね。イルミネーションを見に行けなかった代わりと言っては何だが、君のために用意してみた。気に入ってくれるとよいのだが」
「えっ、これケントさんが飾り付けたんですか!?」
あまりにも驚いた声を出したものだから、ケントが恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、不安そうに名前を見下ろす。
「そうだ。もしかして、どこかおかしいところでもあるのか? 一応自分の記憶を頼りに飾りつけたのだが、違うところがあれば教えてくれ」
そう言われて名前はあわてて首を横に振る。彼女はケントがこれをひとりで飾りつけたということに驚いたのだ。
一生懸命飾り付けをしているところなんて、まるで想像できなかったものだから、なんだか可愛らしくて仕方がない。
「おかしいところなんてないです、とっても素敵です。……ありがとうございます、ケントさん」
名前の言葉にホッとしたように微笑むケント。
ツリーを嬉しそうに見上げる彼女の肩をそっと抱き寄せ、共にそれを眺める。が、ケントはツリーよりも、彼女の横顔をそっと見つめていた。
ケントの入れてくれたコーヒーを手に、ケントと並んでソファに座る名前は昨日の一日のことを話していた。
お店はとても混雑したけれど、接客の腕をまた上げたと店長が褒めてくれたこと、その店長のくれた差し入れのケーキがとても有名なケーキ店のものだったとか、サワとミネのふたりとのパーティーはおしゃべりが楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまったことだとか。
彼にはどうでもよさそうな話だったけれど、今日は優しいあいづちと共にじっくり耳を傾けてくれている。
こんなにゆっくり彼と話すのはとても久しぶりだったから、名前はつい時間を忘れて話をしてしまう。
カチッと電子時計の数字が夜中の1時を報せた音でハッとなり、だいぶ話しこんでしまったことに気付く。
時計に目をやった名前の視線を追うようにケントも時刻を確かめる。
「ああ、もうこんな時間なのか……」
そう言うと、おもむろに立ち上がり、ケントは机の上に置いてあるものを手に取り、再びソファに座る。
「時間は過ぎてしまったが……これは君へのクリスマスプレゼントだ。受け取って欲しい」
「……ありがとうございます!」
小さな包みを受け取り、彼のサプライズに目を輝かせる。
「君からもらったマフラーは学会にもつけていったのだが、イッキがセンスがとても良いと褒めていた。もちろん、私もとても気に入っている。大切に使わせてもらうよ。本当にありがとう」
「本当ですか? 気に入ってくれて嬉しいです!」
クリスマスには会えないからと、名前はケントにプレゼントに買っておいたマフラーを既に渡していた。
彼の気に入っている色で、普段の自分には買わないような少し高級な品。奮発したかいがあったというものだ。
受け取った箱をただじっと見つめていると、「そんなに真剣に見ていても箱に穴など出来ないぞ。開けたらどうだ?」とケントが可笑しそうに言う。
プレゼントに感動して見つめていただけだったのだが、穴が開きそうなほど見ていただろうか?
少し恥ずかしくなりながら「はい」と頷くと、名前はそっと箱に掛けられたリボンに手をかけた。
箱の中から出てきたのは、盤面が淡いピンクのシルバーボディのレディースウォッチ――少し大きめのそれには、時刻を示す時計の針が2種類あった。
小さな円の中にある針は、どう見てもここの時刻を示していない。けれど、
「これ、ロンドンの時刻……?」
「!」
名前の言葉に、ケントは驚いた。
「よくこれがロンドンの時刻だとわかったな」
「だって、ケントさんがこれから行くところですから。電話やメールをするのに時差は知っておかないと……」
知っていた理由を話しているうちに、名前はとんでもない告白をしていると気付き、最後まで言うことなく恥ずかしくなって俯いてしまった。
電話もメールもしたいから、失礼のないように時差を調べておかなくちゃ。話題に困らないように、少しロンドンのことも調べてみよう。
そんなことを思いながらインターネットを使って色々調べたのはいつのことだっただろう。
「わっ、私ももしかしたら、ケントさんと同じロンドンに留学するかもしれないし……その、だから深い意味はないんです!」
本当はケントのために調べたことだったけれど、素直になれないのはいつものこと。
真っ赤になったままそう弁明をすると、ケントは「そうか」と少しだけ寂しそうに笑う。
その表情が名前の心にちくりと痛みを与えた気がした。
「しかし、君の留学は最早決定事項だ。頑張って勉強して、向こうに来てもらわないと私が困る」
「困るって……」
「ああ、とても困る。君がそばにいてくれないと、私が君に会いたくてどうにかなりそうだからな」
「ケントさん……!」
以前にも同じようなことを言われた――思い出してさらに赤面していると、「着けてみてくれないか」と彼に言われ、名前は時計に直に触れた。
ひんやりとして少し重みのあるそれを腕にはめれば、まだ未調整のベルトが少し大きくて、押さえていないとぐるりと回ってしまう。
「すまない。少し大きかったようだな。これでも店で少し調節してきたのだが」
「大丈夫です。自分でも簡単に出来そうですし」
ひとつの盤面で刻むふたつの時間。いちいち時差など計算しなくても、この時計ひとつでケントのいる場所の時間がすぐにわかるなんて、これ以上嬉しいプレゼントはない。
「すごく……すごく嬉しいです。ありがとうございます、ケントさん」
「ああ。君に気に入ってもらえて、私も嬉しい」
ぎゅっと抱きしめられ、名前は最高の幸せを感じる。彼に愛されているという幸せが。
「実は私も君と同じようなことを考えていたのだ。時差を気にして、君が電話もメールも遠慮するのではないかとな。だからすぐにわかるようなものをプレゼントしかった。そして君はその時計を見てすぐにロンドンの時刻だとわかって……私は本当に嬉しかった」
目と目が重なり、どちらからでもなく唇も重なる。
失敗することもなくなったキスは、いつもより少しだけ長くて、いつもよりも甘くて、心から蕩けそうになる。
そして唇が離れれば、身体に熱い余韻がまだ残っていて、次が欲しくなる。――次、って?
ずるりと腕を滑り落ちた時計が、そろそろ帰宅すべき時刻を示す。帰らなくては。
そう思った名前が「そろそろ……」と、ケントから離れて立ち上がると、
「名前」
と、手を掴まれた。
「あ……つまり、その」
いつになく歯切れの悪い言葉。ケントは本当に自分の言葉なのかとさえ疑いたくなった。
けれど、勇気を出して言わなければ。この想いを、彼女に。
「私は本当に君に会いたくて、それで……クリスマスに会えて本当に嬉しくて――ああ、私は何を言っているんだ」
結局上手く言えていない自分に呆れ、溜息を吐きだす。
そして心を決めると、掴んでいた名前の手を引き寄せ、もう一度自分の胸の中へと戻す。
突然のことに驚いた名前は、まるで倒れ込むように彼の膝上に乗ってしまい、気がつけば再び抱きしめられていた。
「名前に頼みがある」
耳元で囁かれた言葉に「え?」と顔を上げれば、ケントが赤い顔のまま真剣な表情をして名前の瞳を見つめた。
「……この想いを君に伝えきれるまで、一緒にいてくれないだろうか?」
愛する君に、この想いをすべてありのまま伝えたい――――
彼が答えを待つその沈黙に、名前のドキドキと高鳴る胸の音が空気に振動して伝わり、聞こえてしまいそうな気がした。
伝えきれるまで一緒にいてください
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