ドアの開く音と共に聞き慣れた声がした。聞き慣れた、のは声質だけであって声色は全く違っているが。


「少しは楽になった?」

それは少し刺のある言い方だった。一言聞いただけなのに怒らせてしまったのだとわかる。
名前自身、ここまで熱が上がっているなんて考えもしなかった。微熱で済まされる程度だろうと思っていた。
けれど、ふらふらになりながら家へと着くなり迎えに出てくれたイッキの腕の中に倒れ込んだのは、曖昧ながらも記憶に残っている。

あれから結構な時間が経ったようだ。
イッキは名前が目を覚ますのを待ってくれていたらしく、外はすでに夕焼け空へと代わってきている。

帰り着いてからの記憶は抜け落ちているように思う。例えば、サイドテーブルに置かれた風邪薬とコップには見覚えがない。
愛用している帽子と上着も見当たらない。髪の毛の三つ編みも丁寧に解かれている。
この家に住むのは名前とイッキだけ。つまり、玄関で倒れ込んだ彼女をベッドに横たわらせ、世話をしてくれたのは彼しかいない。


「ごめんなさい……」
「僕に謝るようなことをしたって思うの?」

しんとした部屋にイッキの声がやけに響いた。
熱に侵されていた頭でも、眠った後だからかしっかりと言葉を認識してしまうことが少し恨めしい。普段より大分ゆるくなった涙腺のせいで、じわりと涙が浮かぶ。

彼が言いたいことはわかる。
それでもイッキに余計な心配をかけたくないからと思うのは悪いことなのだろうか。
言葉にしなければ伝わらないのは自分が一番知っているというのに。涙のせいで唇が震えて上手く喋れない。
黙っているうちに、目の端から零れた一粒が枕に吸い込まれていった。嗚咽が出ないことが救いだった。イッキに気付かれることなく、名前は布団を被り直し寝返りを打つ。


「……顔、見せて」

微かな足音でイッキがベッドのそばに近寄るのがわかって、名前は思わず身体を固くする。ベッドが軋み、彼が腰掛けたことが伝わってくる。布団をはがしてマイの肩をつかみ、そっと引いた。
かたくなに振り向かずにしていたはずが、あっさりと仰向けになり上を見上げれば自然とイッキが目に入る。
気まずさから顔を背ける名前に苦笑をもらしたあと、もう一度顔が見たい、と呟いた。耳元で囁かれてしまえばどうしても逆らえない。同時に、頬に熱が集まる。

「ごめんね。冷たくするつもりは全然なかったんだけど」
「それは、私が悪いから……」
「そんなのじゃない、ただの僕のわがままだよ」

名前の髪をなでつけたままふう、とため息を一つついてイッキは口を開いた。

「君が寝てる間、ずっと携帯が鳴ってた」

唐突な話の転換についていけなくて目を白黒させる名前に困ったように笑いかけ、続きを口にする。

「女の子の名前が表示されるのはなんともなかったんだけどね……むしろ、それだけ心配されてるんだって思って嬉しくなった。それに彼女たちはメールだったから。でも男の名前はどうしても見ていられなくて……着信だってこともわかって、ごめん、携帯の電源切っちゃった」

差し出された携帯を手にとり、開いてみても画面は真っ暗なままだ。電源をつけてみると確かに心配してくれているメールや不在着信が入っている。
それらを見終えたのを確認するや否や、イッキは名前の上半身を起こして抱きすくめた。

「……みっともない嫉妬して、ごめん。非があるのは僕で、君に当たっていいはずがないのに」
「イッキさん、」
「話ならあとでなんでも聞くからお願いだから、このままでいて」
「イッキさん、私、嬉しいです」

あとで、を無視して名前がイッキの背中に腕を回す。


「迷惑をかけてごめんなさい。それでもイッキさんが嫉妬してくれて嬉しいって思うのは不謹慎ですか?」

今度はイッキが目を見開く番だ。少しだけ体を離したから、名前にもイッキの顔がよく見える。
ふらりと視線をさまよわせてから名前の目を除きこみ優しく苦笑する。


「名前は……ほんとに、ずるい」





――そんな君だから、無謀なことを願ってしまう。






君の存在理由が僕であればいい





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