目覚めた黒の殺戮者 3
「しかし、本当に良かった――。来ないと思ってんで」
イェンの家から出た一行は、泊まる場所に行く前に村の中を歩いていた。地形などを把握しておいた方がいいと、リースが言ったからだ。 彼女は畏まった口調から、普段の言葉遣いに戻して彼らに接していた。 リース曰く「畏まった言葉って苦手なんだ」という事らしい。
「しかも、男の子三人に、可愛らしい女の子が二人。大変大変」
全然大変そうに思えないくらい軽い口調に、リゼルとフォルテは苦笑いする。 アックスはというと、キョロキョロと興味深そうに興味しんしんに、村を見ていた。そんな彼が離れないように、どこかに行かないように、ラ―グは目を光らせていた。はぐれると、後々面倒だからだろう。
「大丈夫ですよ! きっと……?」
曖昧な、そして確信がなさそうな言い方に脱力感に襲われる。せめて、疑問系にしないでほしかった。
「一応、気をつけて下さいな? 特に、黒髪くんかな……?」 「そうなんですか…………て、オレ!?」
彼女の言葉を軽く流すように返事をしていたリゼルだが、すぐに自分を指差し、驚く。クスクスと面白そうに、リースは笑う。
「だって。君、優しそうだし、顔も整ってるし? 女のようにも見えるから。それに、何たってキレイな黒髪! 女のみならず男も群がってくるかも」 「リゼル……頑張ってっ」 「何でそんな哀れむような目で見るの!? 応援しないで!」
フォルテから感じる視線に、リゼルは声を荒げる。 リースは彼の肩に手を置く。
「さっきから、視線、感じるでしょう?」
確かに、そう言われると先程から視線を痛いほど感じてはいた。感じるが、振り向きたくないが――とりあえず、試しに、リゼルはそちらを見る。いたのは、数人の女の人達。リゼルと目が合うと、慌てて家へと入ってしまった。 呆然としている彼に、リースは笑いそうになるのを堪えていた。口元を手で覆い、漏れないようにしていたが――指と指の隙間から笑いが零れている。それでも、頑張っているのだから、ある意味すごい。こっちは分かっているのだが。
「ふふー。初々しい――」
愉快そうに笑みを浮かべる彼女の目じりには、涙が溜まっていた。それを拭う彼女を呆れ眼で睨むリゼル。 そして、ふとある女性を思い出す。 緑髪をした女性――
「リースさんって、スノウさんに似てる……」
そう、この感じはスノウにどことなく似ていた。 彼はこの呟きが誰かに聞こえてないか不安になり、見回す。どうやら、聞こえてなかったようだ。 なぜなら、リース達女子三人は楽しそうに世間話をしている。そして、後ろにいるアックスとラ―グはというと、アックスの質問にラ―グは面倒そうに、しかしちゃんと答えていた。
「……ん? なんだ?」
視線を感じたのだろう。ラ―グがリゼルに声をかける。
「何でもないよ。それより、アックスの質問に答えてるんだね」 「あ? 言わないとうるさいからな、このアホ」 「アホじゃ――」 「ないもん、でしょ? アックスはアホじゃないよ」 「……っ! リゼル、いいヤツ――!」
アックスはリゼルの手を掴むと、ブンブンと振る。 少々痛いが、耐えれない程ではない。
「リゼルに質問するもん! ラ―グ、イジワルだから!」 「しっかり答えてやっただろうが」 「アホって言うからもういい!」 「そう言って何が――」 「あ――もう、ストップ!」
言い合いを始めそうな二人にリゼルが手をパンパン、と叩いて止めた。二人は互いにそっぽを向く。 リゼルは思う。 どうして戦いの時は、いいコンビになるのにいつもはこうなんだろう、と。 そんな事をしている間も、リースの案内は続く。 泊まる所についたのは、夕方頃だった。リゼルは、建物を見て、目を見開く。
「リースさん。ここが泊まる所、ですか?」 「そうですよー。この村に訪れたお客さんは、ここに宿泊してもらうの。一軒家だけど、宿です!」
口を開けたまま、風情を感じる宿を眺める。 中に足を踏み入れると、これまた趣を感じさせる作りになっている。 アックスは、畳を見ると目を輝かせて靴をバラバラのまま脱ぎ捨て、寝転がる。
「うぉぉぉぉぉお! タタミだ、タタミ――!」
一人はしゃぎだす彼に、リースは笑い、リゼルは恥ずかしそうに俯く。
「お金なんて取らないから、安心して寛いで下さいな。ご飯は後で、持ってきますっと――それより、彼は畳が珍しいのかな?」
未だに叫んで転がっているアックスを示す。家具にぶつかりそうになっていたが、回避していた。
「珍しいというわけでは――こう、外で泊まるのが久し振りだからだと、思う…」
そうあってほしいと願う。 転がるのに飽きたらしいアックスは、むくりと起き上がると次は「腹減った!」と言い出す。本当に、自分に正直な人間だ、と思う。
「もう少ししたら出来ると思う。だから、我慢してて」 「分かった!」
頷くと、大の字になって畳に寝転がる。 一方、フォルテとジェミスの姉妹は庭にある池を覗きこんでいた。
「フォルテ! 鯉よ、鯉! 珍しいのがいるわ。綺麗ね」 「ジェミス姉、はしゃぎすぎ……それはどこにいるの?」 「ここよ、ここ」 「あ、本当。珍しい色ね。綺麗だけど、これだけいると気持ち悪いわ」 「そう? 可愛い子がたくさんいるじゃない。癒されるわ」 「癒されるっ!?」
姉の言葉に戦慄が走ったような感覚が、フォルテに走る。唖然としてしまう。
「こんなにいるのに、癒されるっ!? そういえば、ジェミス姉は昔から、変な物を可愛いと言ってたわ……」 「変な物って何よ! 失礼しちゃうわ! この鯉ちゃん達を見てよ。つぶらな瞳が可愛いと思わ――」 「思わない」
投げかけに覆いかぶさるように、はっきりと即答したフォルテ。あまりの早さに、ジェミスは数秒固まるが、正気に戻ったようで頬を膨らませる。
「もう! フォルテなんか知らないわ! 私、鯉ちゃんと遊んでる!」
拗ねたらしく、目をフォルテから鯉に向ける。溜め息を零したフォルテは、彼女の側から離れ、視線を周りに向けた時には、リースの姿はもうなかった。ジェミスと話している間に帰ったのだろう。 縁側に座っているラ―グの隣に、腰をかける。彼は横目でこちらを確認すると、何も言わずに戻す。
「今日、かなり疲れたわー」 「そうだな」 「ねー。明日から頑張りましょ」 「あぁ」
そこで会話は途切れる。 しばらく沈黙があったが、終わらせたのはラ―グだった。
「……さっきから、あれが妙に気になるんだが」
指を差した先には、ジェミスがいた。 彼女は一人笑いながら、鯉を見ている奇妙であり不気味な図。彼も少し引いていた。
「あ、うん……気にしないであげて? その、疲れてるのよ」
よく分からない答えに顔を顰めるが、興味がなくなり、手を下ろす。 フォルテは足をブラブラさせ、空を見上げる。つられるようにラ―グも顔を上げる。 もう少しで、日が完全に沈む。
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