忘却した白い過去 6
アックス達が楽しく談笑しているのと同時刻、スノウは研究室からフラフラとした足取りで、廊下を歩いていた。
「連続で徹夜はやっぱ、キツイ……」
壁に手をつき、視点が定まらない瞳を擦る。だが、擦っても変わらない。視界がおかしい。 ゆっくりと足を動かす。
「スノウさ―――ん!」
後ろから、スノウを呼ぶ声が聞こえた。元気な声音に、誰か分かるようで、彼女は時間をかけて振り返る。 一人の少女が、彼女の前で足を止める。 黒の中に少し緑色が混じった髪を二つ縛りにしている。髪を縛っている紐は、左右で色が違う。左は赤色で右が黒色で、その他に灰色のヘアピンもしていた。
「おはようございます、スノウさん! 今日も天気がいいで――」
はきはきと明るく話しかける少女の薄茶色の瞳がスノウを捉えると、少女は言葉を切り、目を丸くした。 数秒経って、ようやく口を開いた。
「す、すすすス、スノウさん!? 目の下のクマ、酷いですよ?!!」 「リューエ……そんなにかい?」 「はい。今まで以上に酷いです」
頭に少女の声が響くようで、スノウは片耳を手で覆う。リューエと呼ばれた少女は、声のボリュームを下げ、真面目な顔ではっきりと告げた。
「そっか……」
再び、足を動かす。リューエは彼女の隣に並んで歩く。
「また、徹夜してたんですか? 今回は何日連続なんですか?」 「えっと……どうだったっけ? 忘れた……」
本当に分からないのだろう。リューエは心配な眼差しで彼女を見上げる。 リューエが前屈みになると、チリンと腰についている鈴がなった。
「スノウさん、研究するのはいいですけど……少しは休んで下さい。体、崩しますよ?」
それにスノウは彼女の頭に手を置き、撫でる。リューエは、眉を寄せる。
「むぅ。スノウさんは、何かあると、すぐ頭を撫でますよね…」 「はは」
彼女は笑うだけで、肯定も否定もしなかった。
「ハルートさんにもよくやるし…」 「やろうとしても、届かないがね……あの子も大きくなったよ。私が会った時は小さかったのになぁ」 「どのくらい、だったんですか?」 「んーそうだね。リューエよりは低かったよ。ネイナやギィルよりも低かったかな?」 「そうなんですか!?」 「あんまり、覚えてないんだよ。本人に聞いた方が早いぞ」
まぁ本人が教えてくれるかは知らんが、と楽しそうにケラケラと笑う。 確かに、とリューエは納得する。聞いたとしても、流されてしまうだろう。彼は、掴みどころがないから。リューエの性格上、無理に聞くのはいけない、と思ってしまう。 話題を変える事にした。
「て、徹夜の原因は、あの黒い核ですか?」
撫で終わったのか、スノウは彼女の頭から手をどかす。クシャクシャになった髪を整えつつ、質問した。
「当たり。なかなか、進まなくてね……」
両手を胸の高さまで上げる。お手上げ状態になっているようだ。
「そうなんですか…」 「あれは、かなり厄介そうだ。ただ…」 「ただ…」 「あれを作った奴は、そうとう腕がいいな。感心してしまうよ」
苦虫を噛み潰したような、不愉快きまわりない顔をし頭を乱暴に掻く。そんなスノウを初めて見たリューエは驚きを隠せなかった。同時に、心配してしまう。
「だ、大丈夫、なんですか?」 「何とかしてみせるさ。私の頑張り所だな。あぁ、そうだ。こうすれば――」
足を止め、ブツブツと呟きだす。こうなると、スノウは一人の世界に行ってしまうらしい。そして、どうやら入って行ったようだ。 考え始める彼女に、リューエも同じように止まり、窓を眺める。
「本当、いい天気……」
太陽の光が眩しく、手を翳す。
「でも、そうすると…」
隣では、まだ世界に浸っているスノウの声。 とりあえず、呼んでみる。
「スノウさん―」
反応なし。もう一度、呼びかける。
「スノウさ――ん」
やはり、反応がない。
「ど、どうしよう……」
何とかして彼女の思考をこちらに戻す事が出来ないか、考えた。 考えて考えて、出た答えが――
「な、なぐる?」
物理的解決方法だった。 頭をぶんぶん振り、その案を消す。
「あ、危ない…年上に、しちゃダメだよ、自分!」
また頭を働かせていると、後ろから足音が聞こえる。振り返り、彼女は頬を引きつらせる。 青い何かが、もうスピードで走って来ていた。リューエはその何か――いや、人物を知っている。
「あ、あれは……」
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