邪となる影 3
戦っている九人を木の上から見つめている、一人の少女。 灰色の前髪を、無造作に纏め上げている。 紺色の瞳は彼らを――いや、ある人物に向けられていた。それは、殺意なのかそれとも、哀れみなのか。一色端に混ぜたような――彼女しか、分からない。
「貴女は……」
少女は無意識に口を動かす。
「貴女は、何をしたいのですか? どうして、気付いてくれないのです? ねぇ、――様…」
彼女が呼んだ名前は、下の戦いの音にかき消される。首を左右に振ると、空を忌々しく見る。
「……やらなくては。あの方の、シロン様の為に。彼の願いの為、私は――」
瞳を数秒間閉じ、開いた時には少女の表情は先程と違う。禍々しく笑う口元を歪ませ、瞳には狂気が宿っていた。
「やりましょう。私――この、ロラ・カースティ。あの方の為に、自分を殺しましょう!」
本当の自分を押し殺し、別の自分になりきろう。 それが、私の役目。 あの方のシナリオを作る、下僕として。
「覚悟していて、下さいね」
誰に対しての言葉なのか。 そして、彼女は何かをするため、木の枝をつたっていった。
次々と現れる魔物を片づけていく。
「いっけ――!」
引き金を引くが、弾切れのようだ。しかも、二丁とも。 弾薬を慌てて装填しようとした時、魔物が攻撃してくる。何とか避けるが、そちらに気をとられていたせいで、背後にいる別の魔物がいる事に気付かなかった。
「アックス、後ろ! 危ない!」
リゼルの言葉にハッとし後ろを向こうとするが、遅い。 攻撃を躱す事が出来ない。振り上げる尾が目の前まで迫り、やられる、と思った――しかし、魔物は声を上げ、倒れる音が聞こえた。 ボケっとしていたアックスだが「前っ!」と低い声に言われ、装填し終わった一丁の銃を構え、撃つ。 頭に当たり、悲鳴と共に倒れる魔物を見つめる。
「たく……」
後ろにはラ―グが、血を払うように刀を振っていた。さっきの声は彼だったようだ。 アックスは彼に視線を向けると、ニカッと笑う。それにラ―グは睨む。
「ラ―グ、ありがとう!」 「前に出過ぎだぞ、アックス」 「あ、うん……そうだね……でも…」
アックスは少し間を空け、続きを言う。
「でも……ラ―グが近くにいたし」
それを聞き、ラ―グは溜め息を零し、アックスの近くに寄る。
「……後ろにいろよ? 前には出るな。分かったな?」 「うん!」
もう一つの銃の弾薬も装填すると、アックスは元気な返事をし、彼の後ろに行く。 それを横目で確認する。
「よし、行くか」 「周りは任せろ! ラ―グには指一本、触れさせないぞ!」
意気込んで言うアックスの言葉に、少し顔を顰める。すぐに無表情に戻る。 刀を構え、目を閉じる。息を軽く吸い、吐く。目を開くと同時に、横一直線に切る。 離れていた数メートルの魔物が何体か倒れた。 彼は刀を持ったまま「ふん」と興味なさそうに視線を逸らした。
「ラ―グ、すっげぇ……かっけぇ!」
彼のを見ながら、興奮した声を上げる。 構えていた銃を撃つ。弾丸は、よそ見をしていたのだが、魔物に命中する。
「よろしく頼むぞ。アックス」 「まっかされた―! やってやるぜぇ!」
よく言い合いをしている二人だが、戦いになると息が合う。 そんな彼らの行動が他の七人のやる気をさらに出させた。
「リゼル―、片手剣? 弓?」 「弓だよ」 「そう。なら、よろしくね!」
フォルテはリゼルに手を振ると、大地を蹴り、高速で魔物の前まで来る。武器である薙刀を一回転させる。その衝撃で彼女の周りにいた魔物が空中に舞う。 リゼルは弓を引き、矢を放つ。矢は何本にもなり、空中にいる魔物の心臓に当たる。 地面へと落下した魔物の中心にフォルテは不敵な笑みで立っていた。
「うーん、さすがね、リゼル!」 「そう、かな……」
恥ずかしそうに頭を掻く彼の後ろから魔物が襲いかかってくるが、リゼルは剣を抜くと胴体を切る。
「背後を狙おうなんて、甘いよ……」
ここにいる誰にも見せないような笑みを作る。普段、彼が見せない残忍な笑み。 慈悲など、全く感じない。
「リゼル?」
不思議そうに問い掛けてくる彼女に、いつもと変わらない優しい笑顔を向けた。
「え……と、危なかった」 「もう。気を抜いたらダメよ!」 「うん。そうだ、ね。気をつけるよ」
彼女の言葉に苦笑いを浮かべた。
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