邪となる影 1
通信機をミウナがしまうのを眺め、レオは一人溜め息をつく。それを見ていたカザンは、口を開く。
「…嫌そうな顔してる、な」 「だってさ、来るんだよ。あの、ユアさんがさ。男嫌いの……絶対に何か起こりそうで嫌な感じがするんだよね。カザンは嫌じゃないわけ?」
問い掛けてきた質問に、悩むことなく答えは出る。目で意志を訴える。汲み取ったレオは「だよなー」と呟く。
「でも、あの方は優しいですよ〜? 仕事を手伝ってくれますし〜」 「それは女にだけーーて、言いたいとこだけど、」 「けど………?」 「あの人、男嫌いなわりに、仕事手伝ってくれるんだよ。嫌そうな顔、するけどね」 「本来、そうなのかも……な」
それを聞き、レオは「だよなぁ」と頷く。
「好きで、あぁなった訳じゃない。偽り、だからな」
まるでユアの今の人格は、性格は、違うモノと言っているような言葉。それを知っているような言い方。 二人は黙っていた。 レオは何かに気付いたのか、不思議そうな表情をし、周りを見る。特に異常はない。 頭を掻く。
「あれ? おかしいなぁ。どこからか、声が聞こえた気がしたのに」
気のせいか、と思っているレオに向かってカザンが言う。
「……バンダナ」 「あの。いい加減、レオって呼んでよ。カザン……」
出会って何年になるだろう。ずっとカザンはレオの事を、バンダナと呼んでいる。頭に巻いているから、バンダナなのだろうが……呼ばれてる本人は、悲しくなっている。何せ、他は名前で呼ぶのだ。 自分は、何故違うのか。注意しても直さないカザンにもうお手上げでいる。 しかし、やんわりと伝えるのだった。
「それより、いいのか?」 「へ? 何が?」
敢えて言わなかった事だが。 カザンは顎をくいっと上へ向けた。
「バンダナの頭上から、あの人達が降って来てる」 「えっーーて、わぁぁぁぁあ!」 「まぁ〜」
見上げようとする前に、レオの体は意志もなくうつ伏せに勢いよく倒れる。背中には衝撃が走り、重さがずしり、と体を押し潰す。 下敷きになったレオの上にいたのは、テレポートをして来たアックス達であった。ミウナは呑気な声を出す。
「気付くと思って、黙ってた」 「…カザン。それ、早く言おうか……」
淡々と冷たく言い放つカザンに、苦しそうに呟いた。カザンは特に何も言わなかったが、唇だけで「悪い」と動かす。 相手には伝わらないが、本人は気にしなかった。 現れた六人は、思い思いに言葉を言っていた。
「い、たたた………ここ、エルシェの森?」 「……みたいです。到着したようですね。ですが、まさか空に出てしまうとは、失敗してしまいました」 「誰も思ってなかったよね…シャンクス、大丈夫?」 「はい。私は一番上なので……」
二人の会話が途切れ、次は下にいる者達の話が聞こえる。
「ラーグ、大丈夫? 一番下で」 「……早く、退いてくれ……」 「と言われても……ユア、早く退きなさいよ! 重たい!」 「えー、そう言われても……アックスが邪魔なんだよ。テメェ離れろ! 何でお前が上にいるんだよ!」 「好きでいるわけじゃねぇ! リゼルが退いてくれないんだもん!」 「ご、ごめんね……重いよね……」 「えっ? いや、その……」 「だぁぁぁぁあ! 全員、早く退いてくれ! 退け! こっちが押し潰されて死ぬ! 後、ラーグは気付けえぇぇぇ!!」
本当の一番下にいる彼は手を地面に叩き、大声を出し訴える。今頃気付いたのか、慌ててすぐに六人は離れる。立ち上がったレオはというと、顔や服に土が付いて汚れていた。 ラーグは何か納得したような表情をする。
「道理で、地面にしては固くなかったのか……後、布の感じが……」 「普通、気付いてよ! ラーグ、君、バカなの!?」 「……バカではないが、すまん」 「別に、いいよ。もう、何でこんな目に……」
服と手についた土を払い、泣きそうになるのをぐっ、と抑えた。顔には出さなかったが心では泣いていた。 ふと、視界に白い物が見え、辿っていくと、シャンクスがハンカチを差し出していた。
「すいません。私が失敗してしまったせいで、レオさんが大変な目に遭ってしまいました。これ、使って下さい。顔が汚れてますから」 「あ、でも…汚れちゃうから、いいよ」 「使って下さい。せめてもの、謝罪です」
なかなか受け取らないので、シャンクスはレオの手に無理矢理白いハンカチを握らせた。彼は「使わせてもらいます」と言うと、頬をそれで拭う。 見ていたミウナは、シャンクスの側に寄り、頭を撫でた。
「大丈夫ですよ〜。レオは無駄に筋トレしてるので、体は丈夫な方ですの〜。気を落としてはダメです〜。次は、成功しますから〜」 「はい…」
レオはミウナに「無駄って何だよ、無駄って」と文句を言うが、無視された。
「うぉー、空気マッズー」 「そうだね……」
深呼吸をしたアックスがポツリと発した言葉に、リゼルは肯定する。
「……さっきより、少しは良くなった方、だな」 「うげぇ、まじかよ! カザン、これよりひでぇ中にいたのか!? すげぇな!」 「………別に。ミウナとバンダナもいたし。簡易結界、張ってたから………」 「でもでも、すげぇよ!」 「……ども」
アックスが絶賛している言葉に、カザンは困惑しながらも小さい声でボソッと言う。聞こえているのか分からないが、アックスはニコニコ笑っている。 その光景を微笑ましく思っていたリゼルだが、気付く。
「カザン、アークフォルドの結界は……」 「……張った。だから、これだけ威圧感とかなくなった」 「そっか。お疲れ様、カザン」 「ミウナとバンダナにも言ってほしい。俺だけの力じゃないから……」
リゼルは一瞬、バンダナとは誰を指しているのか悩んだが、すぐに彼だと分かった。 フォルテはリゼルにコソッと話しかけた。
(そういえば、いつになってもカザンはレオをバンダナって呼ぶわよね) (………名前で呼びたくない理由とかあるのかも?)
「それより、早く行くぞ。これ以上、酷くしするわけにはいかないだろ?」 「はい。急がないといけませんね。レオさん、案内をお願いします」 「ミウナ、よろしく」 「了解ですわ〜。では、皆さん、ついて来て下さいね〜。迷子にならないように〜」
まるで、今から遠足にでも行くような緩い感じに、その場にいた八人は脱力する。 しかし、気を引き締め、奥へと向かった。
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