バンの想い
「やっぱりああいうお嬢様タイプって、悪い男に引っかかるのね」

 アミの唐突な呟きに、バンは思わず吹き出した。郷田から受け取ったばかりのGPadを危うく取り落としかけてしまう。

「あ、アミ?」
「だって、あんなに感じ悪い奴なんかのファンなんて。カノンと真逆っぽかったじゃない」
「だよな。よりにもよって……って感じだぜ」

 アミの意見に、頭の後ろで手を組みながらカズヤが同調する。
 確かにLBXを痛め付けて楽しむようなプレイを笑いながらしてみせた仙道と、おっとりマイペースで非暴力と平穏を選びそうなカノンの組み合わせは不思議だ。何をどうしてああなったのか。

「きっとあのいけすかない仙道ってのに騙されてんだよ! そうでなきゃ、あんな趣味悪い奴なんかに引っ付いてく訳ないね!」

 未だ怒り収まらぬ様子のリコがそう叫ぶ。
 仙道を敵視するのは無理もないがそれはどうだろう、と言いたげに目を細めるアミ。だが完全にリコを否定できる理由もなく、止めかねている。
 あれやこれやと語るリコを宥めたのは、仙道にLBXを破壊された張本人・郷田だった。

「落ち着けリコ。少なくとも仙道に騙されてるとかじゃねえ、ついてってんのは鳳来寺自身の意思だ」
「リーダー……」
「趣味が悪いってのには同感だけどよ」

 無残にひび割れたハカイオーを手にしながら、郷田は話した。

「それに仙道は、鳳来寺を庇った」
「えっ!?」
「俺が思わず鳳来寺に怒鳴っちまった時に、あいつが割って入った。そんなつもりがあったかどうか判らねえけどな」

 些細な気紛れか、郷田を咎めるための手段のひとつだったのかもしれない。だが結果として、仙道はカノンを庇った。その事実に変わりはなかった。

「信じられないわね……。って郷田、あんな女の子に怒鳴ったの!?」
「頭に血が上ってたんだよ、反省してる」

 アミの非難めいた言葉に、郷田は苦い顔で答えた。
 そんな話を聞きながら、バンは先ほどの出来事たちを改めて振り返っていた。
 仙道の戦い方は、LBXを愛するバンにとって許せないものだ。壊されたハカイオーを見た時、強い怒りがこみ上げた。そして自分のアキレスも、ジンが来なければ壊されていただろう。
 しかし、そんな仙道のファンだというカノンの存在が、バンの中で妙に引っかかった。アミたちの言うとおり、似つかわしくないというか。不良とお嬢様。不思議な組み合わせだ。
 温厚そうに見えて実は残虐非道なプレイを好む人間なのかもしれないとか、巧妙に騙されているのかもしれないとか、様々考えてはみたものの、どれもしっくりこない。
 仙道への想いを語り、自分を励ましてくれた彼女の笑顔を思い出す。

『仙道くんは、わたくしにとって魔法使いなんですの。ちょっと前まで知りもしなかったLBXを、わたくし、彼のお陰で大好きになりました』
『あの“愚者”のカードには、信念とか、限りない可能性とか、そういう明るい意味もありますのよ。お会いしたばかりで言うのも変ですが、たくさんの可能性を秘めていそうなあなたには、ぴったりかもしれませんわ』

 きっとバンたちが今日見た仙道の姿は、あくまで一部に過ぎないのだ。カノンがそれまで関心の無かったLBXに興味を持ち、彼を追い掛けたくなるほどの輝く一面も、何処かに隠れているのだろう。
 戦い方には共感できなかったが、いちプレイヤーとして、仙道の強さには目を見張るものがあった。
 そんな仙道ともう一度真剣に戦いたいと思っている最中に、アングラビシダスが開催された。仙道との再戦を望んでいたバンにとっては思わぬチャンスであった。もし仙道がイノベーターの刺客だとしたら、強さも非道なプレイにも筋が通る。だが果たして本当にそうなのか? そうだとしたら、きっと何も知らないカノンへどう伝えるべきか……。バンは必死に考え、必死にバトルに挑んだ。
 結果として仙道との再戦はバンの勝利に終わり、イノベーターの刺客は海道ジンであることが判明した。仙道が会場を出て行った途端、カノンも弾かれた様にその背中を追って行ったのを、バンは知っている。
 ――カノンは本当に仙道が大好きなんだな。
 その思いの強さを、後日彼女がクエストBBSに書き込んだ依頼をバンたちが引き受けた時に再度実感することになった。
 カノンは何とかアルテミス出場の方法を探し出し、仙道に伝えたいと話した。勿論仙道とは犬猿の仲の郷田は渋い顔をしていた。だがこの少年は、気に入ろうと無かろうと筋は通す義理堅い人情の持ち主である。

「依頼は依頼だからな。仙道のためってのは腑に落ちねえが、受けたからにはしっかりやるぜ」
「依頼者はカノンなんだから、カノンのためだって考えたら良いだろ?」

 バンがそういうと、それもそうだな、と郷田は頷いていた。「カノンのためか」何だか気恥ずかしそうな郷田の呟きに“らしくないな”と思ったものの、バンは深く言及しなかった。
 ――あれ? 前は郷田、カノンのこと“鳳来寺”って呼んでなかったっけ?
 何はともあれバンたちはアルテミス出場権について街中を当たって回った。遂にアルテミスへ通じる大会の存在を知り、いざ仙道に伝えようと思ったら既にエントリーは締め切られていた。
 がっかりしつつも一行が大会の見学に行くと、なんと仙道が出場しており、華々しい勝利を飾ったのである……。ちなみに決勝で豪快に仙道にLBXを破壊された対戦相手は、カノンの執事という偶然。
 その後バンたちはカノンの屋敷へと招かれ、何だかんだで依頼は成功したが、とても濃い一日となったのだった。
 自分の家に帰り、部屋へ戻ったバンは、そのままベッドへと身を投げる。
 天井を見上げながら今日一日を振り返っているうちに、クエストの話の最中にカノンが溢した言葉を思い出していた。

『だって仙道くんはあんなに素敵なんですもの、どんな強者にもひけを取らないはずですわ! だからわたくし、アルテミスへ繋がる道を探したいんですの』

 もはやLBXというよりは、仙道へ向けられていた輝く瞳。彼の強さを信じて止まない純粋な姿。
 カノンは、仙道の話をしているときはずっと笑顔だ。バンたちがLBXで楽しんで心から笑い合うように、カノンは、仙道への想いによって、心からの笑みを生み出すのだろう。
 考えているうちに、バンはハッとした。

「そ、それってもしかしてファンっていうより……こ、恋なんじゃ……」

 だとすれば自分も、LBXに恋をしているのだろうか? ……いや、それは何となく違う。
 ならば芸能人のファンみたいなものなのだろうか? ……その割には、カノンの熱の入りようは凄すぎる。
 まだまだ未熟な自分には判らないことだらけだ。


 バンたちとカノンの不思議な縁は、それだけでは終わらなかった。
 あのクエストをきっかけに、カノンへLBXバトルやカスタマイズについて教えたり、共にクエストを解決したりしていくようになった。もう、立派な友達である。
 カノンはアルテミスでも仙道を応援するために駆けつけていた。バンたちにもエールを送ってくれたが、ヤマブギが困り果てるほど、彼女は仙道中心の思考回路をしているらしい。仙道を見つけた途端にはしゃぎだすカノンを見るヤマブキの眼差しが、そう語っていた。
 ――アルテミスは、バンらシーカーにとって重要な大会だった。
 しかし……イノベーターの強引な手段により、目的でもあった優勝賞品『メタナスGX』が奪われ、――イノベーターの一員であるはずのジンすら戸惑っていたのが気にかかった――優勝を素直に喜べないままの幕引きとなってしまった。

 そんな折にまた、仙道を追ってきたカノンはバンたちと出会った。
 アキハバラで郷田に「てめぇの腐ったLBXじゃ今の俺は倒せねぇ!」と言われた挙句、冷静さを欠いた仙道は郷田の宣言通り負けてしまう。そのバトルを、カノンは泣き出しそうな顔で見つめていた。今までカノンの笑顔ばかりが印象深かったせいなのか、バンは彼女のそんな表情を見ているのが辛かった。
 だが……カノンは、悲観しているばかりではなかった。彼女は郷田へと歩み寄り、こう言ったのである。

「……郷田くん。今回に限ったことではないのですけれど、いつも私が“一緒に行きたい”とワガママを言って、仙道くんに同行させていただいてるんです」

 最初の頃は郷田の顔を見ると申し訳なさそうに怯えていたのが嘘のような、しゃんとした姿。自分たちと殆ど歳の変わらない彼女に宿る、強くて真っ直ぐな意志が、そのまま言葉に込められていく。
 カノンは、『仙道の為になるならば自分のLBXが破壊されようと構わない』と笑った。本当に彼女はそう思っているのだ。確かめるまでも無かった。

「確かに仙道くんの戦い方が郷田くんにとって好ましくないのかもしれませんけれど……私もびっくりしたりしますけど……。私は、私を救ってくれた仙道くんのLBXバトルが大好きなんです。LBXに直向きで一生懸命で、ストイックな仙道くんのことが大好きです」

 バンたちよりずっとそばで仙道を見つめ、仙道について来たカノン。
 その直向きな気持ちは、聞いている方が恥ずかしくなってしまうぐらいに強くて熱い。

「仙道くんのLBXに対する思いは、郷田くんたちと同じですの。本当にLBXを大好きなんです。ですから……彼のLBXを“腐ったLBX”だなんて言わないでください。お願いします」

 そう言って頭を下げるカノンに、郷田も折れた。

「本当にあんたは仙道が好きなんだな……」
「はい、私は仙道くんの大ファンですから!」
「そうだったな。……判った。仙道、腐ったLBXなんて言って悪かった」

 あっさり謝る郷田と、驚く仙道。
 誰よりも嬉しそうに微笑むカノン。
 不思議で、でも心の温かくなる光景と共に、仙道とカノンはシーカーの仲間入りを果たした。
 だがバンたちは知っている。十年近く前に起きた『鳳来寺カンパニー令嬢誘拐事件』の黒幕がイノベーターであり、以来カノンの両親は、海道義光への服従を強いられていること。そんな鳳来寺カンパニーが実は、危険を承知で、イノベーターから得た情報をシーカーへと流してくれていることを……。
 いずれカノンも知るだろう、と拓也は語っていた。つまりは、カノンの両親と執事は、その事実を知っているのだろう。

(俺たちの仲間になってくれたのは嬉しいけれど、カノン、大丈夫かな)

 考えてすぐに、バンはその考えを振り払った。
 ――きっと、大丈夫だ。だって、カノンは強いもんな。
 それに、自分たちがついている。仲間同士、友達同士、手を取り合えば良いのだ。
 固い決意を胸に、バンは机の上のLBX・オーディーンを見つめた。アルテミスの最中、マスクドJとしてバンの前に現れた父・淳一郎が託してくれたLBXだ。新たな相棒をしっかりとメンテナンスし終えた少年は、ようやく布団へと入る。
 自分たちの戦いは、これからだ。
 バンの決意は固い。

(LBXを悪者になんかさせない。世界をイノベーターの好きにはさせない!)

 きっと、仲間も同じ思いを秘めている。
 迫りくるアキハバラキングダム戦。自分たちの目標の為に、必ず勝たなければならない戦いが、待っている。常にそうだ。自分たちには、敗北し、立ち止まっている暇などない。
 机の上のオーディーンを見つめながら、バンは眠りについた。
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