やさしいひとみ
 賑やかな繁華街は、今日も人で溢れかえっている。
 人ごみの隙間を縫うようにくぐり抜け、ようやくカードショップへと辿り着いた。
 幸いなことに店内はそれほど混んでいなかった。お目当てのカードパックを購入し、外に出るなり中身を確認する。

「お! これで素早いモモンガ3匹目ー」

 嬉々としてカードを確認する爾に、歩み寄る影がふたつ。

「よお、爾」

 呼ばれて振り返ると、そこにいたのはクロウだった。しかしクロウの隣にいる男性には見覚えがない。爾は瞬きをした。
 男性の髪……一角獣の立派なツノを象ったような一部分が気になって仕方ない。それさえなければ至って普通の髪型なのに。
 ――あれ? なんか記憶にあるような……このツノの人。

「クロウ。……こちらの兄さんは」
「多分お前が喜ぶんじゃねーかと思う相手」
「ふお?」

 不思議がる爾に、男性はにこやかに右手を差し出してきた。

「初めまして、爾。俺はアンドレ。……チームユニコーンって言えば判るかな」
「……お? ……おおお!!」

 すぐに爾は理解したようだ。差し出されたアンドレの手を両手で握り返し、きらきらと輝く眼差しでアンドレを見つめ返した。

「あっ、あの、俺っ、前々からクロウたちからすんごい話は聞いてます!! 俺まだにわかだけど獣族大好きで、うわああスゲー!!」

 前にチームユニコーンの試合映像を幾つも見せて貰ったことがあった。
 そのライディングデュエルの試合は、ほとんどがアンドレによる三人抜きのものだった。どうりで記憶に引っかかる訳である。
 兎にも角にも、憧れのチームのメンバーが目の前にいる事実が、テレビの向こうの有名人に出会ったような衝撃が、爾を奮わせた。獣族デッキを目指す自分にとって、チームユニコーンはリスペクトすべき相手かつ憧れの存在なのである。

「うわぁぁあスゲーよクロウー……。チームユニコーンって超有名なんだよな、こんなあっさり会えていいの……?」
「おいおい爾、クロウたち5D'sもかなり有名なんだぜ?」
「えっ、ああ、そうだっけ!?」
「はしゃぎすぎだろ爾」

 アンドレとクロウは、微笑ましいぐらいに反応してくれる爾を、暖かい眼差しで見つめていた。

「まさかこんなに喜んで貰えるとはね、嬉しいよ」
「だって大好きっすから!」
「こんな往来でよく言えんなー……」

 それから3人で喫茶店に向かっても、爾のテンションは下がらなかった。むしろ上がる一方だ。プロのデュエリストに囲まれた爾のはしゃぎぶりは子供のそれだった。
 アンドレもそんな爾に快く付き合い、クロウもまじり、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


 爾が満足げに一息ついた頃、空は茜色に染まっていた。
 アンドレたちに指導して貰いながら組み直したデッキを見つめ、嬉しそうに微笑んでいる。
 そんな爾に、通りがかった子供が駆け寄っていく。どうやら爾に懐いているらしい。

「爾さん、こんにちは!」
「おお、瀬良ちゃん! こんちは!」

 会話にのめり込み始める爾たちを、アンドレとクロウは少し離れた場所から見守っていた。

「爾のやつ、子供にはやたら懐かれてんだよ」
「何だか微笑ましいな」
「な」

 何処か安堵したようなクロウの表情は、ひどく穏やかだ。

「……あいつ、ちょいとばかし訳ありなんだ」

 クロウが不意に零し始めた言葉に、アンドレは一瞬目を見開いた。しかし、遮ることもなく、静かに耳を傾ける。

「デュエルも何も知らないぐらいに遠い所から来たらしくてな。この街にひょんなことで迷い込んで、途方に暮れてたんだよ」
「そうだったのか……」
「やっぱりまだ慣れねえことが多いみたいでよ、たまにスゲー寂しそうなんだ」

 アンドレは爾に視線を移した。
 子供の目線に合わせて屈み、爾はニコニコ笑いながら話を続けている。とても寂しそうには見えない。そんな表情をするようにも見えない。

「あいつ、獣族ってか動物好きなんだよ。その流れでチームユニコーンにはまったらしくて……たまたまお前らが街に来てるって聞いて、付き合って貰ったんだ。爾が喜ぶんじゃねーかと思ってな」
「へえ、そういう訳だったのか」
「ま、爾はデュエル自体は得意じゃねーみてーだけどよ」

 茶化すようなクロウの言葉は、もちろん子供と話す爾の耳には届いていない。

「思った以上に喜んでくれたし、良かったぜ」
「そういうことなら、俺も付き合った甲斐があったよ。こっちも元気を貰った気分だ」

 クロウが爾に向ける眼差しに、友情や思いやり以上の何かをアンドレは感じた。
 何となく言及するのははばかられたので、ただただ見守る。
 子供と一通り話し終えたらしい爾が、こちらに駆け寄ってきた。

「やー、ごめんなさい! なんか俺ばっかりはしゃいで」
「良いんだよ。俺は爾を元気づけたくて来たんだからね」

 アンドレが笑うと、爾は恥ずかしそうに頬をかいた。ヒーローに憧れる子供となんら変わりない爾の様子は何だか微笑ましい。

「さて、そろそろ俺は帰るとするよ。今日はありがとう、楽しかったよ」

 じゃ、と手をあげるアンドレに、クロウと爾は笑顔で応じた。

「こっちこそサンキューな」
「本当にありがとうございました、アンドレさん!」

 名残惜しさでこれ以上足が鈍くなる前に、アンドレは内心急ぎながら二人と別れたのだった。
 その帰り道、アンドレの頭では今日過ごした時間やクロウから聞いた話が頭の中を渦巻いていた。
 デュエルのない遠い場所。そんな所が本当にあるんだろうか? あんなに楽しそうにはしゃぐ少年が育ったその場所はどんな所だろう。どうして彼は此処に来たのだろう。

「……今度会ったら、聞けばいいな」

 答えの見えない疑問に、アンドレはそう笑いながら区切りをつけた。
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