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「――大丈夫!?」

 慌てて僕は爾の手を引いた。込めた力は、思っていたよりも強かったらしい。爾は、少し痛そうな、驚いた顔をして僕を見た。
 最近、爾は変わった。
 D・ホイールの免許をとって。僕らがプレゼントしたD・ホイールを乗って。ライディングデュエルの勉強も必死にして……。
 違う世界から来たとは思えないぐらいに、僕らの日常に溶け込んでいた。
 このままずっと一緒にいられるんじゃないかと、思うほどに。

「今、擦ったでしょ!? グローブ裂けてる!」
「うわ! せっかくのライダースーツなのに!」
「それより怪我は!?」
「だ、大丈夫。大丈夫!」

 バイトの無い爾に付き合って、僕は、彼の走行を見守っていた。たびたび僕らはこうして一緒に過ごす。
 爾のD・ホイール、ラビットファイアは、たまに本人の意志を無視したパワーを出すことがある。どうやらD・ホイールの動力源であるモーメントが、異世界の住人である爾の何かに反応しているようだった。
 決してD・ホイールに悪影響を及ぼしている訳ではないし、プログラムに異常はない。僕や遊星も試乗して確認した。
 ただ急に爆発的なエネルギーを生み出すものだから、搭乗者の爾からしてみればたまったものじゃない。
 見守っていた僕も、口から心臓が飛び出すかと思ったぐらいだ。

「無事で良かったよ……」

 跳ね上がるスピードに爾は本能で反応し、ハンドルを切っていた。傾く車体をギリギリまで支えて、半身を地面に擦りかけながらも頑張っていた。
 最後には投げ出されてしまって、今こうして僕に引っ張り起こされてるわけだけど、ライセンス取りたてでここまで出来たら十分すぎる。
 肝が据わってるってどころじゃない。

「前はよく爆風に飛ばされたりしてたから、受け身なら慣れてるんだぜ」
「どんな生活してたの!?」
「はははー。……それよりもスーツとD・ホイールについた傷が悲しいよ俺は……」

 若干寂しそうな爾の表情。言葉が真意であることを裏付けていた。

「なんなんだかなぁ。チクショウ……」
「爾にも、シグナーみたいに不思議な力があるんじゃないかな」
「え? ……マジでか」
「多分ね。データにも、見たことのない波長が出てたから」
「上手く使いこなせたら、クロウと並んで走れるかも!?」
「かもね。……あ! だからって無茶しないでよ?」

 爾は頷きながら笑っていた。

「今日はもう戻ろう、爾。結構走ったし、怪我してるかもしれないし」
「あー、うん。一応ラビットファイアの点検もした方いいもんなぁ……」
「それより体の心配をしてよ爾は!」
「だから、俺平気だから!」

 僕の言葉を振り払うように、爾はラビットファイアに駆け寄った。
 いくら本人が「平気」と言っても、あんなに派手に転んだ様を見せられた方にとっては、無理をしているとしか思えない。

「……帰ったら怪我してないかちゃんと確認してね」

 爾は変なところが強情なのも、僕は判ってる。
 ひとまずここは引き下がることにした。


◆◆◆


 帰ってしばらくしたら、爾が謝ってきた。

「ごめんブルーノ」
「え?」
「心配してくれたのに、なんか、ガキくさくて俺……」

 申し訳なさそうなその姿は年相応の幼さがあって、なんだか和む。
 作業の手を止めて、僕は笑った。

「爾が大丈夫なら良いんだよ。気にしないで」

 ちゃんと僕は判ってるんだよ、爾。
 爾はラビットファイアを大事にしてくれてる。
 あまりラビットファイアが暴走するようだったら、爾が怪我をする前にラビットファイアをどうにかしなきゃと遊星たちと僕は話していた。
 それを気にした爾が、D・ホイールの特訓に打ち込んだことも……判ってる。

「慌てなくても、ラビットファイアを取り上げたりはしない。だからゆっくり、あのお転婆ちゃんと付き合ってくれたらいいよ」

 僕の言葉に、爾はホッとしたようだった。

「うん、そだよな。俺慌ててたのかもなぁ……」
「時間はいっぱいあるし大丈夫だから。僕らもつき合うし、落ち着いて」
「うん……」

 本当に時間がいっぱいあるかなんて、爾自身にも想像がつかないはずだ。
 突然この世界に迷い込んだ彼が、何時どのタイミングで元の世界に戻るか……。
 爾はどんな気持ちだろう。
 怖いかもしれない。楽しみかもしれない。
 僕にとっては、爾がいなくなるのは怖いことでしかないけれど。

「そのうち本当に、チーム5D'sとして大会に出たりさ」
「いやそれは無いだろ!! 俺よかアキがいるし!」
「それもそうだね」
「あ、あんまアッサリ認められるのも切ないな……」
「あはは、ごめんごめん」

 ――爾よりも先に、僕の方が“戻らなければいけない”かもしれないから――

「そうだ、一緒にメンテナンスしようか」
「おう! それが実は頼みたかったんです」
「だろうと思ったんだ」

 元気を取り戻した爾取り戻した一緒に、僕はガレージへと向かった。


 もうすぐだって、判っていたのかもしれない。僕らは、互いに。
 だからきっと、焦りは日毎に増して。
 何時の間にか僕らは、道を違えていた。
 けど、気持ちはずっと、繋がってるから。

「――泣かないでね」

 自分の信じる道を、そのまま進んでいって。
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