この世界にはよくあること
監禁部屋に戻ってきた。
窓の無いこの部屋は四六時中照明がついているから、日にちや時間の感覚も狂ってきた。何日も経ったかもしれない。数時間しか経ってないのかもしれない。もう訳わかんねえ。
「爾……?」
遊星やブルーノの言葉に答える気力はとうになく、俺の頭の中では走り書きの手紙のことだけが巡っていた。
店の人には手回しする風なことをヤンデレメカニックたちが話してた。だから、たまたま店にいたプラシドさんに言伝もとい手紙を頼んでしまった。
遊星たちとまるきり敵対しているらしいプラシドさんが手紙を届けてくれる確率は低いかもしれない。血迷ってるかもしれない。でも仕方ないんだ。俺には他の選択肢が無かった。ごめんなさいプラシドさん。
プラシドさんがイリアステルだって聞いた。遊星たちと戦っているとも聞いた。
でも今の俺には、イリアステルよりも、遊星とブルーノが恐ろしくて仕方なかった。あの二人は話を聞いてくれるレベルじゃなくなった。この部屋で俺は死んでいくかもしれなくなった。冗談抜きで。
プラシドさんが仮に敵だとしても、店に来てくれて、俺と仲良くしてくれたのは本当で、良い人なのはバカな俺にも判る。
だからなおさら、遊星たちの話が訳判らなくなった。
今の俺からしたら、イリアステルよか遊星とブルーノのが危険だ!
「爾、食事にしよう」
「うん、そだな。腹減ったわ」
こんな状況なのに俺の腹はペコペコだった。
うん。腹が減っては戦は出来ぬ。プラシドさんを頼りにしてばかりでは良くない。自分でもこの部屋を抜け出すことを考えて、体力はしっかりつけなきゃな。
元気と前向きさ――平凡な俺に残された少ない長所を失うわけにはいかない。
遊星とブルーノが用意してくれたご飯に、俺は食欲の赴くまま手をつけた。
「…まさか、お腹が空いて元気無かったの?」
「ん? ……そーなのかも!?」
「なんだ、何処か悪いのかと思って心配していたんだぞ」
「ははは悪い悪い! ほら、この部屋ずっと明るいじゃん? だから時間感覚狂ってさー」
遊星の心配そうな顔は一気に和らぎ、ブルーノも苦笑しながら俺を見る。俺は明るく振る舞った。
「腹時計も狂ってたみたいで、うまいこと腹減んなくてさ。それがようやく腹減ってきたからさ! あー、空腹は最大の調味料だわー」
「爾に美味しく食べて貰うために腕をふるってるしな」
「ちょ、恥ずかしいわ」
なるべく楽しいこと思い出そう。メイド喫茶のバイトしてた時とか、ほら、年下の金髪博士に殴られたとか、殴り返したとか、ツンツン美少女にツンツンプレゼントされたとか、頑張れ自分!
ここで挫けたら、バッドエンドまっしぐらだ!
「折角だし洗い物は俺がするよ!」
「そんなことをしたらお前の手がまた荒れてしまう……」
「僕らがやるから休んでてよ」
「いやいや動かなきゃマジ太るから俺!」
三人分の食器を抱えて俺は立ち上がる。遊星とブルーノの気遣いがこそばゆいを通り越して恥ずかしい。じゃらじゃら鎖を鳴らしながら流し台を目指す俺。
二人とも悪い奴じゃないんだ……そうだよ、ちょっと愛情表現に難があるだけなんだ……。
何とも言えない気持ちになりながら俺は二人を振り返った。
悪い奴じゃないんだよ……本当に。
「――爾!」
切羽詰まった呼び声に、俺ははっと我に返った。俺を見つめる遊星とブルーノの顔が、戦慄していた。
「爾、後ろ!」
ブルーノが叫ぶ。俺は改めて前を見る。
「……はい?」
ありのままに説明させていただこう。
――裂けている。空間が裂けている。カッターか何かで切ったみたいに綺麗に裂けている。
そして、その裂け目から、こちらを覗く赤い瞳が見えた。これはちょっとしたホラーですよ。
「爾、見つけたぞ」
しかも俺がお目当てのようですよ。
固まる俺を余所に、裂け目から人が姿を現す。白いヴェールの下から覗く赤い瞳。白い肌。……あれ? そういえば、聞き覚えある声だったような……。
真横を過ぎる風。ばきりと金属同士がかちあうような音がした。俺を部屋に繋いでいる鎖が粉砕された音だと理解すると同時に、白い腕が伸びてきた。そいつは俺を裂け目に引きずり込んでいく。
「うぎゃぁぁぁあああ!?」
もちろんびびった。叫びが抑えられない。抱えていた皿が、食器が落ちる。粉々になる。
「爾!」
遊星かブルーノかあるいは二人のものか、俺を呼ぶ叫びが響く。
伸ばされた彼らの手を掴むこともできず、俺は裂け目に飲み込まれてしまった。
とてつもなくホラーでいきなりすぎてドッキリな展開だ。意識が遠のいていくのを感じながら、俺は思った。
これが――超展開って奴か。