がんじがらめのこころで
「どうしたの、遊星」
やたら深刻そうな顔をしている。ただならぬ雰囲気に、自然と僕も緊張した。
「ブルーノ、話がある」
「話って?」
「……絶対誰にも聞かれない場所で話したい。爾に関わることなんだ」
「爾に?」
「ああ。とりあえず移動しよう」
促されるままに僕は部屋を移った。遊星はしっかり施錠をしてから、改めて僕に向き直る。
爾に関わるなんて、一体どういう話だろう。そう言えば爾、今日は帰ってくるの遅いな。やっぱり迎えに行くべきだったかな。
「それで、遊星。話って?」
「……爾を、一緒に守ってくれないか」
「え?」
理解に戸惑う僕に、遊星は改めて口を開いた。
「爾を守るために、俺は、爾のためだけの場所を用意したんだ」
「場所……?」
「ああ。……爾を守るためにはそれしか無かった。すぐに自分の手の届く場所、目が届く場所、そして誰も知らない場所。今、爾はそこにいる」
爾を守るため。
――確かにそう言えば、聞こえは良いよね。
でも僕には判るよ、遊星。
彼を……自分だけのものに、したかったんだろ?
すごく、判るよ。
誰にでも優しくて、何時でも明るくて、あっちへこっちへと走り回って。そんな爾が大好きだけど、同じくらい歯痒くもあった。
ああ、僕だけのものにしたいのになぁ。
したかったのになぁ。
「遊星はずるいよ」
「え?」
「遊星と同じくらい、僕は爾のことが大事なんだ。もっと前に相談してくれたら良かったのに」
僕は嘘を言った。
だって、遊星よりも僕の方が、爾をずっと大好きで大事に決まっている。だからこんなに、胸の中や脳みそはかき回されてるみたいに落ち着かないんだ。
身体中が、どんより靄でも立ちこめたように重たい。でも一ヶ所だけは鮮明に浮かび上がって、冷静に冷静に物を考えてる。
先を越された悔しさや色々を隠すために、僕は表面だけは笑顔を繕った。
「僕も協力するよ。ひとりより二人のほうが、ずっと色んな手を講じられるはずだしね」
「ありがとう、ブルーノ」
「ううん、気にしないで。当然のことだよ」
爾を誰の手も触れない場所で守ること自体には賛成だしね。
「この事、ジャック達には話したの?」
「まだだ。だが、爾を守るためだと話せば、判ってくれるはず」
「そうだね」
シグナーである遊星たちのそばにいるために、爾は色々と不思議な経験と苦労があったはずだ。
もともと異世界から迷い込んだ爾には、いらない刺激。
だから、これからは、元の世界に戻れるようになるまで、静かに安全に暮らしたら良いよね。
まだまだシティには物騒な場所もあるし、底抜けに人の良い爾はよくトラブルに巻き込まれて泣きを見ている。
これは、爾のためなんだ。
「これから、爾がいる場所に案内する。……場所については、ジャック達には内緒にしてくれ」
「判った。僕と遊星だけの秘密だね」
念を押すような口調で話すと、遊星は静かに頷く。
人目をはばかるように、僕らは慎重に歩いていった。
――案内されたのは、なんら変哲のない壁の前。人通りはびっくりするほど無い。
もちろん壁はただの壁じゃなくって、巧妙にカモフラージュされた扉であり、そこを抜けた先にも厳重なロックシステムが組まれていた。
さすが遊星だ。僕らの知らないうちに、こんなものを作り上げていたなんて。
そして。
「ただいま爾」
その中に、爾はいた。
ベッドのそばで膝を抱えて座っている。遊星が呼びかけると、ハッとしたように顔を上げた。どことなく疲れているように思える。
「お、おかえり? あれ?」
爾と目が合う。とりあえず笑ってみせると、爾も笑い返してくれた。……やっぱりぎこちないけれど。
そんな爾に、遊星は歩み寄っていった。
「爾、ブルーノもお前を守るために協力してくれる。だから大丈夫だ」
「え? え?」
意味が分からない、と言いたげな顔で、爾はキョロキョロしている。子供のように可愛い仕草に、思わず笑ってしまった。
ちゃり、と金属の擦れる音。爾の足についている枷と鎖のせいだった。
シンプルだけど、部屋に繋いでおくのにこれほどぴったりの道具は無いだろう。
遊星って良い趣味してるよね。
(僕らは似ているね。遊星)
だいじなひとのためなら、こわいことも、できないことも、ないんだから。
爾はまだ、戸惑っている。
自分がこの部屋で暮らすことを、理解できずにいる。
「大丈夫だよ、爾。きっとすぐに慣れるから。ここが一番安全だって、すぐに判るから」
爾。君は僕たちが守るよ。
「ゆっくり、受け止めてね」
爾が僕に何を期待していたのか判らないけれど、怯えを孕んだ瞳が、緩やかに揺れていた。