純狂まよいみち
俺は、おかしいのだろうか。
目の前で、ジャックが爾にデュエルを教えている。
普段なら声を荒げて怒りそうなところでも、ジャックは落ち着いて指摘していく。爾は話をしっかり理解して、メモまで取りながらカードに向き合う。
微笑ましいはずの光景に、何故か俺の胸中は淀んでいた。
修理の作業も、進まない。
「ふむ、今日はこのくらいにしておくか」
「おぉ、ありがとうジャック。早く仕事見つかるといいね」
「……その件はノーコメントだ」
ジャック渋い顔で部屋を出て行く。爾は広げたカードを片付け始めた。
修理を頼まれていたキッチンタイマーをその場に置き、俺は爾に近づいた。
「ん? 遊星?」
何も考えていなかった。爾に名前を呼ばれて、ハッとして立ち止まる。
「あ……、すまない。何でもないんだ」
「そうか?」
「デュエル……覚えたか?」
ぎこちない俺の質問に、#爾$は満面の笑みで頷いた。
「だいたい覚えてきたよ! これでもう、遊星たちのデュエルもちゃんと理解しながら見れるはず。あ、まだライディングデュエルは勉強してないけどな……」
「そうか」
「なんか思ってたより楽しいね、デュエルって」
何故だろう。何時もなら見ていて幸せになるはずの笑顔に、また胸が軋む。
「ジャックが、教えてくれるからか?」
俺の呟きに、爾は目を丸めた。
「遊星?」
「ジャックに教えて貰えるから、楽しいのか?」
「え……?」
爾は「ああっ……!」と何か感づいたようにまばたきした。
「いや、そういう訳じゃないよ! ただジャックが暇だからジャックに聞いてるんだ! 遊星、今日は修理の仕事もあったろ?」
爾の言葉には一理あったが、やはり落ち着かない。ぐるぐると何か渦巻く頭の中で、芯だけは冷えているような、不思議な感覚。
「……俺に聞いてくれ、って、言ったじゃないか」
まるで裏切られたような、この気持ちは何なんだろう。
……俺は……おかしいのだろうか?
すぐそばで俺を見つめる爾の手を掴む。爾が顔を歪めた。痛がっているのかもしれない。
俺は手に込める力を強くした。
「俺が、教えるって、言ったじゃないか」
「ゆ、遊星」
「どうして、なんだ」
俺との話なんて、いちいち覚えていないということなのか?
俺の代わりなんていくらでもいると言いたいのか?
それとも俺じゃあ嫌なのか?
こんなに想いを寄せても、判らないのか。届かないのか。
どうして?
どうしてなんだ?
お前が笑いかけるのも、触れるのも、傍にいるのも、全部、俺であってくれないのは――。
「遊星!」
爾が力任せに俺の手を振り解いた。ますます俺の胸はぐちゃぐちゃになっていく。
「嫌だ、爾……」
この世界を知らない、何も知らない爾だからこそ、ありのままに俺を見てくれた。
屈折のない爾の想いが、大好きなのに。
それが嬉しくて、心地良くて、愛おしいのに。
ずっと、ずっと、一緒にいてほしいのに。
振り解かれた手が震える。
声が出ない。
呆然と自分の手を、見つめ続けた。
「――遊星」
震える俺の両手に、爾の手が伸びてきた。きゅっと優しくぬくもりに包まれて、なんだか息が詰まった。
「つかむなら、こんくらい優しく頼む。むっちゃ痛かったぞ!」
「……すま、ない」
嫌われたのかと思ったが、違ったようだ。爾は俺の手を握って離さない。
そっと顔を上げると、何時も通りの穏やかな黒の瞳がこちらを見据えていた。
「なんか、気に障ったなら謝る。ごめん。俺なりに、遊星の仕事の邪魔しないように考えた結果なんだよ」
ああ、判ってる。落ち着いて考えれば、判ることだ。
爾は、俺に気を遣っただけ。ジャックも静かだったのは、爾がデュエルを教わる前に釘をさしたから。
俺を想っての行動なのに。
爾を責めた俺が悪い。
爾に対する愛情のままに混乱した俺がいけないだけなんだ。
「俺は……爾が好きだ」
「うん」
「すごく好きだ。愛してる」
「うっ、うん」
緩んだ爾の手に、指先に、自分の指を絡める。目の前にある爾の顔は、どことなく戸惑っているようだった。
「好きすぎて、時々、自分が何をしているのか判らなくなる。おかしいな、俺は……」
俯く俺に、爾が声を荒げた。
「遊星はおかしくないから! 確かに独特かもだが、愛情表現には変わりないだろ?」
顔を上げると、俺を安心させようとしたのか、爾はにっこりと笑ってみせる。
「ちゃんと判ってるから、あまり気に病むなよ」
かあっと体が熱くなるのが判った。顔なんか赤くなっているに違いない。
たまらなくなって、爾を抱き締めた。少しだけ俺より小さく細い体は、容易く腕の中に収まる。
爾の香りを胸一杯に吸い込むと酷く落ち着いた。そっと抱き締める力を強くする。
今度は、痛がったりしない程度に。
「ありがとう、爾」
胸で時折くすぶる歪んだ気持ちはまだ消えない。けれど、何も言わずに俺を受け止める爾のお陰で、それは静まりつつあった。