出逢い
最初に“三成様にいい人がいる”と聞いたときは、それはもう驚いた。
ただの噂だろうとは思いつつも、火の無いところに煙は立たないとも言う。あの三成様にそんな噂が立つ時点で、何かあるには違いない。
それにしても……あんなに秀吉様命な三成様に、そんなつもりがあったなんて。でもって三成様のお眼鏡に適うとなったら、それはもう、すごいお姫様なんだろうなと思った。
見目麗しいだけじゃ三成様は見向きもしないだろう。じゃあ何がどう凄いお姫様なのか? 考えられる凄さって……いや、オレの基準じゃ全然駄目だろ。三成様の女性の好みとか判断基準がまったく予想つかない。
何せ女っ気ない三成様に“実は恋仲のお嬢さんがいました”って時点で信じられないのだ。色んな想像を巡らせてみてもなかなか納得する女性像を導き出せなくて、「一目でも見ることができたらなぁ」と思って幾々日。
実際にそのお姫様に会ったのは、本当に偶然だった。
ちょっとのつもりで賭場に出掛けたら、結果的に朝帰りしてしまって。ばれないように、ばれないようにと必死に佐和山の城に戻っていった時。
ぼちぼち人が起き出すかというぐらいの時間だった。
「あっ」
「わっ!?」
強い風が吹いて、誰かの間抜けな声がした。次いでオレの頭にこつりと何かが当たって、そりゃもう焦った。
まさかバレた? 三成様に見つかったらどうしよう、怒られる、マズイって!
そればかり駆け巡って――だからって“賭けを止める”という選択肢は勿論無い――、今、何があったのかと急いた視線を巡らせる。
そして地面に転がる風車を拾い上げ、頭に当たったのがこれだと認識したのも束の間。
またもやオレの上空から、影と共に何かが降ってきた。
「えっ!?」
ふわりと棚引く着物の裾が視界を過る。風の緩い流れと共に、薄く、花のような香りがオレの鼻を擽った。
一体何だ。
それは、オレの前に軽やかに着地した。音もほとんど無い。そして一呼吸置くと、此方に歩み寄ってきた。
その姿を見たオレは、時が止まったような思いをした。
「ごめんね。落っことしてしまって」
舞い降りてきたものの正体は、金色の髪をした女の人だった。呟きながら申し訳無さそうに笑う顔は、あまり化粧っ気が無い。すらりと背が高く、上質だろうけど豪奢ではない桜色の着物を纏っていた。昨夜から眠らずのオレの目にも優しい色だ。
……そうじゃない。この人は誰だ。
女中な訳が無い。城内でこんな女中に会っていたら、絶対に覚えている。
この城に客人が来るという話も無い。呼ぶような人も、呼ばれるような人も心当たりが無い。
――それにしても、なんて透き通った目をした人なんだろう――。
呆けて口を半開いたまま固まるオレの顔色を伺うように、彼女は小首を傾げながら尋ねてきた。
「怪我、ない?」
「あっ? は、はい……」
「そっか、良かった」
安心したその人が微笑む度、花が咲いたかのように視界が鮮やかになっていく。
お日様が人の形をしたら、きっとこの人みたいになるんだろうなと思った。
その人はオレの手に視線を落とした。つい、と風車を指差して、静かに口を開く。
「その風車……返して貰っていい?」
「え! あっ、どうぞ!」
「ありがとう」
慌ててオレが両手で風車を差し出すと、嬉しそうに彼女は両手で受け取った。それから風車を掲げ、案じるような目であちらこちらを確かめる。風車が無事であることを認めると、胸を撫で下ろしていた。
「本当にごめんなさい。風車、拾ってくれてありがとう」
お日様みたいな人は、礼と共に深く頭を下げると、すっと踵を返して歩いていってしまった。
きらきらの長い髪が、さらさら揺れている。
ぼんやりしたままオレは、彼女が城内に戻るのをただただ見送った。
言葉が出なかったんだ。
よりにもよって、名前すら聞き損ねるとは。
自分らしくはないと思いながらも、そんなに嫌ではなかった。
今は機会を逃したが、彼女はこの城にいる。今まで会ったことが無かっただけで、確実に此処に住んでいる。
客人の線よりはその方が見込みのある予測のはずだ。何せこの城の主は三成様、何処の誰とも知らぬ女をホイホイ入れるなんてあるはずがない!
オレはそう確信した。
そして浮かれていた。
「……朝帰りも良いことあるもんだな」
オレの瞼の裏には、あの陽の色の眼差しがしっかりと焼き付いてしまっていた。
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