六花のふるころ




 冬が来た。刀剣であった男士たちも今は他の生き物たちのように、寒さを覚え、雪が積もったままでは過ごすにも不都合であった。誰からともなく雪を除ける作業を始めていた。主も細い腕でスコップを手に、雪を一か所にかき集めている。寒さに負けずに小さな体で雪を除ける姿は、危なっかしくもあった。

「主、少し休まれてはいかがですか」

 見かねて太郎太刀が近づき、肩で息をする主の背をぽんと叩く。
 ふう、と大きく息を吐いてから、審神者は彼を振り返った。そして、火照った頬を緩ませる。

「まだまだこれからですよ、太郎様。私が一番励むべきことでもあるのです」
「だからと言って体を壊されてはたまりません。一気に片づけることもないでしょう。それに幸い、手は多いのですから貴方が張り切りすぎることもない」

 太郎の言葉に、審神者はスコップを雪山へ突き刺した。言われた通りに休憩するつもりのようだ。
 ほっと太郎が口元を緩ませたとき、縁側へ座りかけた審神者は途端に止め、立ち上がった。

「太郎様の髪に雪が止まってます」
「雪が止まっている?」

 瞬きする太郎へ駆け寄り、審神者は彼の髪をそっと手に取った。黒く艶やかな髪の上に舞い落ちる雪へ、彼女はじっと目を凝らす。

「はい、こんなにも綺麗に結晶が見えます。……あ、とけちゃった」
「主の手か、息か、どちらかでしょうね」
「あ、そっか。……いやでも本当に綺麗でした……って、ごめんなさい、髪掴んじゃって」

 慌てて手を離した審神者が、申し訳なさそうに肩を縮める。「構いませんよ」微笑んで太郎はその肩に手を置く。そんなに強張ることも、申し訳なく思うことも何も無いのだと。彼の優しい声音に落ち着いたのか、主はそれからすぐに顔を上げた微笑み返してみせた。

「雪の結晶も、太郎様の髪も、本当に綺麗です」
「有難うございます」
「どういたしまして」

 縁側に落ち着いた主に軽く頭を下げて、太郎は再び雪かきへと戻っていった。
 一所に集められた雪は、かなりの量だった。短刀たちが雪だるまを作っても、かまくらを作っても、なお余る。空気の冷たさに咳き込む者もいるほどの冷え込みだ。今はいったん止んだとはいえ、また明日にでも降ってきそうな気配だ。

「本当に寒いですね。主が熱を出したりしなければ良いのですが」
「そりゃ大丈夫でしょ。今、長谷部が行ったし」

 雪遊びに興じる仲間たちを太郎と次郎太刀は並んで見つめている。
 それよりも、と次郎はにやりと笑って兄の顔を覗き込んだ。

「さっき、兄貴やったら楽しそうだったけど主と何話してたのさ」

 何を兄弟が期待しているのか、太郎には判らない。「他愛もない事ですよ」と素直に返すと、次郎はつまらなそうに口を尖らせた。

「その他愛もない事でよくあれだけ笑ってたねぇ。いやいや他愛ないかどうかはアタシが判断するものだってのにさー、喋る気ないってのは、やっぱり他愛なくないんじゃあないのかい、兄貴」
「他愛ない事で笑う幸せを主に教わっただけです」
「……あの子、呑気だからねぇ」

 次郎が言及を諦めたころ、その主は長谷部によって完全防寒装備となっていた。短刀たちと遊びたい、と腰を上げたところ、「お風邪を召しては大変です!」と止められ、そうなってしまったのである。着ぶくれして動きにくそうではあったが長谷部の厚意を無下にするわけにもいかず、審神者はそのまま短刀たちのもとへと駆け寄っていく。

「みんな〜」

 覚束ない足取りの審神者を見て、短刀たちは血相を変えた。

「あっ、あるじさま!」
「そっちは危な――」

 ……諸々を読み違えた主がぐらりと傾いで雪山に頭から突っ込んでしまうのを、誰も防ぐことができなかった。
 柔らかな粉雪の山に突き刺さる審神者の姿に、ちょうど雲の切れ間から差した陽光が降り注ぐ。
 ――その後、審神者は太郎によって冷静に引き抜かれて事なきを得た。雪まみれで大笑いする主の髪から雪を払いのけながら、太郎は呟いた。

「貴方の髪も綺麗ですよ」
「……色んな意味で、ありがとうございます」
「どういたしまして」

 審神者の雪を払い続ける兄の姿を見て、次郎は「やっぱり楽しそうじゃん」と一人笑い、こっそり酒を煽っていたのだった。

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