ミックス氾濫ジュース
 ブレンダーにはまった、と彼女は言った。
 文明の利器だと歓喜していた。一体カレッサさんの時代は何時で止まっているんだ、と思ったのはこれで何回目だろう。
 いや、そんなことより、そのブレンダーを置いたテーブルいっぱいにあらゆる果実から緑黄色野菜、果てにはベーコンやレバーやビチビチ跳ねる魚やらまでいたりするのは一体どういうことか。

「ミックスジュースを作りますの」
「お肉やお魚入れちゃうんすか」
「野菜や果実の甘味でソフトになるかしらと思って」
「いや、エグさが増して食材が可哀想になります」
「あらまあ……血を使う皆様に精のつくものを手軽に摂取していただく予定でしたのに」

 止めて良かった! てか一体どうしてこんなに食材を揃えたんだ! どうやったんすか! というか僕が止めなかったらオレンジと生レバーと青魚がミックスシェイキングされちゃってたのか! ハチミツ入りで!!
「お友だちになったメンバーの方と買い出しに行きましたのよ〜」るんるんと鼻唄混じりにカレッサさんが僕の疑問のひとつを解決しつつ、ブレンダーの中に刻んだオレンジを投入していく。

「甘酸っぱい仲間で……ベリー系も行けそうですわね。あ、疲れた体には酸っぱいものが良いんでしたっけ。この黒酢からまず各ビネガーを大さじいっぱいいっぱいに……」
「いっぱいいっぱいタンマです!」

 何てことだ。途中まで良かったのに。危うく酸性劇物に変化するところだった。
 ザップさんがカレッサさんの目を盗むどころか堂々として果物食らい始めてるんだけどこんなにあるから気にしなくても平気だろうか。多分カレッサさんに言っても「よく食べる子はよく育ちますの」とか笑って許しそうだし良いかな。いい加減そのパターンになるの分かってきたから良いかな。

「カレッサ、酸味が欲しいならレモンがあんだろ」
「流石ですわザップさん! 目から鱗ですの!」
「それほどでもあるけどこんなことでンな感激されても微妙だな」
「カレッサさん大袈裟ですからね」

 ザップさんの指摘に早速ずばばとレモンを刻んだカレッサさん。ブレンダーに迷わず投入。次は何を入れるのだろうか。

「栄養バランス的にお肉かしら」

 僕は目ん玉をひんむいた。カレッサさんが無造作に掴んだのは、スッパリ首が無く羽もキレイにむしられた多分鶏的なものだったからだ。
 流石にザップさんも慌てて肉を取り上げる。

「バッカお前! 普通に考えて肉はねーだろ!」
「バランス的にはあり得ませんの?」
「あるにしても、フルーツ諸々とグルグル混ぜちまうもんじゃねーから。よりにもよってこんな見事な肉を汚物に改悪するこたねぇだろ。レシピとか見ろよ」
「レシピ無いですの」
「じゃあそれぞれの食材の味思い出して組み合わせ考えろ」
「うーん、よく考えたらあまり食材単体の味が把握できてませんでしたわ」
「ダメだこりゃ」
「珍しくザップさんがマトモに指摘したのに全く実を結ばない……」

 日頃の行いを思えば仕方がないのかも知れないけれど。
 これは重症だなぁ、カレッサさん。多分、ハンバーガーもケーキも美味しいから混ぜて食べたら美味しさが二倍になる! ……とか言っちゃう感じだ。
 見かねたギルベルトさんが来るパターンだ。と、思っていたら来た。カレッサさんに一冊の本を渡して、二言三言アドバイスして去っていく。カレッサさんは本と睨み合いっこしながら、今度は無難な材料を手に取り、適度に刻んでブレンダーに投入していく。
 ギルベルトさん流石です……。
 ようやく出来たミックスジュースの試飲を頼まれた僕とザップさん。……良かった、普通に美味しい。

「……なんか無難だな」
「冒険して失敗するより無難な方が良いですよ」

 僕の意見に、いや、とザップさんは首を振る。やたら真面目な顔で。

「なんか無難に美味すぎるな。アクセント? いや、インパクトが足りねぇっての?」
「インパクトですの?」
「おうよ。たとえば……コレ突っ込むとかどうだ」

 コレ、と言いながらザップさんが手にしたのは……ビチビチ跳ねる魚の中でも飛びきりグロい、深海魚っぽいヤツだった。
 ……いや……この人……何、言ってんの?
 すごいキメ顔で、ザップさんはカレッサさんに語る。

「こいつのヌルヌルとゼラチンじみた感じが、砕いたゼリーっぽい感じできっと楽しい感じになると思うぜ。良い感じにな」
「そうなんですの……?」
「あやふやすぎっすよ。よりにもよってソレは無いですわ」
「食わず嫌いはいかんよレオ君よぉ。ほらぁ、物は試しだっ!」
「あー!」

 止める間もなく血法でサイコロカットしたグロ魚を、まだ無難なミックスジュースの余るブレンダーに容赦なくザップさんの野郎は叩き込みました……。
 うぃんうぃん、ずごごごごしゃぁ、ごしゃあごしゃあ。
 けったいな音が響いて、ミックスジュースは見る影もなく濁りきった。パワフルなブレンダーが仕事しまくった挙げ句、中には淀みしかない。どろりとしたそれを大きめのジョッキに全部注いだザップさんが、それはもうえらい笑顔でカレッサさんに言う。

「ほらカレッサ。あそこで所在無げに佇むツェッド君に差し入れてやればきっと喜ぶぜ。あんまり刺激的で感涙しちゃうかもよ」
「まあ、早速持っていきますわ!」
「カレッサさんも止める暇がねえ! 速い!」

 途中から魚ミックスを強要してきたのはツェッドさんが来たからか! ツェッドさんへの嫌がらせリベンジってことですか!
 まんまとザップさんに唆されたカレッサさんが、ひらりひらりと宙を舞いながらツェッドさんの眼前へと滑り込む。「ツェッドさん!」なんてまばゆい笑顔、鈴が転がるみたいなはしゃぎ声。

「ツェッドさん、特製ミックスジュースですの! 良かったら栄養エネルギーチャージなさってくださいまし」
「ミックス、ジュース……?」

 ツェッドさんが首を傾げるのも言い淀むのも無理はない。嬉々としてカレッサさんが差し出したジョッキの中身は、混沌と化している。ぶくっ、と泡立っているようにも見えて、とても食べ物とは思えない代物だ。
 リャナンシーの美しさでソレを突き付けられるというのは、ちょっとした悪魔に遭遇したようなおぞましさを生む。ツェッドさんの額に汗が滲み、しかし、好意を無下に出来ないと彼は遂にジョッキを手にしてしまった。

「有難く、頂きます」

 まるで死地へ赴く兵士を見送るような心持で、僕は、ツェッドさんの勇姿を見つめる。
 一気にジョッキを煽り、生々しい刺激を感じ取ってしまう前に嚥下し、そして……

「……カレッサさん」
「はい?」

 半分ほど飲んだところで、ツェッドさんはジョッキから口を離した。心なしか目を細めて、必死に焦点を合わせようとしているふうな様子で、カレッサさんを見つめている。
 呼ばれた彼女は、きょとんとした顔でツェッドさんを見つめ返し、何か身構えているみたいに両手を胸の前で握りしめている。少ししてからその手は、ツェッドさんが差し出すジョッキを受け取るために開かれた。落とさないようにジョッキを抱えたカレッサさんは「ツェッドさん……?」と相手の顔色を窺う。
 彼は……震えていた。

「味は……確かめましたか……?」
「い、いいえ……」
「せめて……試飲してから……出してくださ……」

 言い切る前にツェッドさんの体はぐらりと傾いで、ばったり床に倒れ込んでしまった。ただでさえ青いのにますます青褪めて、気を失っている。

「つ、ツェッドさん! お気を確かに!!」

 カレッサさんが慌てて屈み込んでツェッドさんの肩を揺する。が、効果はないようだ。ゆさゆさ揺さぶられるツェッドさんから、床に置かれたジョッキへ振動が伝わって、ドロドロの中身がぬるぬる動いていた。

「やっぱりあの魚は火ィ通すもんだったか」
「やっぱり嫌がらせの暇つぶしだったんですね」
「それ以外に何があると思ってんだよ」
「今僕が思ってるのは何もかも止めるの遅すぎたっていう後悔とあなたへのどうしようもない失望感っす」

 楽しそうなザップさんに内心ムカムカしつつ、それよりもツェッドさんの容態を確認しなくてはと僕も駆け寄る。
 カレッサさんは半泣きであたふたしていて、「どうしましょう、どうしましょう」と連呼していた。行き成りぶっ倒れたツェッドさんを心配してクラウスさんも近づいてきて、カレッサさんを宥めつつ、ツェッドさんの命に別状はないことを確かめる。

「カレッサ君、安心し給え。幾らか休めばツェッドも目覚めるだろう」
「よ、よかったですわ……。いま、私の精気をお分けしようと思ってたんですけれど……」
「その必要はない。大丈夫だ」

 カレッサさんはほっと胸を撫で下ろした。ツェッドさんの安否が知れて(と言っても当人はまだ絶賛気絶中だけれど)幾分落ち着いたカレッサさんは、ふと置きっぱなしのジョッキへ目を向けた。

「……そうだわ。作った者の責任、片付けなくては」

 ジョッキを両手で持ち上げたカレッサさんは、何だかちょっと赤い顔でドロドロミックスジュースの淀みを見つめている。「か、間接的にアレになってしまいますけれど、仕方ないですの。責任ですの、責任……」とまじないのように呟いて、彼女は静かにジョッキへ唇を寄せ――ぐいっと天を仰ぎ、その中身を飲み込んだ。

「――ッ!?」

 ごくりと一回喉が動いたと同時に、彼女は目を見開いた。両手でジョッキを持ち上げたまま、ぷるぷると震えだす。少しずつ、着実に、元ジュースは減っていく。そのたびに彼女の顔色がどんどん悪化していく。
 ……そうして空になったジョッキを床へ置いたカレッサさんは、無言のままふらりと体のバランスを崩したのだった。

「……一体あの魚どんだけヤバいんですか」
「こいつら見りゃ一目瞭然だろ」

 ツェッドさんの横で、ツェッドさんに負けないくらい青い顔で倒れるカレッサさんの口許からは、飲み下しきれなかった濁りが伝い落ちていた……。
 昏倒した二人を休めるところに運んだあと、僕はギルベルトさんと一緒に、その場の後片付けに徹した。
 ちなみに余した食材は、その場にいた皆で満遍なく分け合いました。助かります。
 これ以降、カレッサさんは料理に関して、細心の注意を払うようになった。レシピというものを厳守し、下手なアレンジは加えず、ザップさんの明らかに茶々入れ目的アドバイスにも引っかからなくなりました。
 色々あったけれど、このぐらい随分平和な方です。トラブルにすらカウントされないことでしょう。
 めでたしめでたし。
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