彼女を好きだと気付いた。
ひとりで抱えるには個人的に厳しい悩みだったので、スティーブンに相談してみた。
――ピュアな者同士、お似合いだと思うよ。
微笑ましいなあ、という彼の言葉たちに後押しされ、私は決断し、行動した。
「まあ! クラウスさんとお出掛けできるんですか!?」
突然お声掛けして頂いてその内容に私は思わずはしたなく叫んでしまいました。
だっていつもお忙しいクラウスさんが、「一緒に出掛けないか」と仰ってくれたんですもの。聞き間違いかしらと思って聞き直してみると、愛らしい強面でこくりと頷いてくれました。
「君さえ良ければ」
「とっても嬉しいですの! おめかししてきますね!!」
部屋に取って返して、とびきりのお出かけ用の衣服を引っ張り出して、お化粧のノリ具合も再確認して、それなりに可愛くなったであろうと信じてすぐクラウスさんのもとへ。
何だかいつもよりクラウスさんは緊張なさっているというか、落ち着かなそうというか、不思議なご様子で。私は首を傾げました。
「クラウスさん、何かソワソワなさってます?」
「む、そう見えるだろうか……」
「見えるというか、明らかすぎて隠しきれてませんけれど」
「慣れないことをしようとしている所為だろう……。申し訳ない」
慣れないこと。それが何かは、もう、考えるまでもありません。今のこの状況、シチュエーション。多忙極まりないクラウスさんからお誘いを受けているという事案、これしかありません。これに違いありません。私の高揚する心は急な下り坂を転がり落ちていきます。
「ま、まさか、普段私が“一緒にお出掛けしたい”とぼやきまくってるせいで気を遣わせてしまっているのでですかかか……っ!?」
「い、いいや、そうではなく! その……淑女との外出という事柄への慣れが……その、そういう……」
……なぁんですか、こ、このかわいらしいクラウスさんのリアクション……ッ!!?
思わず心中でふらりとノックアウトされかけながらも、私は(一応)年上としての立場を思い返し、微笑んでクラウスさんのお手を取りました。下ったハートもあっという間に定位置以上に持ち上がります。
「何を仰いますの! 私とクラウスさんの仲じゃありませんか!! そんなに緊張なさらないで楽しいデートを致しましょうッ!!」
「デート、ああ、そうだな……。デートになるのだな、きっと、これは」
「いっぱい羽を伸ばしましょうねっ、そして楽しみましょうねっ!!」
本当は抱き着きたいところでしたけれど、クラウスさんの邪魔になってしまうから我慢ですの。
――まさかのお誘いで街に繰り出したはいいものの、私たちがいない間ライブラは大丈夫なのでしょうか。私はともかくクラウスさんがいないとてんやわんやのときアラ大変なのではないでしょうか。
でもそんな私の心配を他所に、クラウスさんは私のワガママデートにお付き合い下さいました。きっと、この為に時間を作ってくださったんだと思うと、急に目頭が熱くなったり。まるでお年寄りの涙腺です私。
クラウスさんと一緒に食べたハンバーガー、美味しかったです。カフェラテも美味しかったです。ケーキも食べました。目的地もなくふらふらお散歩したりもして、その間、私はずっとクラウスさんの手を握っていました。クラウスさんがとても優しく握り返してくれて、とっても胸が暖かくなりました。
……それにしても、どうして急にお出掛けに誘ってくださったんでしょう?
「クラウスさ――」
言いかけた私の体は突然クラウスさんに強く引き寄せられ、一瞬で抱き上げられていました。
「えっ!?」恥ずかしがる間も無く、私たちの後ろからトンデモな爆音と爆風が襲ってきました。破片たちがたくさんこちらに向かって飛んでくるのが見えました。
「ごめんあそばせ!」
咄嗟に私はクラウスさんの首へ腕を回してぎゅうっとくっ付いて、防御術壁を張りました。クラウスさんの体が一瞬強張ったのが伝わってきました。
不可視の壁が破片や爆風を防いでいたから、壁の内側はとても静かになって、そのぶん、クラウスさんの呼吸や鼓動が強く伝わって来て途端に恥ずかしくなってきてしまって、慌てました。
「ご、ごめんなさいクラウスさん! 貴方が怪我をしてしまうと思って、その、術の効果は近ければ近いほど強くなるので、私……!」
「いや、君が謝ることは無い」
私を抱き締める逞しい彼の腕が、やっぱり優しい力で私を捉えるものだから。
「庇うつもりが庇われてしまったな。有難う、カレッサ」
耳元であの低くて力強いお声が響くものだから。
私は全身が火照っているのを判っていながらも、クラウスさんから離れることが出来なくなってしまったのです。
……ドンパチ騒ぎは幸いにも警察の方々が収められる範疇の事態で済みました。
しかし私個人の事態は、そのあともずぅっと、しばらく、収まりませんでした。
私が恥ずかしくて動けなくなったのを「先の騒動で怯えてしまったんだろう」と思ったクラウスさんは、私を抱きかかえたままライブラまで戻ってしまったのです。
にこやかに私たちを送り出してくれた皆様の視線が、声にならない声が、何と言うか、もう……。
「……旦那とデキたんか、カレッサ」
「〜〜〜〜っ!!」
初めてザップさんに『おばか!』と怒鳴りたくなりました。
そんな余裕は心身ともになく、クラウスさんにベッドへ運ばれポンポンと背中を叩かれあやされるような私には、出来るわけがありませんでした。
「クラウスさん……。とっても楽しかったです、またいつか行きましょうね」
結果はともかく、とても楽しいお出掛けだったことに間違いはありません。
唐突にお誘い頂いた理由については遂に聞きそびれたままでしたけれど、私は新しいシーツと柔らかなブランケットたちの誘惑に打ち勝てずに眠りについたのでした。
――騒動の為にカレッサが疲弊し、外出は中断となってしまったが、彼女は眠る直前に「楽しかった」と微笑んでくれた。その笑顔と言葉だけで、行動した甲斐があったというものだ。
手を取るにも、その体を抱えるにも、ほんの一寸でも加減を間違えようものならへし折れてしまいそうだった。勿論万が一にもそんなことは起こさないが、そう感じてしまうほど彼女の脆さを実感した時間だった。
美しくて儚い。月並みな言葉だが、これが彼女を現すにはぴったりだと思う。
それにしても……。
「クラウス、随分上手くいったみたいだな」
「ああ、次の約束も取り付けた」
スティーブン、君の笑顔はいつになく柔らかいのは何故なのか。
今しがた戻ったチェインがレオに何か言われ「見逃した!!」と悔しがっていることや、ザップが何とも言えない目と半笑いで私を見ていること、ツェッドが呆然としていることたちと関係があるのだろうか。
「坊ちゃま、良かったですね」
ギルベルトの眼差しも何時も以上に温かい。
……私は、これ以上彼らの反応の理由を考えるのは止めようと思い、カレッサの体調が早く良くなるよう祈りながら仕事へ戻ることに決めた。