「クリスマスプレゼント、ですの?」
カレッサはきょとんとした。どちらかと言えば自分は年齢的にプレゼントを配って歩く側であり、物欲というものが乏しかった。あえて言うならば溢れんばかりの愛情を向けるべき他種族の存在が欲しいが、そのひとたちは自分のすぐそばに沢山いて。
珍しく困惑するカレッサに、申し訳なさそうにツェッドは溢す。
「悩んだのですが、本人に何が欲しいか聞くのが一番かと思いまして」
「ツェッドさん……。寧ろ私、プレゼントする側が良いんですけれど。年齢的にも気持ち的にも、その方が落ち着くんですの」
「それだと、僕なりのプライドというか……一応男として思う所が、その……」
「でしたら、お互いにプレゼントしあいっこしたら良いですの! 私、少なくともライブラの皆さまにはプレゼントを配るつもりで用意していましたから。そうですの、ツェッドさんのご希望聞かせてくださいな。そうしたら私も答えます」
「どうしてそうなっちゃうんですかカレッサさんは。たまにはプレゼントされるだけになっても罰は当たりませんよ」
「だってー! プレゼント配るのも楽しいじゃあありませんこと!? ドキドキ致しますわ、だって贈り物をするっていうのは、愛情表現にもなりますの! そんな素敵なことをスルー出来るほど私は大人じゃありませんのよっ!?」
「ああ、そうですよね……。貴女はそういう人でした……」
じゃあ、とツェッドは希望を口にする。
「もう読む本が無くなってしまったので、長く楽しめる本が欲しいです。ジャンルは、カレッサさんにお任せします」
「得意分野ですの。了解致しました、楽しみになさっていてくださいな。じゃあ、次は私の希望ですね……。うーん……」
ふよふよと宙を漂いながらしばらく悩み、カレッサは「そうですの!」と両手を叩いた。
「夜になったら、ツェッドさんと二人きりで過ごしたいですの。勿論、ほんのちょっと、30分も頂けたら十分です。他にだあれもいない、静かなところで二人っきり」
「そ、そんなことで良いんですか? 何だか釣り合っていない気がしますが……」
「まあまあ。二人きりになったらおねだりしたいことが一つありますので。それが本命ですの! ……そうですね、パーティーが終わってから、私のテントの中に来ていただいて、その時に、本当に欲しいものをおねだりしますわ」
「判りました」
いささか腑に落ちないようなツェッドの顔を見て、カレッサは可笑しそうに笑っていた。
――とびっきり騒がしい、けれどいつ緊急事態が起きるか判らないライブラのささやかなクリスマスパーティーが終わった夜更け。
ツェッドは、カレッサに言われたとおりに彼女のテント兼自室を訪れた。
申し訳程度に入口の布をぽふぽふ叩いて、ノックの代わりとし、「ツェッドです」と呼びかける。
それから一秒経ったか否かというスピードで、カレッサがテントからひょっこり顔を出した。満面の笑みの彼女は淡い水色のネグリジェに着替えていた。すっかりお休みモードな薄着。先のパーティードレスとはまた違った姿に不覚にも胸が高鳴る。
「お待ちしてましたの、ツェッドさん」
微笑む彼女に手を引かれ、ツェッドはテントの中へと入った。
何度入っても、テントの見た目とのギャップの差に驚く空間だ。カレッサの術によって特殊な空間を生成しているそこは、かなりの広さだった。ツェッドの水槽や必須機器諸々を突っ込んでもまだ余裕があるだろう。インテリアは恐らく彼女の故郷のもので揃えられており、それも年季が入っている。ただ古びただけではなく、大切に扱われて今まで残って来たのであろうことが伝わってきた。「物持ちが良いんですの」とカレッサが以前しんみり口にした時、その家具ひとつひとつにも深い思い入れがあることをツェッドは知った。
「適当なところで寛いでください――……と言いたいところですけれど、私のおねだりを聞いてもらうには、そこに座っていただくと助かります」
そう言ってカレッサは指差したのは、一人で寝るには十分すぎるほど大きな天蓋付きベッド。
――ベッドに座れというのは、どういうことだろうか。
ツェッドは動揺しつつも、彼女の言う通りにベッドへ腰を下ろした。
ご機嫌なカレッサは鼻歌交じりにハーブティーを用意している。ただ、カレッサは指揮者のように指を振って術で茶器を操っていたから、一般的な茶の淹れ方とは全く異なるものだった。
「ツェッドさん、まあひとまずお飲みになって」
「有難うございます」
サイドテーブルにハーブティーの入ったカップがソーサーと共に舞い降りてきた。
「……童話の魔法使いみたいですね」
「妖精たるもの、このぐらい出来なくてはいけませんもの。といっても最近まで忘れていたんですけれど」
カレッサも自分の分のカップを抱え、ふわふわと宙を泳いでやって来る。ツェッドの隣に座った彼女は、微笑んだままハーブティーを口にする。
いっこうにお茶へ口をつけようとしないツェッドを見て、カレッサは首を傾げた。
「何か、気になることでも? ……ああ、お茶に変なものを混ぜたりはしてませんの。安心なさって」
「い、いえ、そういうことではなくて……女性のベッドに座るというのは普通緊張するものなんじゃありませんか」
「あらまあ、可愛らしい」
カレッサの小さな笑い声に、ツェッドはむずがゆくなった。
普段ははしゃいではしゃいで騒いではしゃいでいる姿が印象強くて、こうやってまるで年上のように振舞われると反応に困ってしまう。といっても実際彼女の方が年上だからなんら可笑しくはないのだ。女性はいくつもの顔を持っているんだろう、きっと。普段の賑やかな彼女も、今隣でゆったりと寛ぐ彼女も、カレッサというひとには違いない。
にしても、差がありすぎやしないか。
ツェッドは黙々と茶を啜った。
「……ごちそうさまでした」
実に美味しかった。今このまま眠ればさぞぐっすり眠れるであろう程のリラックス効果が生じたほどだ。
だがその前に、ひとつ、しなくてはならないことがある。
クリスマスのプレゼントのやりとり。
「カレッサさん、先刻は本、有難うございました。我慢できずに数ページ読んできたんですが、今回の本はとびきり楽しそうです」
「それは良かったですの! 今まで私が読んできたものからとっておきのを集めてこさえたものでしたから、お気に召していただけて嬉しいです」
茶器をやはり術でさらりと片付けて戻ってきたカレッサの笑顔。このシチュエーションではどうしても必要以上に意識してしまい、ツェッドの言動は妙なぎこちなさを持ってしまう。
「本当に有難うございます。それで、その……僕にしてほしいことというのは?」
「とっても簡単なことですの」
カレッサの笑顔が、僅かに陰った。
「ひとこと、言っていただきたんですの。“お誕生日おめでとう”って」
「え……」
ツェッドは瞬きした。
以前カレッサは、誕生日を思い出せないと頭を抱えていた。年齢もあやふやで、そのことを酷く気に病んでいた。その反動もあってか他の面子の誕生日となるとどこから用意したのか判らない不思議グッズやら何やらで盛大に祝おうと飛び回っていた。
まさか、誕生日を思い出せたのだろうか? 彼が戸惑っていると、苦笑しつつ妖精は口を開いた。
「前にも話しましたけれど、私、自分の誕生日が判らないの。でも欲張りですから、誰かに誕生日おめでとうって言われてみたいんですの。……言ってもらったのは随分昔過ぎて、本当に言ってもらえたかも怪しいぐらい。だから、私、とっても大好きなツェッドさんに、本当に今日が私の誕生日のように祝ってもらいたいんですの。別にこの日じゃなくても良かった。けれど、クリスマスなら、許されるかなって思って。プレゼントって言い訳して。だから……ツェッドさんが、私にプレゼントのことを聞いてくださったときに、そんな子供みたいな我儘を叶えてもらおうとしてしまったんですの」
カレッサがどんな思いでその願いを口にしたのか、ツェッドには見当もつかない。
自分と彼女は、種族も生い立ちも何もかもが違う。共通している点を探す方が難しい。せいぜいライブラに所属している、ということぐらいしか思いつかなくて、どうしてツェッドは彼女がそんな願い事を自分に託したのかと混乱していた。
まるで彼女が自分に特別な想いを寄せてくれているような表情をして、願ってきたから。
戸惑うツェッドがようやっと言ったのは、「僕で良いんですか」という一言。
カレッサは徐々に顔を紅潮させながらもぶんぶんと首が千切れんばかりの勢いで頷く。
彼女が言うなら、求めるなら、それでいいんだろう。
――意を決して、ツェッドは、
「お誕生日おめでとうございます、カレッサさん」
誠心誠意想いを込めて、そう告げた。
……途端にカレッサは目を潤ませ、ありがとうございます、と半泣きの声を漏らす。赤い頬が緩んで、心底嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。胸の前で祈るように組まれていた両腕をぱっと広げた彼女は、今しがた“誕生日”を祝ってくれたツェッドへと抱き着いた。
わわ、と慌てながらもツェッドは彼女を受け止め、しかし勢いのまま共にベッドへ倒れ込む羽目となった。
座るならベッドにとカレッサが乞うたのは、こういった事態を予測してのことらしい。慣れないふかふかのベッドの上で、ツェッドはひとり納得した。
腕の中では、嬉しそうに笑いながらも目じりから涙を溢す間抜けなカレッサの姿。
「とっておきのプレゼント、頂いてしまいましたの」
「僕としてはあまりプレゼントをあげた実感が無いんですが、大丈夫ですか」
「そりゃあもう、最高に大丈夫です!」
誰にも見られない場所で本当に良かった。
こんな状況、いくらライブラの仲間とはいえ見られる訳にはいかない。一体何を――特にあの兄弟子――言われることか。
「ああもう、キスしたくなってきます」
「そ、それは駄目です。落ち着いてください」
……本当に、誰にも見られず聞かれることも無い場所で良かった。
カレッサのはしゃぎように、ツェッドは心からそう思った。
重量という概念とあまり縁のない妖精の体は真綿より軽い。こうして触れて温もりが伝わってようやっと実体を確かめられる。
はしゃぐ声も、すり寄ってくる仕草も、この感覚全てが確かな現実で。
そう思うと、ますますこの状況にツェッドは困惑せざるを得なくなってきたのだった。
「妖精もクリスマスではしゃぐんですね」
独り言で自分を落ち着かせようと試みるぐらいには、ツェッドの動揺は激しい。