この妖精は特別お間抜けである。後編
 ザップは鍵をツェッドに投げて寄越し、ツェッドはすぐにカレッサの足枷を外した。
 力を吸われ続けていたあの不快感が嘘のように無くなり、カレッサは安堵した。だが吸われた力と蓄積された疲れがすぐ回復するはずもなく、顔色は悪い。
「おなかすいた……」妖精の独り言に、ザップは瞬きした。

「腹減ってんなら食えばいいんじゃねーの?」

 カレッサとツェッドが目を丸める。「え?」「は?」首を傾げた二人に、いやだから、と床に転がる誘拐犯たちを血の刀でつつきながら、ザップは言った。

「お前リャナンシーだろ。こーいうゲテモノで良けりゃイッちまえって話」
「あ……。そういうことでしたの」

 ぽんと手を叩いてカレッサは納得した。そういえばそうだ。自分たちは他者から精気を頂戴して生き延びる。その分、才能という形でお返しして。そういう生き物であった。
 差はあれど皆ある程度傷つき、血を流し、気絶している誘拐犯集団へそっと歩み寄りながら、カレッサは頷く。

「ザップさんが仰るんでしたら、ちょっとばかり頂いてしまいましょうかしら。でも……」
「どうせお前の誘拐以外にも色々やらかしてる奴等と店だ」

 ザップは簡単にこの店が行っていたことを説明してくれた。誘拐した女性を試験的に作り出した薬の実験台にする、その薬漬けにして思考を無くした女性を売る、完成した薬自体も破格の値で卸しまくる、ついでに武器爆弾その他火薬くさい代物を裏ルートでどんどん持ち込む、この違法行為を詰め合わせた店に招かれた客はタダでは帰ることが出来ない(どうタダで帰ることが出来ないかは勿論カレッサに訊けるはずも無かった)……などなどだ。
 カレッサは店に入った時に目にした女性たちのことを思い出した。虚ろな目と頬の筋肉がたるんでしまったような笑み。彼女たち全てが被害者だったとは。

「あの子たちは、ちゃんと助かるんですの? 命に大事は……」
「お前が心配するまでもねえさ。それよか今はメシだろ、飯」

 カレッサの思考が暗い穴へ落っこちる前に、ザップが引っ張り上げてくれた。

「俺は一発ヤらしてもらえるならちょっとぐらい頂かれちゃっても構わねぇけど」
「言うに事欠いて何言ってるんですか!」
「そ、そうですの! 恥ずかしいですわ、そんなド直球!」
「いや問題はそこですか!? それ以外にも色々と大問題ですよ!」
「言動はアクティブなわりにガード固ぇな、カレッサ。ま、そのままじゃお荷物以下だしコイツラで良いならさっさと栄養補給しろ」

 ザップは、一番無事そうな男を剣の先に引っ掛けてカレッサの前に突き出した。街中で彼女に声を掛けて来た男である。
 カレッサは荷物以下から脱却すべく、男のだらりと下がった手を取った。その手の甲にそっとキスをして、命に別条がない程度に精気を“食べた”。男は一瞬目を見開いたが、すぐにボコボコにされた痛みも消えたような幸せそうな笑みを浮かべて再度意識を失う。
 その食事風景をまじまじと観察していたザップは楽しげだ。

「ほほう、リャナンシーに食われるとこうなる訳か」
「女性の食事をそんなにジロジロ見つめるもんじゃないですよ。……もしかしなくともこの人たちを実験台にしましたね」
「なーに目くじら立ててんだ。何かされたら倍の倍返しするぐらいの肝っ玉じゃねぇとライブラは務まらねーだろ」
「カレッサさんにそのスタイルは向いていないと思います」

 ほう、とお腹いっぱいの食事をしたような顔のカレッサの横で、ザップとツェッドはいつも通りの口喧嘩に近い会話を続けている。……が、その会話も長くは続かない。
 久々の精気を食したカレッサが、「あ!」と声を荒げたのが切欠だった。
 何事かとザップ、ツェッドは、カレッサを振り返る。

「……私、リャナンシーなんですのよね。それで今、精気を頂いたんですのよね」
「おう、それがどした?」
「やむを得ない状況でしたしね」
「……リャナンシーが精気を頂く際、必ず生じる事柄がございますの。――精気をリャナンシーに与えたものの、才能の開花です。簡単な契約、等価交換という感じですの」
「……つまり?」
「……どうなると?」

 両手をわたわたと彷徨わせながら、彼女はぽそっと呟いた。

「この人、まだ生きていますから……才能が“開花”する可能性があります」

 ――何の才能かは、確認しそびれましたけれど。
 とんでもない大失態をしでかしたようなカレッサの表情が不安を煽る。
 ザップとツェッドは、精気を吸われたばかりの男を凝視した。何かあれば、もう少々手荒な対応が必要になってくるかもしれない。その事態に備えて。

「可能性があるってこたぁ、確定じゃねえんだな?」
「は、はい。私たちは、私たちを愛してくださる方へ才を贈るんですの。ですから、私に欠片の情も抱いていないお方でしたら無し、ですの」
「情とはまたぼんやりとした括りですね……」

 男の指先がぴくりと動いたのに、カレッサだけは気付かない。

「私たち、他種族大好きではありますが、お相手が私たちをどう思ってくださっているか読み取れる訳ではないので、詳しい境界が曖昧なんですの……」

 ザップとツェッドは一瞬のアイコンタクトの後、才能開花の影響か起き上がりかけていた男を血法の糸でぎっちり拘束し、もうひと押し、と強烈な打撃をタッグでお見舞いした。折角意識の回復したところをまた気絶へと追いやられ、男は再び倒れ込む。

「開花しようがしまいが、気絶してりゃ関係ねーだろ」
「そうであることを祈ります」
「成程ですの、ではこの間にどんな才能を贈ったか確認だけ……」

 二人の背後からいそいそと歩み出て――その段になってカレッサは自分がいつの間にか彼らに庇われていたことに気付いた――、彼女は白目を剥く男の額に指先を添える。ほんの僅かな時間、目を閉じて男の中身を読み解いた彼女は、ホッと胸を撫で下ろした。

「良かったですの。贈った才能は“歌”でした。歌うことがお好きな方でしたのね」
「典型的なトコ来たな」
「寧ろそれ以外の才能を引きずり出すリャナンシーの方が珍しいって話じゃありませんでしたか」
「るせーな。ちょっとあんな思わせぶりなこと言われちゃ期待しちまうだろ。ムチャクチャな武術の腕前とか、ええ感じのテクニックが〜……とかよ」
「ムチャクチャな武術の腕前なんかこんな狭い場所で披露されたら面倒です」
「申し訳ありませんの……」
「いえ、カレッサさんを責めている訳では無くて……」

 ――後に事後処理班が駆けつけ、ツェッドとザップはひとまずカレッサを連れてライブラ本社へと引き上げた。
 店の中を手荒い捜査と処理で片付けられ、誘拐されていた女性たちの保護が進む中、捕まった従業員たちのうち一人がこんな俗な店で真っ黒な商売に魂を売っていたとは思えないほどの美しい歌を呑気に歌い続けていたそうだ。それもきっちり48時間、二日間。夜を徹して歌い通したのち途端に喉を枯らして疲労で昏倒し、牢屋から病院へと移されたらしい。
 そんな不可思議なことも起きたものの、店にいた者は、被害者加害者共に“死者”はゼロだったと言う。
 ……あの店にいた女性たち全員と、その男の無事を知ったカレッサは、心底安心した。

「本当に良かったですの」

 ライブラの仲間たちから様々な叱咤を受けたと同時に“無事でよかった”と言ってもらえた彼女は、反省しつつも嬉しさに頬を緩ませてしまっていた。
 チェインが「自分を誘拐した人間の心配までするの?」と問うと、カレッサは大きく頷く。

「歌じゃなくてバトルスタイル系なものとかでしたら、下手に暴れて筋肉ブチブチッといっちゃっても可笑しくなかったですから」
「え」
「負荷に体が耐え切れなかったらそうなってしまいますの……。あ、私、相思相愛のお方でしたらそんな痛い思いをさせませんの!」
「い、いや、そこが問題なんじゃなくて……。まあ良いか……」

 このカレッサの自業自得誘拐騒動は実家の方にも勿論伝わっており、騒動の翌日、お詫びの品々とカレッサへの手紙がまた事務所へと届けられていた。今となっては誰もこの届け物に驚くことは無い。セキュリティ諸々の問題もあり、カレッサの実家とのやりとりを行う専用ルートがとっくの昔に作られている。
 カレッサと“実家”の溝は深く、贈り物は届けどそれを運んでくるリャナンシーを見た者はいない。恐らくリャナンシーが直接持ってくるわけではなく、転送術の類いだろう、とレオは推測していた。
 リャナンシーは常に愛情を求めていること、そして愛情を得る為ならばとことん尽くす、そういう長年積み重ねてきた種族の性質が、カレッサの無防備で無警戒な振舞いの原因になっているのだろう。

「カレッサさん、本当に無事で良かったっす」
「レオくんたちのお陰ですの!」

 わざわざ延期されていた『お食事会』の席。
 右隣に座るレオの言葉に、カレッサはアルコールでやや舌ったらずになりつつも答える。片手で彼の肩を抱き、もう片手でチューハイのジョッキを掲げ、るんるんと上機嫌だ。

「カレッサにも扱えそうな武器を今度見立ててやらねーとな」
「有難うございますのパトリックさん! 出来れば軽めのものが良いですの!」
「そっか、そういやお前の重量紙レベルだったっけな!」
「そうですの! 紙切れレベルですの〜!」

 チューハイをテーブルに置いたカレッサは、レオを抱き締めてふわっと宙に浮かんだ。反射的にレオもカレッサに抱き着いてしまう。まさか一緒に浮くことが出来るとは、というか物凄く柔らかいものが都合上当たってしまっている……などと考えているうちに、「行儀が悪いぞ」とスティーブンに笑って窘められたカレッサの浮遊は終わった。
 すとんと元の席に戻り、解放されたレオは妙な心地であった。

「あ、あの、カレッサさん、よく僕のこと持てましたね……」
「ちょちょいのちょいっと術を使ってふわふわっとさせたんですの! このぐらい朝ごはん前ですわ! 朝ごはん食べませんけれど!」

 笑い上戸なのか、カレッサはいつも以上によく笑っていた。そんな彼女の肩を、左隣に座るK・Kががっしりと掴んで引き寄せる。彼女の肩をぽんぽんと叩きながら、まるで子供に言い聞かせるような調子でK・Kはこう諭した。

「今度からはしっかり食べといた方が良いわよー、いざって時、お腹空いて力が出ない〜……なんてもうこりごりでしょ?」
「確かに、です……」
「それにほら、誰かと食事するっていうのもスキンシップの一環だし、そうやって誰かといることに慣れてけば悪いヤツについてくほど飢えたりしなくなるわよ、きっと」
「なるほどですのー! さすがK・Kさんー! 今度こそ女子会を致しましょう、途中退席しなくて済みそうなときに!」

 嬉しそうに抱き着いてくるカレッサを、K・Kはうんうん頷いて受け止める。「姐さんは女子って歳じゃ……」「何か言ったかザップっち」「何でもねぇっす」密かなザップの指摘も静かに止めつつ。
 こうしていると本当にカレッサは子供のようだ。何も知らない、何も判らない、その上底なしにお人好しで擦れていないから、誰にでも懐いてしまう。

「そういえばカレッサさんって何歳なの?」

 女子同士の交流を微笑ましく見つめながら、ふとハマーが呟いた。彼とカレッサが顔を合わせるのは今日が初めてだ。カレッサがライブラ入りしたことをハマーはクラウスらから聞いていたし、カレッサもブローディ&ハマーの存在は他のメンバーから聞いていた。この初対面ということもあり、カレッサは断食してまで今日の食事会を楽しみにしていたのだ。
 K・Kにいっぱい抱き締められながら、カレッサは口を開く。

「ええっと、何歳に見えます?」
「18くらいかな?」
『いや20は越えてるだろ。30……まではいかねーか』
「まあ、ハマーさんもデルドロさんもお上手!」

 何故かカレッサは照れて、K・Kにぎゅうっとしがみついた。非力な彼女が目一杯抱き着いて来たところで、痛くも痒くもない。K・Kもアルコールが回って上機嫌なのでカレッサの好きなようにさせていたが、

「年を数えるのは3ケタ入ってから止めてしまったから、あやふやですの」

 妖精の言葉に、凍り付いた。
 無論、他の仲間も同様だ。
 マジか。ギャグじゃないのか。だから見た目のおとぼけ感の割にエゲツない術使うのか。そんなに歳食っておきながら、この子供っぷりか。もう少ししっかりと歳を重ねて来れなかったのか。
 葛藤のあまり動きが止まる周囲を他所に、カレッサとハマーは笑い合っている。

「思い出したら改めてお答えしますね!」
「うん、わかった。にしてもすごいねー。そんなに年上には見えないけどなあ」
「照れますのー!!」

 そして、天然同士、この二人は(デルドロを除いてなので二人で間違いない)妙に馬が合うことを一同は知ったのだった。
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