あたらしく、あたたかな“場所” 1

 ソロモン一行により思わぬ自由を手に入れたサフィリーンは、彼らと共に王都へ来た。王宮に連れていかれ、王女とも謁見し、この上ない緊張に体を硬直させながらも、調査を命じてくれた彼女へ深々と頭を下げて礼を述べた。
 その後は、村へ帰るつもりだったのだが、酷く緩やかな時を生きる彼女と、正常な流れに乗る世界との惨い時間の差を知ることになる。

「君の住んでいた村はもう……」

 バルバトスの言葉を聞くまでもなく覚悟はしていた。道すがら、サフィリーンは自分の特異体質について彼らへ説明もしていた。だからさほど共に混乱や動揺することはなく、ならば何処へ行くべきか? と問題を移すことが出来た。

「あの、私、ソロモンさんたちのお屋敷で働かせてもらえないでしょうか」

 彼らのアジトにとりあえず招かれたサフィリーンは、開口一番そう告げた。ソロモンたちは顔を見合わせて算段を始めようとしていた。その時、

「あら、良いじゃない! 女の子の為には、女の子の使用人も必要よ」

 賛同の声を上げたのはマルバスという桃色の髪の少女。愛らしい人形のような姿に、サフィリーンは目を奪われる。その視線に気づいたマルバスは、ふふ、と悪戯っぽい笑みを見せた。

「もう、すっかりあたしに釘付けじゃない。ちゃんとお仕事するのよ? サフィリーンだったっけ」
「え、あ、はい!」
「そんなに畏まらなくても大丈夫。まあ、こんなに可愛い子を前にしたら緊張しちゃうわよね、わかるわぁ」

 ふわりと髪が揺れ、フリルたっぷりの衣服が揺れ、ウインクが飛んできて。サフィリーンの頬がぽっと赤くなる。しばらく地下牢にいたせいで、こういった可愛らしいものへの耐性がなかった。もともと内向的な彼女に、マルバスの積極性は大いに刺激となる。
 その様子を見て、ソロモンは、ふっと破顔した。

「サフィリーンにとっても、きっと、それが良いんだろうな」
「ではソロモン王……」
「ああ」

 マルバスに見惚れるサフィリーンに、ソロモンは改まって「サフィリーン」呼びかける。すぐに我に返った白銀の乙女はソロモンを見る。

「これからは此処がサフィリーンの家だ。俺たちの仲間だ。よろしくな、サフィリーン」
「……はい! はい!!」

 サフィリーンはぽろぽろと涙を溢しながら、ソロモンが差し出した右手を両手で包み、何度も何度も頭を下げた。
 一般のヴィータとは異なる寿命と外見を持つだけで、中身は気弱な少女と何ら変わらない。その毛並みには確かに多くのフォトンが巡っているのをソロモンは認めたが、それだけだ。

(カリントさんたちについては、もっと色々調べなくちゃならないけれど……そのためにも、サフィリーンの消耗を回復しなくちゃな)

 ソロモンたちが訪れる三日前、彼女は耳の毛皮を剥がされていた。今はすっかり元通りの毛並みになっているが、相当の苦痛を強いられたことだろう。牢屋での怯えぶり、痛ましい姿を思い返して、ソロモンは目を閉じる。
 マルバスに導かれてアジトを巡り始めるサフィリーンの、戸惑うような、嬉しいような、曖昧な声が控えめに響いていた。



 王宮には、捕まったシタバがいた。彼自ら、進んで連行されることを望んだのだった。シュリエの街では王宮騎士の見張りをつけられたカリントの取り調べが慎重に行われている。その情報の橋渡しは、ソロモンたちの仲間である追放メギドが行っていた。
 シタバは、ぽつぽつとカリントたちの行為について語った。
 どれほど以前からかは知らないが、少なくとも祖父の代からは、サフィリーンの毛皮の維持と処理を任されていたこと。街が大きくなるにつれて当然サフィリーンの毛皮だけでは賄えなくなり、良く似た偽物の毛皮を作ることになったこと。その偽物を作るために動物を集め、様々な交配を試みたのだという。時にはサフィリーンと獣の交配も試したが、悉く死産となり、早々にサフィリーンを母体とすることは諦めたらしい。
 異なる動物たちとの掛け合わせも死産や流産となることが多かった。しかし少しずつ、サフィリーンの毛皮によく似た質を持つ動物が生まれ始める。しかし。

「動物同士の配合でこれ以上の再現は無理だと悟り、ご主人は幻獣との配合に手を付けた」

 幻獣を捕まえ、掛け合わせの動物との交配を試みたのだという。本来交わることのないもの同士を人為的に交える所業は、聴取を見守っていたシバやウァプラの顔を大いに歪ませていた。

「なんということを……」
「出来上がった品質に関しては申し分ないものだった。さすが幻獣だと思った。あいつらは大地の恵みをより多く得ようとするからなんだろう」

 シタバの声には今までの疲労が見えていた。それでも一気に語りきるまでは終わるまいと、彼自ら語り続けた。自分たちの所業を。その成果を。おぞましさに震えながら、シタバは口を開く。

「しかし、目に見えない特徴までは……恵みが宿るのは、サフィリーンの毛皮しかなかった」

 シバは王宮に献上された毛皮を彼の前に出し、「これのことじゃな?」と確認する。シタバは毛皮の裏の隅、ともすれば見逃しそうな場所にある印を指さして「この印があるなら、そうだ」呟いた。

「俺はわからないが、父は“大地の恵み”が宿っているのを見れた。老いて視力を失った目でも、恵みだけは例外らしい。ぼんやりと見えるんだと言っていた。あなたも見えるんだな?」
「うむ。今はだいぶ流れ出てしまっておるがの、この毛皮には間違いなくフォトンが宿っておった」

 取り調べを続けるシバとシタバを置いて、ウァプラは部屋を出た。聞きたいことはおおよそ聞けた。もう用はない。

「フォトンが宿るものと宿らないものがあるのは、そういうことか……」

 ウァプラはひとり、シュリエを目指すことにした。
 自然の摂理に反する生命体を探し出し、その存在を滅するために。
back

- ナノ -