人に似て非なる姿があった。ペルソナだ。そして、そのペルソナの力で跳躍しているのは――麻斗だった。
突風が、駆け抜けていく。
チドリが召喚器の引き金を引くよりも早く、その背後に麻斗が飛び降りる。
麻斗は躊躇うことなく彼女に足払いを仕掛けた。
「きゃっ!?」
体勢を崩したチドリの手から、召喚器が転がり落ちる。麻斗はそれを奏夜がいる方へと蹴り飛ばし、奏夜もまた反射的にそれを受け取った。これで彼女のペルソナは封じられたも同然である。
ふう、と息をついてから、奏夜はチドリたちを見た。
転んだチドリを、麻斗が馬乗りになって取り押さえている。鞘にしまってあるとは言え、刀を首に突きつけられては彼女も動けないであろう。
「麻斗、悪者みたい」
「非常事態なんだからしゃあないでしょ! 女の子にこんなことすんのは俺も本意じゃないよ!」
奏夜の発言に、麻斗は顔をしかめて反論した。その早口ぶりと顔色から察するに、彼もだいぶ慌てていたようだ。
「競走は負けるし、順平くんは捕まってるし。何なのさ、もう……」
「伊織! 無事か!」
程なくして、美鶴や幾月たちも屋上へとやってきた。
様子を見た幾月がぎょっと目を丸めている。幾月はずっと作戦室にいたはずなのだが、全くこの侵入者に気付かなかったようだ。
風花でさえ気付かなかったのだから、仕方のないことかもしれないが……。
だが風花は今にも泣きそうなほどに顔を歪めている。人一倍思いやりと責任感に満ちた彼女らしいといえばらしいが、風花には何の罪もない。
「私が気付けなかったせいで……」
「いやいや山岸君は悪くないさ! ……しかし山岸君でも気付かなかったとなるともう、“撹乱する能力”といったとこかな……」
幾月たちが色々呟いている中、麻斗はチドリを見た。
顔色が悪い。
元からそうなのか、それとも自分の乱暴さゆえに何処か打ってしまったのか。罪悪感に駆られた麻斗は口を開きかける。
「あの……」
「……い、や……」
「え?」
「チドリ?」
順平も彼女の異変に気付いたようだ。
チドリと言うのか、この子は……などと麻斗が考えた瞬間だった。
チドリは急に取り乱し、絶叫した。
「いやぁ、メーディアぁあ! かえして! メーディア!!」
「うわっ!?」
暴れ出したチドリから麻斗は一旦退き、慌てて彼女を羽交い締めにした。とっさに投げ出した刀が、床を転がり派手な音を立てる。
「アイギス、彼女を拘束しろ!」
「了解であります!」
美鶴の指示を受けたアイギスに彼女を任せ、ようやく麻斗は息をついた。
召喚器を取り上げたせいなのか、チドリは大分精神を乱していた。
麻斗はそっと自分の胸を押さえた。ばくばくと心臓が跳ねている。チドリの悲痛な叫び声が、くっきり耳に焼き付いて反響していた。鼓膜が裂けるかと思うような、まるで断末魔の声――。
仲間たちがチドリを中心に何か話し合っているなか、麻斗はひとり呟いた。
「何か悪いことした気分……」
影時間が、明けた。
◆◆◆
――3人目のストレガ・チドリが拘束され、4日が経った。
桐条傘下の病院にて、チドリの監視が続けられている。そして、美鶴や真田たちが彼女への尋問を試みてはいるものの、何一つ答えないそうだ。
ただ順平が話しかけたところ、口を開いたらしい。素っ気ないながらも彼には反応を示していた、と風花が話していた。
「……順平くん、チドリちゃんに惚れてるな」
「ワン」
コロマルを撫でながら、麻斗は呟いた。
今日も今日とて先輩たちが尋問に行っているため、タルタロスの探索は休みである。
順平も落ち込んでいるし、寮内には全体的に重苦しい空気が漂っていた。
垂れ流しになっているテレビが、逆に哀愁を誘っているような気さえする。
順平が落ち込むのは仕方ない。度々チドリらしき人物について楽しげに話していたし、やたら最近ご機嫌だったのもチドリと会っていたからなのだろう。
それが、こんなことになって――。
何でもこうだ。後になってから辻褄が合って、はっきりした頃には、どう手をつけたら良いのか判らなくなる。
これからタカヤやジンがどう出て来るのかも判らない。だが、サポート係であったチドリを欠いている今、彼らは慎重にならざるを得ない状況のはずだ。
「そう。だから、しばらく妨害は無いと思うよ」
麻斗は驚いて顔を上げた。
奏夜がじっとこちらを見下ろしている。彼の手には、コロマルの散歩用リードが握られていた。
「考えてること口に出まくってたよ」
「げっ、恥ずかしい」
「ワン!」
呆れる奏夜に同調するようにコロマルが吠えた。その尻尾はぱたぱたと揺れ、瞳は爛々と輝いている。奏夜が散歩に連れて行ってくれるらしいことに、喜びを押さえきれないようだ。
「あ、奏夜くん。俺も散歩ついてって良い?」
「良いよ」
「よっしゃよっしゃ!」
コロマルと同じようにはしゃきながら麻斗が席を立つ。
二人と一匹は、星が輝く夜空の下に飛び出していった。
奏夜と麻斗は、互いが何となく同じような場所に立っているような気がしていた。
いろんなことに混乱しながら悩みながら、しかし一歩離れた場所で全てを眺めているような感覚。
それが良いのか悪いのかは判らない。
だから、そのことは口にすることなく、ふたりは他愛のない言葉を交わしていった……。