映画は終わり、麻斗は再びテオドアにエスコートされながら外に出た。
悲恋大特集というテーマに恥じない、強く深い悲しみが胸に去来している。映画の余韻で、麻斗は未だに泣いていた。
つい目を擦ろうとした麻斗の手を、そっとテオドアが押さえる。
「麻斗様。擦っては腫れてしまいますよ」
「うあ、すみません」
テオドアは、何処からか取り出した白いハンカチで、麻斗の顔を濡らす涙を拭った。
彼の優しさが有り難いと共に、恥ずかしくなって麻斗は頭を下げた。
「本当にすいません、初対面の人に迷惑かけて……」
「いえ、元はと言えば私がお誘いしたのですから。麻斗様は感受性が豊かなのですね」
「よ、よく言われます」
麻斗の視界は、少しずつ輪郭を取り戻していった。
口元に笑みを讃えたままのテオドアと目が合う。そばで見れば見るほど美形だ。まるで精巧に作られた人形のようで、麻斗はうっかり見惚れてしまった。
「私の顔に何か?」
「あ、いや、羨ましい格好良さだなと……」
「そう、ですか? ありがとうございます」
一瞬テオドアは驚いたようだが、すぐに今まで通りの微笑みを浮かべる。が、頬に差した赤みまでは隠し切れないようだ。肌が白いぶん、とても判りやすい。
麻斗はそれには触れずに笑った。
テオドアはかなり不思議な人である。麻斗よりずっと年上であろうに、何だか子供のようにも感じられる。
会って数時間だというのに、麻斗はすっかりテオドアに気を許していた。
「……私も何時か、麻斗様のように、この感情を理解して涙を流すことができるでしょうか」
「え?」
「エイガから受けたこの感情のお陰で、しばらくは退屈せずに済みそうです」
ハンカチをしまったテオドアは、呟きをはぐらかすように笑った。そして、やはり麻斗に手を差し伸べる。
「本日はお付き合い下さり、ありがとうございました。寮まで送らせていただきます」
「えっ?」
麻斗は目を丸めた。
テオドアはどうして、自分が寮住まいであることを知っているのだろう。
流石に麻斗も怪しんだ。
しかしそんな麻斗の考えも彼はお見通しらしい。テオドアはゆっくりと口を開いた。
「私の姉が、麻斗様のご友人……天谷奏夜様と知り合いなのです」
「奏夜くんと? ……あ、もしかして!」
麻斗は、以前順平から聞いた話を思い出した。
奏夜が見知らぬ女性と仲良さげに歩いていたというのだ。確か……
『あのブアイソくんズリィんだぜー、青い服きた銀髪美人と放課後にデートしてたんだってよー!』
……と、恨めしそうに話していたような記憶がある。
青い服に銀髪なら、テオドアも同じ。もしかしなくとも、奏夜がデートしていた美人は、テオドアの姉なのかもしれない。自己紹介の時のテオドアの反応も、事前に麻斗を知っていたのなら何ら不思議ないものだった。
麻斗は何となく納得してしまった。奏夜繋がりなら、いくら不思議や疑問が浮かぶのも、仕方ないことに思えたのだ。
「なるほどー。世間は思ったより狭いんですね」
テオドアに手を引かれながら麻斗は笑った。
真夏日に長袖をしっかり着込むテオドアの手は、不思議なことにひんやりしている。暑さを微塵も感じさせない涼やかさに、麻斗は感心してしまった。
「にしても友達のことまで話すなんて、奏夜くんはテオドアさんのお姉さんをよっぽど信頼してるんですね」
「……そうなんでしょうね」
いささか鈍い反応のあと、はっとしたようにテオドアは顔を上げる。その眼差しは麻斗に向けられた。
「テオ、で構いませんよ」
「へ?」
「私のことは、友人のように気軽にお呼びください。友人というものに興味があるのです」
何から何まで不思議なテオドアの言葉に、半ば圧倒されながら麻斗は頷く。
「はい。いやー、えっと、テオ、ね」
「ありがとうございます」
「いや、どういたしまして!」
うっすら日が傾きかける中、麻斗はテオドアに送られながら寮へと帰ったのだった――。
◆◆◆
「なあ奏夜くん。テオドアって知ってる? 青い服来た銀髪美形なんだけど」
「知らないよ」
「そうなのか。なんかテオのお姉さんが奏夜くんと知り合いらしいんだけど。俺らのこともお姉さんから聞いたらしいよ」
「青い服……。姉……?」
「そのテオと映画見て来ちゃったんだー、エスコートされてさー。超お嬢様気分だったぜ。変わった人だったなぁ」
「変わった奴ならオレも見たぜ麻斗ー! こんな真夏日に、ゴスロリってーの? 長袖びっちり着ててさぁ。キレイめの女の子なのに何か異様だったぜ」
「あー! テオも長袖だったぜ!! 世間にゃ色んな不思議があるもんだねぇ……」
「まさかー……いや、そんなー……」
「あれ、何で顔色悪いの奏夜くん」
「なんでもない」
「でなーゴスロリの子がさー」
「それはどうでもいい」
夏休みも、佳境だ。