お気に入りの思い出ひとつ
「風花ちゃーん、箱ここらへんでいい?」
「あっ、うん。ありがとう、麻斗ちゃん」

 麻斗は「いえいえ」とにこやかに微笑んでいる。
 風花と麻斗はクラスメートかつ、同時期にペルソナ能力を発現したこともあり、とても仲が良かった。全く性格やタイプの違う二人ではあるが、それが逆に良いらしい。風花の優しさが麻斗の勢いを上手に包容しているようだ。
 麻斗も風花の優しさに報いろうと、彼女が困っていると率先して立ち上がる。今も、玄関先で立ち往生していた風花に麻斗が声を掛け、大きな段ボールを彼女の部屋まで運んでやったところだ。
 ラウンジへの階段を下りながら、風花は麻斗に改めて礼を述べる。

「本当にありがとう、麻斗ちゃん。重かったでしょ?」
「いやいや、あんくらい余裕ですよ」

 風花がソファーに座り、麻斗もその隣へ腰を下ろす。

「そういやあの箱何だったの?」
「うん、実は新しくパソコンを組もうと思ってね。その部品なの。買いすぎて運べなくなっちゃって……」
「なるほど、さすが風花ちゃん! まあ何時でも声かけて。あのぐらい肥料に比べたらヒョイヒョイよ〜」

 田舎の祖父母の元で鍛えられた麻斗は、その細腕で30キロの米袋を楽々担ぐ。シャドウとの戦いの際も刀を携え、果敢に接近戦を挑む肝の据わりようだ。不良に絡まれたときも返り討ちにし、女に生まれたのが勿体無いと言われるような勇ましさである。
 だが麻斗は、料理を始めとする家事全般を愛し、犬や猫を見るとデレデレになる乙女らしい一面もあった。ただ恋愛には興味が皆無らしい。
 麻斗と風花が笑い合っていると、そこに「おいおいそれ大変だったんでねーの?」と順平が入ってきた。二人の話を聞いていたようだ。

「あんまし楽々運んでるから服か何かと思ってたわ。ムリしないでオレを頼っていいんだぜ?」
「そだな。風花ちゃんは順平くんたち頼った方いーよ。ただ私の場合は順平くんより力あるから自分でやった方早いんだわ」
「うっ! 米袋持てなかったオレへのメンタルダメージがっ!」

 大袈裟に叫んで胸を押さえる順平に、麻斗は「腕相撲もコッチが勝ったしな!」と更なる追い討ちをかける。麻斗のワンモアアタックにより順平はノックダウン。なにも言い返せずにソファーへぐったり倒れ込んだ……。
 そんな順平と苦笑する風花をしばし眺めていた麻斗が、不意に腰を上げる。

「お夕飯の準備しなくっちゃな〜」

 本当に麻斗はよく動く。動いていなければ落ち着かない性分らしい。仲間たちも最初は気にしていたが、彼女の性分と知ると何も言わなくなった。
 しかしひとり、未だに麻斗の行動力に異を唱える人物がいた。

「お前、たまにはノンビリしたらどうだ」

 荒垣真次郎である。彼はラウンジに姿を現すなり、そう麻斗を呼び止めた。
 麻斗は荒垣の指摘に困ったように視線を泳がせている。

「あれですよ、あれ。ほら……“貧乏暇なし”ってヤツです」
「テメェの場合はわざと暇なしにしてるだけだろ」
「だって、他の趣味とか無いんですもん。そういう荒垣さんはどうなんですか!」
「今はお前の話だ。俺のこたぁ良いんだよ」
「あ、ずるい! まんま返しますよ? 荒垣さんや真田先輩、桐条先輩もリーダーも皆、忙しくしてるもの。私もそれと同じです」
「お前の動き回りっぷりは俺らより極端だろが」
「私も休んでますよ、ちゃんと!」

 荒垣が麻斗を心配しているのは明らかだが、麻斗はいまいちそれに気付いていないらしい。
 復活した順平と風花は、荒垣と麻斗の言い合う姿を眺めながら小声で話し始めた。

「荒垣サンの心配っぷり、やっぱ特別な感じだよな。麻斗ッチ、ホントに鈍感なんだからー」
「や、やっぱりそうだよね? 麻斗ちゃん鈍いなあって思ってたんだ、私も……」
「さすが風花は鋭いな! なんで麻斗も気付かねーかなー?」

 麻斗は、今までの仲間たちと同じように、荒垣もそのうち諦めるだろうと思っている。しかし荒垣に諦めるつもりはない。必要以上に何でも自分でやりたがる麻斗が心配なのだ。危なっかしく、見ていられない。麻斗を特別に想うが故の忠告なのである。
 見守る順平と風花以上に、麻斗と真正面から対する荒垣は焦れったくなっていた。

「ったく、しゃーねぇなぁ……」

 溜め息まじりに溢すや否や、荒垣は動いた。
 反論する麻斗のことを肩に担いでしまったのである。「えっ!?」突然のことに麻斗が叫ぶ。見守っていた順平と風花も目を丸めた。
 荒垣は麻斗を担いだまま言った。

「こうなったら強制的に休ませてやる」
「ちょ、荒垣さん! 下ろしてー!」
「部屋に着いたらな」

 暴れる麻斗を担ぎながら、片手で悠々と支えたまま、荒垣は階段を上っていく。抵抗する麻斗の声はどんどん小さくなり、遂に聞こえなくなる。
 ……しばらくすると、荒垣は一人でラウンジに戻ってきた。
 思わず順平は彼に訊ねた。

「荒垣サン、麻斗どーしたんスか?」
「大人しくさせて来た」

 短く返すと、荒垣はさっさと厨房へ行ってしまった。
 順平と風花は顔を見合わせる。

「どゆことだろな?」
「後で私、麻斗ちゃんに聞いてみるね」
「よし、頼んだ!」

 そんなこんなで、夕食の支度を終えた荒垣が呼びに行くまで、珍しく麻斗は大人しく過ごしたのだった。ただ、どうして大人しく荒垣の言うことに従ったのか、麻斗は風花にすら話さない。
 しかし荒垣を見て赤くなる麻斗の姿を見て、察しの良い順平と風花は何となく理由が判った気がした。

(おめでとうっス、荒垣サン)
(おめでとう、麻斗ちゃん)
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