▼2009/12/24 クリスマスをきみと
 綴は一瞬、目を疑った。
 学校で昼休みにポロニアンモールで落ち合う約束をした相手が、何時もと180度違った格好をしていたから。その人は大抵女装をし、ついこの間まで学校中の生徒にも女性だと思われていた。今も通学の時は女子制服を着ているし、からかわれたりしても何処吹く風といった顔で過ごしている。
 そんな彼……麻斗が、男子制服でポロニアンモールにいた。長い髪を束ねて、化粧も落とし、完璧な男の子の姿で。

「や、綴ちゃん。お昼ぶり」
「麻斗……だよね? 見間違いかと思った」
「あー、これ? 流石にねぇ、女子制服では過ごせないさ。俺がどんだけカチコチで気合入れてお誘いしたと思ってらっしゃる。クリスマス・イブだよ?」

 けらけらと笑う顔は確かに麻斗だ。そして思い返せば、確かに昼間、共に放課後を過ごさないかと誘われたとき、いつになく彼は緊張していた。「放課後、良かったら俺と過ごしてくれないかな。渡したいものもあるんで」なんて、いつもの軽いノリとは違う、何か決戦に挑むみたいな静かな調子で。此方も思わずかちこちに固まってしまって――今日がクリスマスイブというのもあって――、ぎこちなく頷き返した覚えがある。
 昨晩、一緒にコロマルの散歩に行った時も突然「あ、あー、明日はイブですねぇ。俺珍しくバイト無いんだよなぁ」とあからさまなことを呟いていた。
 そういった実に残念な自分の言動を自覚しているのか、麻斗は頬を掻きながら苦笑して、

「このド派手なイルミネーションに囲まれてさ、周りが仲睦まじい男女も多いとね。俺も好きな女の子とはちゃんとそれらしくいたいし」
「それらしく?」
「……えっと、まあ、それらしくって言ったらそれらしくだよ」

 とりあえずどうする? と話題を変えられてしまったので、綴はそれ以上言及するのを止めた。

「このイルミネーション、有名なお人が携わってるだけあって綺麗だし、一通り見て回ろうか?」
「うん、賛成!」
「綴ちゃんは見るの初めてなんだもんな。じっくり楽しも……つっても、俺も二回目なんだがね」
「もう、だったら先輩面しないの」
「リードできる男を目指そうとして頓挫しましたゴメンナサイ」

 微笑みながら麻斗は綴へと手を差し伸べる。
 その手をじっと見つめて綴が首を傾げると、麻斗は口を開いた。

「手、繋いで歩こう。結構人通り多いからね」
「……うん」

 いつになく男らしい麻斗の姿に、綴はほんのり頬を染めながら頷く。
 綴が彼の手をそっと握る。麻斗もまた当然のように細い手を握り返す。
 ――女の子の手って柔くてほそっこくて折れそうだなぁ。
 ――ちゃんと男の子って感じの手、してるなぁ。
 二人は互いの手の感覚に胸を高鳴らせつつ、イルミネーションを見て回った。
 キラキラと輝くイルミネーションを、キラキラと輝く綴の瞳が追っていく。そんな彼女にゆっくり引っ張られる形で麻斗が続く。綴は心底クリスマスを堪能しているようだ。

「キレイだね、本当に」
「……綴ちゃんに見惚れてイルミネーションの良さが入ってこない」
「からかってる?」
「からかってると思うか?」

 いつもより低く真面目な声音に、思わず綴は麻斗を振り返った。
 淡い微笑みを湛える彼の、真っ直ぐな視線。なまじ女装をこなせるほど整った顔立ちなもので、しかも見慣れぬ男装をしているせいで、それと――……今まで共に過ごしてきた時間と絆と情たちが作用して、心臓が高鳴った。
 綴は麻斗の問いに答えられず、視線をまたイルミネーションに戻してしまう。

「質問したのは私なんだから、質問で返すのは良くないと思いますっ」
「あ、ごめんね。今度は気を付ける」

 大して反省していない声がして、少女は密かに頬をまた色づかせる。
 人ごみを潜り抜け、一通りイルミネーションを満喫したところで、二人はモール内のベンチへ腰を下ろした。歩き回ったおかげで、そんなに寒くない。麻斗が気遣って店に入ろうかと問うてきたが、火照りの冷めぬ綴は断った。
 落ち着いたところで、麻斗が何やら動き出す。

「あのさ。良かったらコレ受け取ってくれますか」

 彼が鞄から出したのは小さな箱。可愛いリボンでたっぷり装飾されたそれは、聞くまでも無くクリスマスのプレゼントなのだろう。

「寮の皆にゃクリスマスケーキあげるけど、もちろん綴ちゃんにも食べてもらうからね。けどそれとは別に君には絶対特別なモノをあげたくて。気に入ってもらえると良いんだけど」

 恥ずかしいのを誤魔化すようにとってつけた前置き。けれど肝心の台詞に差し掛かると麻斗は顔を赤くしてしまったから、思惑は相手に筒抜けになってしまった。思わず綴が笑い声を漏らすと、ますます麻斗はしくじったと赤くなる。

「とりあえず……開けてみてくれないかね」
「ごめんごめん。うん、今開けさせてもらうから」

 綴はラッピングを破かず、丁寧に解くようにして開いていく。この箱の中身だけでなく、彩ってくれるそれらひとつひとつも含めて麻斗からの贈り物だとでもいうように。
 そうしてやっと開いた箱におさまっていたのは、ペンダントだった。
 イルミネーションの輝きを反射する銀色の鎖。同じ色をした金属の細い蔦が葉や花のような模様を描きながらハートの形になっている。その中には淡い桃の石。

「ちっちゃいけどさ、一応ロケットペンダントなんだ。それ。中に入ってる石を入れ替えればどういう格好でもシチュエーションでも馴染みそうでしょ?」
「へぇ……、あ、本当だ、開いた! っとと、石落ちちゃうとこだった……」

 麻斗に言われるままチャーム部分を開いて慌てる綴。
 その子供のような純粋さに、麻斗は目を細める。

「いきなりロストとか無しよ? 全く、リーダーちゃんは地味に抜けてるから心配だわ」
「よ、喜びの余りはしゃいだだけ。大丈夫、なくさないから」
「うん。……気に入ってもらえた?」
「とっても。有難う、麻斗」
「良かったー!」

 麻斗がガッツポーズを決めて叫ぶ。こんな風に人目を憚らず喜べるのも、普段より人通りが多く賑わっている日ならではだ。

「んでさ、その中に入れる石を毎年ちょっとずつプレゼントしてって――」

 はしゃぎながら言い出す麻斗を見て、綴が目を丸めた。

「毎年……?」
「――あ」

 彼女の呟きに、麻斗も我に返る。

「……あ、いや、その、ちゃんと別のペンダントも買って……」
「そ、そこなの?」
「あ、あああ……、そ、そこじゃねぇ!! もう色々待って! ごめん、やらかした、一旦スルーしておいて!」
「う、うん」

 ――忘れろとは言わないんだ。
 おかしいやら恥ずかしいやらで、はにかみつつも頷く綴。
 俯き両手で顔を覆う麻斗が可哀想になった彼女は、話題を逸らしてあげようと自分の鞄を開いた。

「麻斗。私もプレゼント用意してたんだ」
「……え?」
「その、麻斗がくれたものほど立派じゃないんだけれど……」

 此方もまた可愛らしいラッピングのされた、小さな袋だ。
 そっと綴が両手で差し出してきたそのプレゼントを、麻斗もまた両手で受け取る。
 そして、やはり丁寧にラッピングを解いて、中身を取り出した。

「おー……」

 綴がくれたのは、鮮やかながらも目に優しい和布のストラップ。様々な柄の和布の玉と、その間に挟まれたトンボ玉の組み合わせ全てが、麻斗の好みのタイプにぴったりはまっている品だった。

「一応、手作りです。……麻斗、前に和物が好きって言ってたから……」
「何だろう、こういう時なんて言ったらいいのか……。感極まっちゃって……。すごい嬉し過ぎて、俺……」
「お、大袈裟だよ。麻斗がくれたものに比べたら――」

 控えめな彼女の言葉を聞き終わるまで待ちきれず、遮るようにして麻斗は言う。

「綴ちゃん、有難う! 一生の宝物が出来たよ」

 とびっきりの満面の笑みと共に。
 ……それを見て、不安そうな綴の顔も綻ぶ。
 ふたりは受け取ったプレゼントを大切に鞄へしまうと、再びモール内を歩いた。クリスマスならではの特別なメニューを出す店を幾つもめぐり、ゲームセンターでプリクラを撮ってみたり。時間が過ぎるのも忘れて、クリスマスの夜を満喫した……。

「――なんか、あっという間に暗くなっちゃったね」
「そうだね」
「もうこんな時間か……」

 時計を見て寂し気に呟く麻斗に、小さく綴は頷き返した。
 でも、と麻斗は笑って顔を上げる。彼らしい、他者を励まそうとする時の明るい笑み。

「何か、普段の大変なことをちょっとの間でも忘れて笑って過ごせたよね」
「そういえば……。うん、今大変だってこと、遊んでる間は忘れちゃってた」
「だったら万々歳だ。目的達成」
「目的?」

 あんなに緊張していたのだしプレゼントを渡すことが目的だとばかり思っていたが、どうやら別にもあったらしい。
 不思議がる綴に、麻斗は、

「普段頑張りまくりな君に、今日ぐらいはお姫様として過ごしてもらえたかなって話!」

 笑みをイタズラめいたものに変えて、向かい合う彼女の額をつんと人差し指で小突いてみせた。
 反射的に綴は小突かれた額を押さえた。かあっと体温が上がっていくのが判る。
 同学年の男の子、と呼ぶには大人びていて、かといって青年と言うにはまだ未熟な彼。しかし今の一瞬は間違いなく、麻斗は綴より“大人”であった。

「さて、帰りますか綴ちゃん」
「……うん」

 火照って仕方ないというのに、麻斗が当然のように手を差し伸べてくるから、綴も応えない訳にはいかない。
 ぎゅっと抗議の意味を兼ねて力を込めて握ってみても「やっぱ女子だねー」と大して痛くもなさそうに楽しむ麻斗の笑い声を生むだけだった。
 切なく胸が痛んで、綴は少しばかり悔しくなる。

「麻斗、ずるい」
「狡くなきゃ生き残れないよ。狡くなれない真っ直ぐな君の分まで狡くなって守りたいの」
「……ますます、ずるい」

 もう少し何か言ってやろうかと綴は麻斗を見たが、彼の耳が真っ赤なのを見て堪えた。
 ――なんだ、麻斗ったらもう慣れたような顔してるくせに。
 やっぱり照れくさいんじゃないか。綴は拗ねるのを止めて、ふふっと笑いながら麻斗との距離を詰める。
 寮の手前まで、二人はしっかりと手を握ったまま歩いて行った。
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