晴れた土曜日の夜に
 麻斗は、コロマルと共に長鳴神社に散歩へ来ていた。
 荒垣と真田も一緒である。
 真田はコロマルと走り回っている。まるで犬同士の追い掛けっこのようだ。麻斗は笑いを零した。
 そんな麻斗の隣に立つ荒垣は、心配そうに麻斗を見ている。

「もう大丈夫なのか、本当に」
「勿論! あ。荒垣さんが作ってくれたお粥美味しかったです! ありがとう」
「あのくらい、何時でも作ってやるよ」

 笑いながら荒垣が麻斗の髪を撫でる。

「昨日、ほとんど一緒にいてやれなかったしな……」

 荒垣は、申し訳なさそうに目を伏せた。月明かりに照らされて一層切なげに映るその表情に、麻斗は胸を締め付けられるような錯覚を覚えた。

「でも、午後は真田先輩がいてくれたから」
「……アキが?」

 その時ちょうど、真田が二人のもとに歩み寄って来た。
 少し息が上がり、額には汗が滲んでいる。かなり走り回っていたようだ。

「何だ、二人とも。何の話をしてるんだ?」
「ちょうどお前の話をしてたとこだよ」
「俺の?」

 荒垣は真田に向き直った。

「昨日、麻斗についててくれたんだってな。ありがとよ」
「気にするな。俺がしたくてしただけだ。……それに昨日は、シンジが出掛けてるんじゃないかと思ったからな」

 真田は首に掛けたタオルで汗を拭いながら笑った。

「たまに出掛けるだろ、お前。もしやと思ったら案の定だった」
「アキ、お前……」
「麻斗も、具合が悪いときに一人じゃ寂しいだろうと思ってな。シンジの代わりに付き添ってたんだ」

 麻斗は恥ずかしそうに俯いた。寂しい、というのは図星だったらしい。
 それを見て、真田は笑みを深める。

「少しは寂しさを紛らわしてやれたみたいで良かった」

 麻斗は慌てて顔を上げた。真田をまっすぐ見据えて、口を開く。

「少しどころじゃないですよ、全然寂しくなかった! 先輩いなかったら、あのままラウンジで風邪ぶり返したに違いないし。……それにっ」

 はにかみながら、麻斗は続けた。

「荒垣さんの代わりとか、全然思ってなかったですから! 真田先輩は真田先輩ですから!!」

 一生懸命な麻斗の言葉に、真田は目を丸めた。それから顔を真っ赤にして慌てふためき始める。

「な、いや、そういうつもりじゃなかったんだが、ええと……あ、ありがとう……」
「お礼言わなきゃいけないのは俺です、昨日は本当に助かりました。ありがとうございます」

 あのアキが、耳まで赤くしてら……。
 荒垣は呆然と二人を見ていた。何やら随分と仲がよくなったらしい。
 ――いや、前からこいつらは仲良しじゃねえか! 別段、今更、そんな……。
 よく分からない汗が浮かび出す荒垣の足に、何かが触れる。

「……コロ?」

 コロマルだ。心配そうに荒垣を見上げている。よっぽど酷い顔をしていたらしい。
 荒垣は苦笑しつつ、屈んでコロマルの頭に触れた。
 それに気付いた麻斗も、素早くしゃがんでコロマルを見た。

「だいぶ遊んだでしょー? 真田先輩汗だくだったもんねぇ」
「ワンッ!」
「あはは、砂だらけだ」
「ワンッ!」

 麻斗はコロマルと話し始めた。話す、というのは語弊があるかも知れない。しかし、まるで意思を汲み取り会話しているのではないかというほどに絶妙なテンポである。

「麻斗も、犬語が翻訳出来るのか?」
「んな訳ねえだろ……」

 首を傾げる真田と、それに突っ込む荒垣。二人を横目に、麻斗とコロマルは楽しげだ。

「帰ったら風呂入ろうな! わっしわっし洗ってやるからね!」
「ワフッ!」

 麻斗の発言に、荒垣と真田は目をむいた。
 鼻歌交じりにコロマルを撫でる麻斗に、慌てて詰め寄る。

「麻斗、コロマルだって男なんだぞ!?」
「一緒に風呂だ!? 何か不安だ、俺も入る」
「なっ、俺もだ!」
「るせぇアキてめぇは暑苦しいから後で入れ」

 麻斗は苦笑いして二人の言い争いを見ていた。コロマルも何処か呆れたような眼差しである。

「つか、何を心配してんのアンタらは…。てか皆男なんだから何人入っても暑苦しさ増すだけじゃないですか」
「だが……」
「けどよ……」

 ぶつぶつと子供のように何か呟いている二人に、仕方ないんだから、と麻斗は言った。

「寮の風呂、広いんだし…。皆して入りますか? ね? それなら文句無いでしょ?」

 荒垣と真田は顔を見合わせた。それから二人同時にコロマルに視線を移す。コロマルがワンとひと鳴きする。

「ああ、判った」
「麻斗が言うなら」

 二人の返事に、麻斗は満足そうに頷く。
 そして三人と一匹は、ようやく帰路へとついた。
 空に浮かんでいるのは、ほとんど円に近い、大きな月。麻斗たちの頭の上で、強く輝いている。
 吹き抜ける風も何処か冷たくて、麻斗はひっそり手を擦り合わせた。
 そんな麻斗に気付いたのか、荒垣が呟く。

「……寒ぃのか?」
「え?」

 荒垣は、麻斗の左手を掴んだ。麻斗が荒垣を見上げる。

「冷えてんな。また風邪ぶり返したりしねえだろうな?」
「だ、大丈夫ですよ!」
「本当か?」

 慌てる麻斗の右手を、今度は真田が掴む。掴むなり真田はムッと顔をしかめた。

「確かに冷たいな。早く戻って風呂に入ろう」
「そうだな、それが良い」

 計らずして二人と手をつなぐ形になってしまう。麻斗は顔が赤くなるのが、自分でもよく判った。

「ちょ、三人並んでたら邪魔んなりますって!」
「何か来たら避ける」
「今日ぐらい良いだろ」
「えぇぇ……」

 三人を先導するように歩くコロマルも、何だか楽しそうだ。
 改めて空を仰ぐ。
 月に表情があったら、この光景を見て笑っているに違いない。
 麻斗は、諦めたように破顔した。

「ああもう。馬鹿だな、アンタらって」

 ――でも。

「……大好きだよ」

 それは、心からの呟きだった。
 顔を赤くして言葉を無くす二人を余所に、麻斗はニコニコと笑う。

「お風呂から上がったら、寝るかなー。明日に備えて」
「ワンッ」
「お、一緒に寝る? コロちゃん」

 麻斗の発言に、我に返った荒垣と真田が口を揃えて言う。

「駄目に決まってんだろ」
「絶対駄目だ!」
「何故二人が怒るの……」

 呆れ顔の麻斗に、やはり二人は同じように答える。

 それは勿論、
 お前が好きだからだ!


 「恥ずかしい人たち」と照れながら笑う麻斗に、荒垣と真田もそのときばかりは争いも忘れ、笑い返した――。
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