水曜日、利害が一致
 麻斗と順平は、大変仲良しである。
 今日の放課後も、二人で寄り道をしていくらしい。並んで校門を出て行く。
 それを物陰から見つめる人物がふたりいた。

「アキ、あんま見てっと勘付かれるだろが」
「だいたい前から、順平は麻斗と仲が良過ぎだと思ってたんだ」
「聞けよ」

 荒垣と真田である。
 わざわざ普段と服装を変えてまで――月光館学生は、平日は制服を着用するように定められているため校則違反だ――麻斗たちを追っていた。

「ってか、順平にゃあ他に好きな奴がいんだろ?」
「お前だって少なからず心配だからこうして見てるんじゃないのか」
「否定はしねぇが」

 傍から見ていると麻斗たちはカップルにしか見えない。麻斗の女装は完璧だ。ただ背丈は、順平より麻斗の方がやや高い気がする。

「麻斗、あんなに背が高かったか?」
「テメェとどっこいどっこいだな、アキ」

 荒垣は笑った。

「筋トレも良いが、あんまし筋肉ばっか鍛えると背が伸び悩むもんだ」
「何が言いたい」
「麻斗に越されるぜ」

 あっさりした友人の返答に、真田は憤慨した。

「俺だってシンジぐらいには伸びる!」
「俺もまだ伸びる。……まあ低くはねえし、アキはそのぐらいで良いんじゃねえか?」
「く、クソッ……何だこの悔しさは!」

 麻斗の上目遣いの破壊力ったらなぁ、などとわざとらしく語る親友を睨みつつ、真田は歯を食いしばった。
 そうこうしているうちに、麻斗と順平は歩を進めている。
 二人は慌てて追いかけた。

◆◆◆


 麻斗と順平は、ヒーリングショップ・Be Blue Veへと入って行った。

「店中まで入ったらバレるかな……」
「あそこは結構薄暗いぜ。平気だろ」
「入ったことがあるのか?」
「麻斗とな」
「お前!」

 何か言いたげな真田をスルーして、荒垣はショップへと入る。真田も慌てて後に続く。
 確かに店内は薄暗い。ショーケースに飾られたパワーストーングッズが仄かにライトアップされ、幻想的な雰囲気を放っている。男性客は決して多くはない。

「アキ」

 荒垣が真田の肩を叩いた。促されるがままに、真田は荒垣の視線の先を追う。
 麻斗たちがいた。壁際の棚で品物を物色しているらしい。

「これ良くない?」
「お。カワイーじゃん」
「折角だから順平くんも買えー」
「いやー、オレっちにはかわい過ぎだわ」

 今にも二人の間に飛び込んで邪魔したい衝動に駆られながら、荒垣と真田は様子を観察していた。
 麻斗たちは結局、色違いのストラップを購入し、店を出たのだった……。

◆◆◆


 それからの麻斗と順平も、大変仲良しであった。
 ゲームセンターの相性占いで“相性89パーセント”という高成績を叩き出し、青ひげファーマシーで苦そうなシャーベットを購入し分け合い、喫茶店でコーヒーを飲み、巌戸台でタコ焼きを食べて……。最後は長鳴神社で、ふたり並んでお参りをしていた。
 ふたりを追っていた荒垣と真田が寮に着く頃には、6時をとうに過ぎていた。

「麻斗たちより先に寮に戻る必要はあったのか?」
「アイツらもさすがにお参り済んだら帰んだろ……」

 何時もより元気のない二人を、寮の仲間たちは不思議そうに見つめている。

「麻斗は、順平が好きなんだろうか……」
「違ぇ。麻斗が好きなのは俺だ」
「にしては楽しそうだったぞ」
「……そういう奴なんだよ」

 荒垣はそう呟いた。言葉とは裏腹に不満そうな声だ。
 寮の玄関のドアが開く。

「ただいまー」
「たっだいまー」

 麻斗と順平が帰って来たようだ。
 玄関に近かった風花が、笑ってふたりを迎える。

「お帰りなさい。遅かったね、二人共」
「ちょっと神社寄って来たから」

 麻斗はニコニコしたまま階段を上って行った。
 特に声もかけられなかったことが寂しい。荒垣と真田は目に見えて落ち込んでいた。
 そんなふたりに、順平が歩み寄る。

「お二人さん大丈夫っすか?」
「大丈夫に見えるか」
「見えたら大したもんだ」

 何処となく冷たさを感じる二人の気迫に動揺しつつ、順平は続けた。

「い、いやー、麻斗が先輩方のこと心配してたんで」

 荒垣と真田が顔を上げる。

「“俺のせいで二人が喧嘩した”とかって。んで麻斗、神社で“二人が仲直りしますように”ってお願いしてたんすよー」

 荒垣と真田は顔を見合わせた。
 ――俺たちのことを……?
 昨日の諍いを、麻斗は気にかけていたのか。麻斗のせいでなく、俺たちが勝手に喧嘩しただけだったのに。
 荒垣は席を立った。踵を返し、階段を上る。真田も慌てて後を追った。
 残された順平は、意味が判らないまま二人の背を見つめていたのだった。

◆◆◆


 荒垣はまっすぐ麻斗の部屋に向かった。ノックもそこそこに、ドアを開く。

「え?」

 部屋着に着替えた麻斗が目を丸めていた。
 荒垣は素早く両手を伸ばし、麻斗を捕らえ、抱き締める。突然のことに、麻斗は声を詰まらせた。

「荒垣、さんっ?」
「大好きだ」
「はいっ!?」

 荒垣は続けた。

「俺とアキの喧嘩なんて日常茶飯時だ。お前が気にしなくても良い」
「え? あ、まさか順平くんから……」
「だから、あんまり、他の奴と一緒に居過ぎるな」

 麻斗は赤い顔のまま、荒垣の言葉に耳を傾けている。

「今日、順平とお前が歩いてんの見た。楽しそうだった。……少し、嫌だった」
「荒垣さん……」
「我儘だって、判っちゃぁいる……けどよ、俺は――」

 荒垣は言葉を止め、振り返った。
 開きっ放しのドアの外に、真田が立っている。眉をつり上げ、大層不満そうだ。

「シンジ、麻斗から離れろ」
「るせぇ。邪魔すんな」
「何だとっ!?」

 声を荒げる真田と、逆に低く冷たい声の荒垣。
 またもや二人に板挟みされてしまった麻斗は、怒る気力も無く、口論が治まるのを待ったのだった……。

(確かに日常茶飯時だわ……)
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