ツンデレ番長
 仙道の態度はあからさますぎる。
 バンたちは、常々そう思っていた。
 まず仙道とバンたちの出会いは衝撃的の一言だった。LBX・ジョーカーを操る仙道は、郷田のLBX・ハカイオーを滅茶苦茶に打ちのめし、自身の操るLBXで足蹴にしていた。どうしてこんな酷いことをするのか、とバンたちが問うと「郷田に“力”が無かっただけ」と嘲笑ってみせた。まるでアニメの悪役そのものであり、一時期はイノベーターの刺客ではないかと疑った程だ。
 結果としてそれは誤解であったし、バンが仙道を倒したり、紆余曲折あって……今では、共にイノベーターに立ち向かう仲間となった。
 しかし。

「仙道ってカノンに甘いよね」
「っていうかデレデレよね」
「確かにな」

 バン、アミ、カズヤは、どこか遠い空を仰ぎ見ているようなぼんやりした調子でぼやいた。側ではひたすら沈黙して彼らを見守るジンがいる。
 此処はタイニーオービット社。空を見ようにもあるのは天井と照明ばかり。別にバンたちは空を見たいわけではない。ただ、あまりにもあからさまな仙道の態度について、色々と思うことがあるだけだ。
 ちなみにその仙道はというと、郷田・カノンと共にタイニーオービット社員とのLBXバトルに興じている。
 と言うか仙道は、ひたすらカノンの護衛をしていた。誰が見ても一発で“一番弱いのはコイツだ!”ど判るカノンを狙ってくる相手を、彼は全力でぶちのめしている。
 確かにカノンは弱い。放っておけば秒殺される。対して郷田は、仙道に匹敵する実力者。フォローせずとも、圧倒的なパワーで相手を叩き潰す。だからと言って郷田が苦戦していない訳ではないし、時には支援が必要な場合もあるのだ。
 沈黙を貫いていたジンも、耐えかねたのかぽつりと雫す。

「……仙道君の戦いは、あまりにもカノンさん重視過ぎる」

 バンたちは静かに頷いた。

「あれじゃカノンの為にならないよ。折角カノンにバトル経験を積んでもらおうとしてるのに」
「さっきからカノン、ただ武器持って立ってるだけになっちゃってるものね」
「今なんか郷田が危うくブレイクオーバーしかけたってのに、仙道の奴は知らん顔だしな」
「郷田君と仙道君の仲が悪いのは今に始まったことでは無いにしても、仙道君はカノンさんしか見えていないようだ」

 バトルを終えた三人が、バンたちの元へ戻ってくる。流石に疲れたらしい郷田にカノンが心配そうに声を掛け、その様子を仙道が鋭い眼差しで見つめていた。いかにもと言うか、分かりやすいと言うか……。唯一幸いなのは、カノン自身が仙道の極端な態度に気付いていること。

「あの、仙道くん。わたくしもたまには真剣に相手の方とバトルをしたいですわ……。それにほら、今回みたいに郷田くんが苦戦してしまったら助けられるようになりたいですし」

 しかしそんなカノンの言葉に、仙道は溜め息を吐きながら首を振る。

「あんたに実戦はまだちょっと早いんじゃないか? まず他人のバトルを見て学ぶべきだ。大丈夫さ、良いお手本を俺がじっくり見せてやる」
「ですが、あまりお手数お掛けするのは……」
「いいや。これは俺なりのあんたへの恩返しなんだよ、カノン」
「は、はい?」

 カノンの肩を掴み、心なしかカノンへと顔を寄せる仙道。彼に好意を寄せるカノンにとってはどきりとさせられる行動だった。赤くなるカノンの姿に涼しげな笑みを浮かべて、仙道が呟く。

「俺の全てを、過ちごと許容してくれたカノンの想いに報いるために自分に何が出来るか……。考えた結果がこれだったのさ。俺とあんたを引き合わせたLBXだ。不慣れなあんたがLBXの楽しみをもっと深く理解できるように、俺なりにやってみよう、ってな」
「せ、仙道くん……!」
「会って間もない頃、あんたに対して随分素っ気ない態度をとって迷惑かけたしねぇ。それでも俺を好きでいてくれるカノンへ少しでも応えたい。……当然かつ必然的な発想だろ?」

 恥ずかしい台詞を連発する仙道に、カノンは頬を赤らめている。湯気が立ち上ってもおかしくないぐらいだ。
 ――そう。当初、仙道はこんなにカノンを甘やかしたりはしていなかった。寧ろバンたちに対してそうだったように、つっけんどんな態度の方が目立った。しかしカノンの想いは、仙道がどんなに辛辣な言動をとろうと霞むことなく積み重なり、日毎に増し、真っ直ぐに彼へ注がれた。そんな日々を繰り返すうちに、遂に仙道もカノンへの想いを自覚し、好意を受け入れ――デレた。
 長いツンツン期を経たぶんの反動か、はたまた当人の性格か気質か、仙道のカノンに対する愛情表現は“デレデレ”と呼ぶに相応しいものだ。

「俺が知るパターンとは違うけどツンデレだよなアレ」
「何言ってんの、カズったら。寧ろツンデレっていったらああいうのが主流でしょ?」
「え? よくある“別にお前のためにしたわけじゃないから!”って言いながら親切にしちゃうのが主流なんじゃねーの?」
「どちらもツンデレに違いないと思うが……」
「カズもアミもジンも話がずれてる!」

 脱線していく友人たちを、バンが慌てて制した。

「ツンデレの話じゃなくて、仙道のツンデレが行き過ぎてカノンがバトルを経験できてないのが問題なんだよ」
「そうだったわね」
「うっかりしてたぜ……」
「すまない、バン君」

 バンたちは揃って仙道の方を見た。カノンが照れるあまり口をぱくぱくさせることしか出来なくなっているのを知ってか知らずか、まだまだ恥ずかしい台詞を連発したりタロットを取り出して自分とカノンのことを占ったり……。
 成り行きを見守るしかない郷田の顔が、物凄くげんなりしている。

「仙道ってこんな奴だったか……? 愛の力ってすげえな……」

 出来ることなら関わりたくない、という感情がひしひしと伝わってくる元気のなさ。郷田とは思えないほどのぐったりぶりだ。しかし今にも倒れそうな赤面のまま慌てているカノンを放っておけなかった彼は、勇気を出して間に入ることにした。

「おい仙道。カノンが情報処理しきれてねぇから一旦落ち着け」
「あぁ?」

 郷田に対して、仙道が眉を吊り上げる。予想通りの反応だ。故に郷田は動じない。

「カノン、真っ赤じゃねーか。休ませてやれよ」
「……カノン」
「そ、そうさせて頂きたいですわ」

 恥じらい顔で、しかし懸命に笑いながらカノンは頷く。ふらふらとして今にも倒れそうなカノンを見て、ようやく仙道は我に返ったらしい。

「悪かった、カノン。俺としたことがガラにもなく熱が入っちまったみたいだねェ……」

 だが……仙道の本領は、ここからだった――!

「ひとまず、あんたが休める場所に行くとしようか」
「っわぁ!?」

 何と仙道は、カノンを抱き上げたのである。ザ・プリンセスホールド。人目も憚らぬ、大胆行為だ。
 郷田、バン、アミ、カズヤ、ジンに走った衝撃は、もはや戦慄に近かった。彼のカノンへの過保護とも呼べるデレっぷりは、止められないのだ……そう察した。
 驚き、あられもない声を上げるカノンに、仙道は涼しい笑みを浮かべる。

「随分と軽いな、カノン。ちゃんと飯食ってんのかい?」
「ちゃ、ちゃんと頂いてます……」
「そうかい。なら良いけどな」
「いや、あの、仙道くん、私っ、ひとりで歩けますけど……」
「そうは見えないねぇ。フラフラじゃないか。歩いてる途中で転ばれて、怪我でもされたら困るんだよ」

 いとおしそうにカノンの耳元で仙道は囁いた。「ふぎゃっ」仙道を愛しているものの愛情表現をされることに慣れていない――自分が彼へ向けて愛情表現をするぶんには平気であるし積極的なのに――カノンは、変な声を上げて失神した。
 仙道の腕の中で気絶したカノンを見て、アミは溜め息を吐く。

「カノンには刺激が強すぎたみたいね……」
「まさか気を失っちまうとは予想外だぜ」

 誰に対してかは判らないが、呆れたようにカズヤが続いた。
 当の仙道も、カノンの気絶は想定外だったようだ。

「こりゃ早く連れてってやらねぇと……。ピュア過ぎるな、カノンは」

 いや、仙道の押しが強すぎるだけだと思う。
 声には出さなかったが、バンたちの心の中はそんなツッコミで溢れていた。
 カノンを抱えて歩き出す仙道の後ろを、「もうどうしようもない」と悟ったような笑みを浮かべながら少年たちは追い掛ける。
 寧ろこれは喜ぶべきことなのだ。カノンの毎日の“仙道くん大好きですコール”が実を結び、今、彼女に返ってきているのだから……。
 全力で世界のために諦めず戦う少年たちはこの日、『世の中には諦めていい問題もある』ということを深く痛感した――。
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