ジングルベル・ハイ
 クリスマス。街は鮮やかなイルミネーションに彩られ、空からは真っ白な雪が深々と降っている。このミソラ商店街も例外ではない。
 カノンの屋敷からはグレースヒルズの方がずっと近いのだが、わざわざ彼女はこの街まで遠出していた。全ては深愛なる仙道ダイキ彼の為、そして親愛なる友人バンたちの為。クリスマスらしくサンタクロースを模したコートと帽子を纏い――コートの下はクリスマスらしくいつもよりちょっとお洒落なワンピースをセレクトした――、プレゼントを詰め込んだリュックを背負い、カノンは張り切っていた。
 今日はバンの母・真理絵の計らいにより、バンの家でクリスマスパーティーを行うことになっている。

「ふふっ、皆喜んでくれるかしら……」

 少女は顔を綻ばせながら、プレゼントを受け取った時にバンたちがどんな反応を見せてくれるかを思い描いていた。どんな形であれ、彼らに喜んでもらいたい。今日はその為に気合を入れて用意したのだ。少し重たいリュックも、その瞬間を想えばどうということはない。
 そうしているうちに、カノンはキタジマ模型店の前へとやって来た。此処で仙道と落ち合い、共にバンの家へ向かう約束になっている。
 店の前には、既に仙道がいた。いつもの服より寒さへの対策を考慮したコートとマフラー。ほんのり赤い鼻や耳。舞い降りていく雪がまた、彼の幻想的な魅力を引き立てている。うっかり見惚れてしまうところだった。

「せ、仙道くんっ!」

 愛しの彼を待たせてしまったことに、カノンは大慌てした。ばたばたと彼に駆け寄っていく。

「だ、大丈夫ですか!? お冷えになってません? お待たせしてしまってごめんなさい……!」
「別に待ってねえよ。さっき来たところだし、約束の時間の10分前じゃないか」
「そ、それでも……だって仙道くん、お顔が赤く……」
「そこら歩いてる奴らもこんなもんだろ。ってか……アンタ……その格好」

 カノンの姿をまじまじと見つめて、仙道は呟いた。何か言いたげだが、じっとカノンを見つめるだけでそれ以上の言葉は無い。
 何だかカノンは恥ずかしくなってしまった。

「お、おかしいでしょうか? それともベタ過ぎました?」
「……寒くないのかい?」
「はい。このサンタ風コートも帽子も、みんなあったか素材で作りましたの! 裏地もガッツリつけてますから保温性もバッチリですわ」

 ぼふぼふっとコートやスカートを叩きながら、カノンはその性能をアピールする。
 余程カノンの行動がおかしかったのか、仙道は小さくふき出した。

「そうかい。似合ってるよ」
「有難うございますっ!」

 何だか照れくさそうな、けれど素直に褒めてくれた仙道へ、カノンは満面の笑みで礼を述べる。
 すると尚更仙道は恥ずかしそうに目を逸らして、「じゃあ、さっさと行くか」と促した。
 勿論、カノンはそれに続こうとしたのだが……、

「やあ、カノン! 麗しの女神よ、此処にいたのか!」

 クリスマスであっても気障すぎる台詞が彼女を呼び止めた。
 この恥ずかしい言い回しと、優雅かつ育ちの良さを感じさせる声。聞き間違えるはずもない。
 ……しかし、何故ここにいるのか。
 カノンと仙道は、同時に声のした方を振り返る。

「メリークリスマス。カノン」

 金髪に、右目を覆う眼帯。コウスケであった。
 コウスケの眼中に仙道は入っていないようだ。ふふ、と笑みを湛えたまま、彼はカノンへと歩み寄って来る。

「今日一番に君に会うつもりだったというのに屋敷を訪れたら君の執事が“カノンお嬢様は外出なさっております”としか言わなくてね。困ったよ。だがボクと君を繋ぐ運命の糸が、二人を手繰り寄せてくれた。まさしく聖なる夜の導きだ」
「まだ昼間だよ」

 仙道の鋭い指摘を受けて、コウスケは大袈裟に肩を竦めてみせた。

「おっと、君もいたのか。カノンの輝きに眩んでいて全く目に入らなかったよ」
「まあ! 仙道くんほど輝きまくってらっしゃる殿方は存在しないというのに……! コウスケくん、私ごときが仙道くんの輝きを眩ませることが出来るわけないでしょう!?」
「カノン……。色々ズレてるから少し黙ってな」

 憤慨するカノンをそう抑えて、仙道は歩み出た。その背にカノンを庇う様に。
 仙道の行動に、コウスケはぴくりと眉を動かした。
 ……イノベーター絡みの事件も解決した今、コウスケは敵ではない。バンたちのようなお人好しかつ、カノンとは友人関係にある場合なら“仲間”としてもいいだろう。だが仙道は違う。ある意味でコウスケと彼は敵対関係にある。
 その理由かつ渦中にある少女・カノンはというと、仙道の後ろで大人しく成り行きを見守っていた。仙道の言葉には無条件で彼女は従順だ。そのことがますますコウスケの癇に障る。

「女神よ。どうしてそんなにつれない奴の言うことなんかを聞くんだ」
「わたくし、女神じゃないです。カノンです」
「ああ、それだよ待っていたのは! 久々のツッコミに感動してしまうぐらい、ボクは君を想っているというのに!」
「カノン、あいつを喜ばせるだけだからアンタは本当に喋らなくていい」

 仙道が告げれば、カノンは「はい」と頷き再び黙り込んでしまう。
 コウスケは嘆息した。落胆しつつも、鋭い敵意を剥き出しにした眼差しが仙道へ向けられている。

「煩いな、君。ボクとカノンの運命的な再会に水を差さないでくれ」
「水を差してんのはそっちだ。人の女に手ェ出すなんて悪趣味にも程があるねぇ」

 仙道の背後で、カノンは沸き上がる歓喜を必死に押さ込んで震えていた。
 ――ひ、人の女って……! なんて大胆な仙道くん!!
 真っ赤になって胸中で叫び悶絶しているカノンを他所に、仙道とコウスケの静かな攻防は続く。

「何だい? ボクの方がずっと先に彼女と巡り会い、想いを馳せていたっていうのに……。調子に乗るなよ一般人」
「一般人で結構。アンタみたいなお坊ちゃまにゃあ、このじゃじゃ馬お嬢様は持て余すだろうさ」
「じゃじゃ馬だと? ボクのカノンを……麗しく誰よりも思慮深く愛に満ちた彼女を愚弄するのか」
「おだててなきゃ関係を保てないアンタとは違うんでねぇ。俺とカノンの関係は、そんな安っぽいもんじゃない。下手なドラマみたいなことくっちゃべんなくたって、一緒にいるだけで何もかも判っちまうんだよなァ」
「何もかも、だと……!?」

 途端にコウスケが血相を変えた。

「お前……。ボクのカノンを穢したのか!?」
「往来で何叫んでんだよ!」

 それまで冷静に台詞を返していた仙道も、思わず声を荒げた。
 しかしコウスケは青褪めたまま額を押さえ、わなわなと震えている。

「純白の可憐な花……。たったひとつの、その一輪を! この聖なる夜に相応しいシチュエーションでボクが手にする計画が、そのはずが! 今、まさに、目前で瓦解していった……!」
「瓦解しろ瓦解しろ、ブッ壊れちまえ、そんなろくでもねぇ計画! ある意味フェアリーテイル計画並の性質の悪さだ、そんなモン!」
「フェアリーテイル計画よりとんでもない計画なんてありますの、仙道くん?」
「世の中には見る角度考える角度を変えると色々あるんだよ! 途端に冷静な一撃をブチ込むな、大人しく俺に守られてろ!」
「は、はいっ、守られますっ……!」

 守られてろ、という一言が効いたのか、カノンはせっかく紅潮の収まった顔をまた真っ赤にして、おずおずと仙道の背中に隠れた。激しい口論を心配しつつも、きゃあきゃあと先の仙道の言葉に喜んでいる。
 そんなカノンとついでに仙道を見つめ、コウスケはキッと目を見開く。

「だが……諦めるなんて醜態を晒すものか! ボクの美学に反する! 諦めないからこそボクは此処に在り、カノンの元へ辿り着いた!」

 仙道はこの隙にさっさと行こうかとも思ったが、カノンの手を彼が掴んだ途端「何をさらっとカノンに触れている!」と目ざとくコウスケが叫んだ。チッと盛大に舌打ちをしながら、仙道はコウスケを睨む。しかしカノンの手は離さない。こうなればとことん見せつけてやろう、という気概だ。カノンも嬉しそうなので、仙道としては一石二鳥である。
 コウスケは更に嘆いた。

「何ということだ、カノン……! 君に見放されてはボクは一人きりじゃないか」
「クリスマスを独りぼっちで過ごす奴なんかザラだろ。てか良いとこの息子ならパーティーの一つや二つ参加するんじゃないのか」
「全てをキャンセルして駆けつける価値が彼女にはある」
「おめでとう。アンタもぼっちクリスマスの仲間入りだ。じゃあな」
「決めつけるな! 待て!」
「何だよ。アンタと違って俺たちにゃあ予定があんだよ」

 本当にうんざりしきった様子で呟く仙道に、コウスケは途端に冷静さを取り戻して告げる。

「せめて愛しのカノンにクリスマスプレゼントを渡す時間ぐらいはくれないか」
「ろくでもねぇモンだったらこの場でブッ飛ばすぞ」
「ブッ飛ばし返してあげるよ。ボクのルシファーの美しさと強さは健在だ」

 ――出来ることならこの拳を振りぬくか、思い切り蹴り飛ばしたい。
 そんな衝動に駆られながらも、仙道はぐっと堪える。自分の手を握るカノンが、訴えるような眼差しを向けてきたからだ。本当に警戒することを知らない世間知らぬの間抜けな、それでも愛しい彼女が、「仙道くん」と諭すように名前を呼んできた。
 こうなったらもう敵わない。
 仙道はそっとカノンの手を離した。

「そのお人好しっぷり、直せよ……」
「だって、コウスケくんが“独り”と仰るんですもの。わたくしもちょっと前までは独りきりだった身です、これ以上答えず黙り込むなんて無理ですわ」

 正直、仙道も以前は独りきりだった。孤独で孤高。それを良しとしていた。孤独であろうとする彼の心の壁を破壊したのは、殆どカノンと言ってもいい。バンや郷田、彼らの影響も勿論大きかった。だが友人とは別の、もっと深いところへの接触を許せるのは彼女だけ。

「……アンタらしいよ」

 仙道が笑うと、カノンも微笑み返す。
 気を取り直したカノンは、コウスケへと歩み寄った。その手には、丁寧にラッピングされた小さな箱がある。

「コウスケくん、一応わたくしも貴方へのプレゼントを用意してましたの。お気に入りのハーブティーですわ。これで疲れを癒してくださいな」
「ああ、有難うカノン……。大切に頂くよ」

 ゆっくりとプレゼントを受け取り、コウスケは深く頷いた。端正な顔立ちと育ちの良さで、何もかもが様になっている。こうやって見ているとカノンとコウスケの方が“お似合い”な気がして、仙道は眉を顰めた。
 それを察したのか、コウスケの笑みが深くなる。

「次はボクの番だ。受け取ってくれ。きっとカノンに似合う。開けてみてくれ」
「有難うございま……って、え、此処でですか?」
「ああ。この後は予定があるんだろう? せめてプレゼントを見て君がどんな顔をしてくれるのか確かめたい」

 お人好しのカノンは、しんみり溢すコウスケの願いに頷くしかなかった。
 丁寧に包装を解いて開いた箱の中にあったのは、ブレスレットだった。淡い桃色の小さな宝石の輝きを、細いゴールドのチェーンが引き立てている。見るからに高価そうなプレゼントに、カノンは驚いた。

「本当にわたくしに? ……よ、よろしいんですの?」
「愛しい人へのプレゼントだからね。どんなシチュエーションでも使ってもらえるような品を選んだつもりだよ。君の輝きには敵わずとも、花を添えるぐらいにはなるはずだ」
「わたくし、何度も申していますけれど、心に決めた人は仙道くんおひとりなんです……。コウスケくんのお気持ちには答えられないの」
「だったら尚更だよ。哀れな男の我儘を聞いてくれ」

 笑いながらコウスケはブレスレットを手に取る。そしてカノンの右手を掴んだ。カノンが止める間もなく彼女の手にブレスレットをつけたコウスケは、「ああ、やはり美しい!」と大満足の歓声をあげていた。

「今日はこれで満足して失礼しよう。あの男はともかく、君の予定を邪魔したくない」

 ――神谷コウスケがカノンの右手を掴んだままなのが物凄く気に食わねえ。
 仙道は無言でどんどん顔を顰める。
 そんな仙道の眼光に気圧されたのか、コウスケはゆっくりとカノンの手を離した……、かと思った瞬間。

「本当に有難う、カノン」

 恭しく頭を下げカノンの右手を取り直し、手の甲へと口づけた。
 仙道が「なっ!?」と固まり、カノンが「えっ!?」と目を剥く。
 そうして今度こそコウスケはカノンの手を離す。

「今度会う時が楽しみだよ」

 最後に仙道に向かって飛びっきりのあくどい笑みを見せつけて、コウスケは踵を返していったのだった……。
 ぽかんとコウスケの背中を見つめて呆けるカノン。まさしく呆気に取られた、と言っていい。しかし仙道はとうにそのラインを越え、怒りがこみ上げていた。
 ――カノンがどんなに口うるさく注意してもぼんやりしてボケていて間抜けなのはもう、天性のものだ。だから俺がしっかりコイツを引っ張って守るって決めたのに、結局してやられちまった……!
 この場に他の仲間たちがいなくて良かった。こんな醜態、誰にも知られるわけにはいかない。
 まだ呆気に取られたままのカノンの手を――コウスケが口づけた右手を、仙道は些か乱暴に掴む。

「せ、仙道くん?」

 カノンの呼び掛けには答えず、とりあえず服の袖で彼女の手の甲を何度も拭った。あまり擦り過ぎては痛くなるだろうから、程々にしておく。
 仙道は棘のある口調でカノンへ告げた。

「本当に気を付けろよ。俺以外のヤツに下手に触らせんじゃねえ」
「は、はい」
「悔しいが俺が守れる範囲にも限度があるからね、ちっとはしゃんとしな。……さっきのは俺も迂闊だったがよ」

 それから仙道は、そのままカノンの手を引いて歩き出した。
 むすっとむくれた彼の顔を見つめながら、カノンは心底申し訳なく思った。しかし……同時に嬉しかった。

(仙道くんも、ヤキモチ焼いてくれるんですね)

 思わぬハプニングではあったが、結果的にカノンにとっては楽しい一時となった。
 ただ一つ盲点があったとすれば、仙道の機嫌がなかなか直らなかったこと。バンの家に着き、友人たちに囲まれてのパーティーだというのに、しばらく仙道はコウスケとの出来事を引きずっていた。「何でお前拗ねてんだよ」と郷田が図星を突いてしまい、番長同士の喧嘩からLBXバトルに発展し、結局いつものような展開になってしまったのだった。
 だが、それすらクリスマスの一言で陽気なものに感じられる。
 熱戦を繰り広げる仙道と郷田を見て、アミは笑う。

「本当に郷田と仙道っていつもどおりよね」
「申し訳ないですわ……」
「何でカノンが謝るの?」
「……色々と、です」

 ひっそりと責任を感じながら、カノンはアミの問いをはぐらかす様に苦笑していた。
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