黒板のラブレター | ナノ

*高2青黄
*2013 0507
*Title:ポケットに拳銃

―――


バタバタと廊下が唸る。時折キキュッと高く鳴るが、昼間と違い、それだけがはっきりと聞こえる。足音は2つ。忙しない足音は1つ。もう1つはその後を追うように、ゆったりと歩みを進めている。

ガラッと教室の扉が勢いよく開き、明るい金髪が夕陽の光を反射して、キラキラと眩しい。きっとそれを目の前で見たら、眩しさのあまり、誰もが目を細めてしまうだろう。

ここ、桐皇学園高校にはこんな髪の人物はいない。そもそも、その少年が着ている服装すら、桐皇学園の制服ではない。後ろにいる少年の制服は桐皇学園のものではあるが、彼はそれとは違う、青いブレザーに、水色のYシャツ、黒いネクタイである。


「うーわぁーーー。こーこが青峰っちの教室かぁー。なんか新鮮ー!」


その少年――黄瀬涼太は、その持ち前の美しい髪と同じようにキラキラとした瞳で、教室へと足を踏み入れた。


「教室なんてどこも同じようなもんだろ。新鮮も何もねーよ」


後ろを歩く少年――青峰大輝は、ガシガシと後ろ髪を掻くと、自分の席にドカリと座った。尊大に座るその姿は、人々が見たら、間違いなく距離を置くだろう。そのくらいには、彼から出るオーラは恐々としている。とは言え、滲む雰囲気は優しげであることに、勿論黄瀬は気付いている。だからこそ、黄瀬のその形の良い唇は、穏やかな笑みを湛えている。ダンッと強く教壇に上ると、黄瀬は教卓に肘をついて、じっと青峰を見詰めた。


「やっぱ青峰っち、一番前なんスね」

「そりゃあ、出席番号が1番になんだから当たり前だろ」

「それもそっスね。席替えとかも、まだ進級して1ヶ月だからまだだろうし」


そう言って彼は、体を上げてチョークを手に取り、黒板に向き直った。どうせくだらない落書きでもするのだろう、と、青峰は黄瀬の行動に予想をつけて、机の中を物色した。確か、この間置いていった、堀北マイちゃんの写真集があった筈である。黄瀬が落書きに飽きるまで、それを見て暇でも潰そう。そう思って、写真を開くと、黄瀬が不意に、あ、と声を漏らした。


「ってことは、もしオレと青峰っちが同じ学校で同じクラスだったら、席隣だったかもしんないっスね!」


オレの席、前から1番目の、窓から2番目だから。そう言う黄瀬は、ひどく楽しそうに笑っている。そんなありもしない架空の世界を想像して、一体何になるのか、と青峰は思わないでもないが、黄瀬が楽しそうだから、まあ、いいか、と思ってしまうほどには、彼は黄瀬に絆されていた。

黄瀬が今度こそ黒板とにらめっこすると、先程までの賑やかな雰囲気は一転して、静寂を保っていた。ただあるのは、青峰が写真集を捲る音と、黄瀬が黒板にチョークを打ち付ける音だけである。


カカッ カッ カッ カカカカッ

パラ… パラ…


小さなその音たちは、暗くなり始めた夜の景色に、溶け込んで消えてしまいそうだ。でもその音たちは、青峰と黄瀬が、確かにここにいるのだ、と主張していた。

カッ!と一際大きくチョークが言って、それ以降チョークの音は止んだ。そろそろ飽きたのだろうか、と青峰が顔を上げようとしたところで、「青峰っち、」と心地好いテノールが耳に響いた。その声に顔を上げると、青峰は面食らったように、驚いた顔をした。黄瀬はずっとこんなのを書いていたのか。なんとまあ、呆れると言うか、愛しくなると言うか。


「青峰っち、だーい好き!」


振り返った黄瀬は、青峰にしか決して見せない、愛しい人へ向ける笑顔を満面に浮かべ、体全体で、青峰が好きだ、と訴えていた。

黒を背景に、でかでかと書かれた白と黄色のそれは、端から見たらこっ恥ずかしい以外の何物でもないが、生憎この教室には2人だけ。何故だか無性に黄瀬が愛しくなって、青峰は衝動のままに黄瀬を抱き締めた。


「んなの、知ってる」

「うん」


黄瀬も青峰に負けじと、その背中に腕を回し、ギュッとその体を抱き締めた。

別々の学校へ進学して、既に1年が経過している。その1年の間、お互いに色々あった。けれど、その全てをお互いが知る訳ではない。中学までは、同じ学校に居たため、今の何倍もお互いを見てきた。けれども今は違う。お互いが、学校でどんな風に過ごして、どんな景色を見ているのか、どんなことを思っているのか、全く分からない。それが何だか無性に寂しく思えて、黄瀬は桐皇学園に行きたい、と青峰に願った。そうして、出来ることならば、青峰が学校にいる間、少しでもいい、自分のことを想ってくれたら、と、そんな気持ちで黒板にチョークを走らせた。きっと、成果は上々だろう。抱き締める体をはこんなにも温かい。


「黄瀬、オレも好きだ」


青峰はそっと、返事をした。黄瀬は、「うん、知ってる」と青峰を真似た。後はお互い何も言わない。でもそれでいい。確かに自分の大切で大好きな人は、この腕の中にいるのだから。離れていても、大丈夫。想いは確かに、通じ合っている。

黒板の日付は、5月7日を祝福していた。





(単純明快な、)

(「好き」の2文字)


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