*帝光赤黄
*2013 0408
*Title:
ポケットに拳銃
―――
「―…それでね、その時黒子っちが桃っちに、」
平日の昼下がりの午後、誰もいないはずの第一体育館に赤司と黄瀬はいた。あと5分もしない内に午後の授業が始まるというのに、黄瀬は話すことをやめようとはしない。また、それに対して、赤司が注意しようとする意思がないのも、現状である。
黄瀬は楽しそうに、眩しいほどの笑顔で話し続けている。彼の髪は、キラキラと扉から入る太陽の光を反射させて、そよ風にフワリフワリと浮いている。ふらふらと動いて、くるくると表情を変える。そんな黄瀬を見ているのが、赤司は好きだった。
赤司は座って壁に背を預けたまま、じっと話を聞いて黄瀬を見つめていた。
「―…そしたら青峰っちがー、」
黒子と桃井の話題から、今度は青峰が出てきた。そう言えば、何の話をしていたのだろうか。ああ、そうだ。確か、同じクラスにカップルが出来たとかで、楽しそうだなぁ、という話をしたのが始まりか。
黄瀬は女には困らない人間なのに、そういう話をあまり聞かない。モデルをこなすほどの整った顔立ち、体格、一体いくつのバリエーションがあるのかと聞きたくなるほどの表情の豊かさ。人当たりも、何だかんだでいい。彼が告白を受けるのなんて、日常茶飯事だ。そしてそれを、全て断るのも。羨ましい、何て言いつつも、実際に誰かと付き合う気など、黄瀬には毛頭無いのだろう。
「―…だから、オレ言ったんスよ。『うちの姉ちゃん、見た目は良くても性格言い訳じゃないから、青峰っち、ストレス溜まるだけっスよ』って。あんなのの、何がいいんだか」
「青峰はいつも胸しか見てないだろう。そんなにアイツのお眼鏡に叶うほどあったか?」
「姉ちゃんDっスよ、確か。青峰っちは桃っち見慣れてるからF以上ないと駄目なんじゃないかと思ってたんスけどねー」
「Dあればいい方なんじゃないか?…あとは形か?」
「巨乳かつ美乳かぁー。めんどくさいっスね。絶対モテないわー」
「そんなことないぞ。アイツはアレで、結構モテるぞ」
「でもオレほどじゃないでしょ」
「お前と比較したら駄目だろう。そもそもの顔立ちの良さが違う」
「オレのが良い?」
「ああ、お前は綺麗だな」
「…なんか、普段赤司っちとこういう話しないから、変な感じだな…」
「オレも普段、こういう話はしないさ」
いつも汗だくになりながら駆け回るこのコートの中で、赤司と黄瀬が交わす言葉は、一体どれほどあるだろうか。練習中は最低限の会話しかしないし、そもそも、黄瀬は青峰や黒子、赤司は緑間や紫原といることの方が多いので、赤司と黄瀬が2人で会話をすること自体が珍しいのだか。
遠くで、午後の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り響く。
「…授業、始まっちゃったっスね。いいんスか?」
黄瀬が赤司を振り返り問う。
赤司はバスケ部でキャプテンを務め、そのプレーも天才的であるが、学校生活に於いても、注目を浴びる存在であった。テストは常に学年首席、素行も良く、優等生として先生方に一目置かれている生徒であった。そんな赤司がサボりなど、赤司自身が良しとしないだろうと黄瀬は思ったのだ。
しかし、当の赤司は気にする様子などなく、更には「構いやしないさ」と言った。
「授業を休んだくらいで勉強に追い付けないなどということはないし、そもそも今日の授業分の予習はすでにしてある。問題ないさ」
「流石赤司っちっスね…」
黄瀬は感心した、というような声を漏らしながら、表情は微かに苦笑いを浮かべていた。
「お前と違って、な」
「返す言葉もないっス…」
「まあ、分からなくなったら、いつでも聞きにおいで。いくらでも、分かるまで教えてあげるから」
ゆっくりと腰を上げる。ずっと座っていたせいか、少し体が痛い。
黄瀬は「マジっスか!?」とキラキラした瞳をしていた。
「ははっ。なんか、そういうのいいっすねぇ。学生してる!って感じで」
「そうだな」
「やっぱ、青春っていいっスねぇ」
「お前って、スマートに生きてそうなのに、案外そういう汗臭いこと好きだよな」
「ははっ。そーかもしんないっスねぇ」
カラカラと、黄瀬は楽しげに笑う。いつも遠くから見てるその笑顔が、今は、こんなにも近くにある。大切で、これからもずっと、守っていくもの。まあそれは、黄瀬だけに限らないのだけれど。
「青春、か…」
ポツリと、呟いた。黄瀬はその小さな呟きを拾い、「うん、青春っス」と外を眺めていた。
独り占めしたい、と思ったことは、両の手では数え切れない。その感情が何なのかを、赤司はちゃんと理解している。だからこそ、こうして黄瀬と2人の時間を作ったのだから。
「なあ、黄瀬、」
「はい」
「お前にとって、青春ってなんだ?」
赤司にしては珍しい質問に、黄瀬は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。どんな意図があって、彼は自分にそんな質問をするのだろうか、と窺ってみても、それは本人にしか知り得ないことだから。黄瀬は素直に考えて、答えを口にした。
「そりゃやっぱ、学生やって勉強にちょっと悩んで、部活に全力投球で、友達とワイワイ遊んで、大人になってから、『あの頃は最高だった!』って言えるような時間じゃないスかね。あとは、好きな子と付き合ってデートしたりとか」
「そうか」
「赤司っちはどうなんスか?」
「オレもまあ、同じだな」
一歩一歩、足を進める。その光は眩しいけれど、どうしようもなく愛しいものだから。
「でも、お前とは決定的に違うものがある」
「…何スか?」
純粋にこちらを見つめる彼の目は、今この瞬間だけは、青峰でもない、黒子でもない、赤司だけを映している。その事に気を良くした赤司は、更に黄瀬との距離を縮める。
「オレは、勉強もバスケも本気で取り組むし、友人と楽しく遊ぶのも良いと思うし、大人になった時『最高だった!』と思える時間を送ることも、そうだと思う。好きな子と付き合ってデートするっていうのも、青春なんだろうな。でも、オレはそこに、お前がいないと嫌だ、と思ってる」
赤司はじっと真っ直ぐに黄瀬を見据える。黄瀬は、面食らったような顔をしていた。突っ立ってるだけの黄瀬はの両手を掬い上げ、きゅっと握る。ぼー、とその手を見ている黄瀬は、少し滑稽であった。
「黄瀬、オレは友人としても人間としても、お前のことを好いている。お前と勉強したり、バスケしたり、遊んだりしたいのは勿論、デートだってしたい」
普段は生意気につり上がってる眉も、今は頼り無さげに垂れてしまっている。そんなところも可愛いなぁ、と思いながら、赤司は尚も言葉を続ける。さっきまで、ずっと黄瀬が話していたのだから、今くらい自分が話したって構わないだろう。
「黄瀬、オレはお前が好きだ」
真剣な表情でそう言われてしまえば、黄瀬はぶわわあっ
と顔を赤くした。随分と珍しい表情だ。黄瀬が赤面したことなど、赤司は一度として見たことがない。これはあと一押しかもしれない。
そんな赤司の心情を読み取ったのか定かではないが、黄瀬はキッと瞳を鋭くさせて、赤司を見返した。
「ず、っるいっス…!そんなの…!からかってるんなら、そんな顔…っ」
「からかってなどいない。オレはずっとお前を見てきたし、お前を独り占めしたいとも思ってる」
女は苦手なんだろう?そう言って口角をあげれば、黄瀬はバッと顔を背けた。知ってる、ずっと見ていたから。今黄瀬が確実に自分を意識しているのだと、赤司には手に取るように分かった。
「無理強いするつもりはない。だから、所謂『お試し期間』ってやつだ」
そろそろと視線を戻す黄瀬の瞳と、再度視線を絡める。
自信はある。その間に、黄瀬を確実に落とせる自信が。
「オレと、『青春ごっこ』でもしようか、黄瀬」
視線はそのままに、赤司は掬い上げた黄瀬の右手の甲に、口付けを落とした。