「あお」 | ナノ



吹き抜けるほどに澄みわたる「あお」を、

オレは、

知っているーーー


***


サアッ…と風が通りすぎていく。3月1日。今日は3年の先輩達の卒業式である。どの部よりも先輩達との付き合いが長いオレ達バスケ部も、今日で先輩達とお別れであるのは、他と変わりない。

1年何ていうのは、あっという間である。

4月。オレはこの海常高校に入学。先輩達と出会う。誠凛高校と練習試合をし、初めて敗北を味わった。そして夏での再戦を約束する。

5月。GWを利用した春合宿が行われた。同学年の部員達とはこの合宿で馴染んだ。

6月。IH神奈川県予選。激戦区だと言われる神奈川県でbPとなり、IH本選へのチケットを手に入れる。

7月。夏合宿。大分先輩達と馴染めるようになってきた。最終日の夜にした肝試しは楽しかった。

8月。IH本選。準々決勝で桐皇学園高校に敗れる。その悔しさをバネに、冬にリベンジすることを誓う。この時点で半分近くの先輩達は引退。でも多くの先輩達が残った。理由を聞くと、無茶しがちなエース様が心配だから、と誤魔化されてしまった。

9月。足の痛みがなかなか引かず、練習に参加できた日数が少なかった。その時、先輩達に本気で心配されたのは、ちょっと嬉しかった。同学年の奴等が色々と気を遣ってくれたのも、やっぱり嬉しかった。

10月。練習に完全復帰。9月に参加出来なかった分を補うように、練習に練習を重ねた。そんなオレに元気づけられる、と言って、全部員が居残り練習をするようになった。何だかむず痒いような気持ちがした。

11月。WC神奈川県予選を勝ち抜き、たった1本のWC本選への出場権を獲得。引退した先輩達が練習に顔を出しては、頑張れよ、と激励の言葉をくれた。この人達の思いも背負って戦うのだ、と自分の責任の重さを感じた。けれどもそれは、決してのし掛かるようなものではなかった。エースとして託されたのだという実感だった。そして完全無欠の模倣完成。しかし同時に、足に違和感を感じるようになった。

12月。練習中に足に極度の痛みが走り、倒れる。病院で診察を受けると、オーバーワークだと告げられた。休養をとるべきだと言われたが、WCを目前にしてそんなこと出来るはずもなく、オレは足に爆弾を抱えたままWCに臨むことになった。準々決勝でショーゴ君と当たり、足の怪我は悪化。何とか準決勝に進出し、誠凛との春の約束が果たされた。が、オレ達海常は、誠凛に惜敗した。オレの足は、翌日の三位決定戦には1秒として出場出来ない程に、完全に壊れてしまった。結果4位で終わったWCを以て、3年の先輩達は引退。オレも足の養療に専念することとなった。

1月。3年の先輩達がいない部活は、何だか不安定なように思えた。新主将には中村センパイが選ばれた。早川センパイは早口だしラ行言えないしで、指示出しに不安があるからだそうだ。こんな風に、あたかも目の前で見ていたように語っているが、オレは1ヶ月半弱入院していたので、それらが全てというわけではない。

2月。3年の先輩達の自由登校が始まった。オレは半ばに退院。久々の学校は、何だか異空間のように感じた。多分、3年生がいないからだというのは察しがついていたが、オレは知らんぷりをした。リハビリ中であるため練習には参加せず、マネージャー業に徹していた。やっぱり不安定なように思えたが、結構上手くやれていた。

そして今日。先輩達の卒業の日を迎えた。こうやって1年間を振り返ってみると、結構濃い1年だったな、と思う。オレの生活はバスケを中心に回っているけれど、そう考えると、先輩達と関わっていた時間も多いんだな、と思ったところで、また涙腺が緩くなってきた。卒業式の最中で泣いて、隣の奴に揶揄されたばかりだというのに、オレの瞳はまだまだ涙を流せるらしい。

屋上から見上げる空が好きだった。屋上から眺める海が好きだった。入学したての頃は、黒子っちと青峰っちを連想したものだが、今は違う。空を見ても海を見ても、真っ先に頭に浮かぶのは「海常」というチームだった。何処までも真っ直ぐ、広く、深く。そんな海常のことばかりが、頭を過ぎていくのだ。


ーーああ、本当に大好きだ…。


めちゃくちゃ厳しいけれど、誰よりもオレのことを引っ張ってくれた笠松センパイ。いつも飄々としているけれど、バスケする時は真剣な森山センパイ。お人好しだけど、実は凄く熱い心をもってる小堀センパイ。その三人以外にも、いつも一緒に練習に励んで、試合の時にはずっと応援してくれた3年の先輩達。今日でお別れなんて寂しすぎる。

海常に来てからと言うものの、オレの涙腺は本当に緩くなってしまった。耐えていた涙が次から次へと溢れてくる。卒業生達が校舎から出てきたのだろう、外が賑やかになる。オレはそれをBGMに、声を殺して泣いた。永遠のさようならじゃないのは分かってるけど、それでもあの人達が大好きだったから、大好きだったからこそ耐えられないのだ。

ヴー ヴー、とケータイのバイブレーションが屋上のコンクリートを伝って、頭上からオレに着信を伝える。オレは体を起こし、涙を拭い、ケータイを取った。発信者は中村センパイだった。


「もしもし…」

「もしもし、黄瀬か?先輩達出てきたぞ。お前も早く来い」

「りょーかい、っス」

「じゃ、なるべく早く体育館な」

「はーい」


会話が終わり、通話を切る。立ち上がり、グラウンドに目を向けた。青、青、青。一面青色だった。漫画みたいに桜なんて咲いていやしない。けれどもそこは、確かに綺麗な空間だった。

その沢山の青色の中に、1年間、沢山お世話になった人達がいた。笠松センパイと森山センパイと小堀センパイだった。堪えていたものが溢れ出す。大勢の中の一人としてじゃなく、黄瀬涼太として伝えなきゃいけないことが、沢山ある。特に、あの人には。オレは思わず叫んだ。


「笠松センパーーーイ!!」


黄瀬の声に反応して、笠松達がこちらに振り向いたーーいや、見上げた、とも言えるのだけれどーー。


「…黄瀬……?」

「…黄瀬…だな」

「黄瀬だな」


笠松達は黄瀬を見上げたまま、そんなやり取りをするーー当然黄瀬には聞こえていないがーー。


「1年間!ありがとうございましたーーーーー!!!!」


笠松センパイまで確実に届くように、オレの精一杯の大声で叫ぶ。


ーー笠松センパイ、オレね、センパイがいてくれたから、ここまで強くなれたんだよ。春に誠凛に負けたとき、センパイがリベンジすることを教えてくれたから。夏に桐皇に負けたとき、センパイが最後まで諦めない強さを教えてくれたから、手を差しのべてくれたから、エースは前だけ見ていろと言ってくれたから。冬に誠凛に負けたとき、オレを最後まで信じてくれたから。


「沢山迷惑もかけたし、生意気な後輩だったかもしれないけれど!オレは笠松センパイが先輩でよかった!!センパイが主将でよかった!!センパイとバスケ出来てよかった!!1年間何てあっという間すぎて!実感とか沸かなかったけど!もう…!体育館に行っても…!…センパイ達には会えないんスよね……」


声が震える。嫌だ。卒業してほしくない。引退なんてしてほしくなかった。いつまでも、一緒にバスケしていたかった。


「皆と、勝ちたかった…!!」


オレがもっと強かったら。オレがもっと早くチームを大切に思えていたら。本当は、WCで誠凛に負けたあの時から、そんな後悔ばかり感じてた。笠松センパイは、前を向いていろと言った。けれど、こればかりは仕方ないと思う。


「笠松センパイは、お前(エース)は前だけ向いてろって言ってくれたけど…!それでも!やっぱ悔しいと思うし!振り返っちゃうのは仕方ないじゃないっスかあぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!!」


笠松センパイは驚いて目を見開いている。さっき拭ったはずの涙がまた溢れてきて、目の前が滲んでいく。


「もっとセンパイとバスケしていたかった!!もっとセンパイに教えて欲しいこと、沢山あった!!それなのに!センパイともうバスケ出来ないなんて!寂しすぎて辛いっスよーーーーー!!!!」


手元の柵をぎゅっと握る。奥歯を噛み締めて顔を伏せた。こんな情けない顔だけは、誰にも見せられない。

笠松はそんな黄瀬の様子を見て、ぐっと拳を握った。自分が他の誰よりも黄瀬に信頼されている自覚はあった。そして自分が、他の誰よりも黄瀬を信頼している自覚も。生意気な、けれども健気で可愛いあの後輩を、どうやって叱咤激励してやろうか。


「小堀、森山、」


笠松は肩からバックの肩から下ろすと、荷物を2人に投げた。


「それ、頼むわ」


それだけ言うと、笠松は急いで駆け出した。向かう先はただ1つ。大切で大好きな、あの後輩の元へ。


「1年間、振り返ってみて、オレ思ったんス…!帝光も大好きだったけど、オレ…、海常が、すごい好きっス!3年生が引っ張ってくれる、2年生が支えてくれる、1年生が押してくれる、それはスタメンやレギュラーの間だけの話じゃない、チーム全体がそうである海常が!オレはすげぇ好きっス!!帝光で感じた好きとはまた違う何かがここにはあって!オレにとってはそれがすげぇ大切で!これからもずっと守ってきたい!!センパイが背負った海常に来て!オレは本当によかった!!笠松センパイ、今までありがとうございましたーーーーーーーーーー!!!!…でも!ぶっちゃけ本当は引退も卒業もしてほしくな「んなの無理に決まってんだろボケがーーーーーーーーーー!!!!」いってぇ!!!!」


丁度叫び終わって、よし、言い切った…!と不思議な達成感に満たされるはずだったのに、後ろから盛大な飛び蹴りを喰らってそれは防がれた。この感覚は、懐かしい。笠松センパイの飛び蹴りだ。


ーー…ってか、ちょ、センパイ!オレ柵の前だから今飛び蹴り喰らって乗り出してる状態なんスけど!超危ないんスけどぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉお!?


「いいか!黄瀬!!」

「は、はい!!?」


いきなりの展開で、オレは頭がついていかず、?を頭上に飛ばしたままセンパイに向き直る。思わず腰が抜けてしまったのは見逃してほしい。


「引退すんなとか!卒業すんなとか!そんなのは無理な話なんだよ!!」

「は、はい…」

「だけどな、オレ達の誰一人として、引退したかった奴なんていないんだよ。オレだって引退なんかしたくなかったし、それは小堀や森山もそうだ。海常でやるバスケは、すげぇ楽しかったから」


笠松センパイは仁王立ちでオレを見下ろして、「まあ、さっさと大学行きてぇ、ていうのはどいつも思ってるだろうけどな。オレも早く大学行きてぇし」と言う。


「でも!後悔はしてねぇ!!悔しくなかったと言えば嘘になるけど、それでも後悔はしてない。結局優勝は出来なかったけど、お前は悪くない。お前はチームの為に、無茶までしてくれた。誰よりもお前がチームの為に頑張った。そんなお前を攻める奴なんていねぇ。お前が自分を攻める必要なんて、どこにもねぇんだよ」

「でも、それは、オレがエースで、チームを勝たせるのがオレの役目だからで…、」

「そうだ、それがエースであるお前の仕事だ。…黄瀬、」

「はい…」

「海常のエースは、誰だ?」

「オレっス…」

「そのお前は、あと何年海常でバスケしなきゃいけねぇんだ?」

「2年ス…」

「そう、お前はあと2年ある。あと2年、エースとしてチームを引っ張っていかなきゃなんねぇ。そのお前が!たった1年終わっただけで!ショボくれてんじゃねぇ!!」


ゴツン!と勢いよく頭に拳骨が降ってくる。容赦のない一発だ。


「……つーか…、」


蹴りとかパンチとかが、笠松センパイなりのコミュニケーションなのは分かってる。分かってる、けど…


「さっきっからなんなんスか!?最初の飛び蹴りも容赦なかったし、今のも本気っスよね!?オレの体そんな頑丈じゃねんスよ!いい加減にしてくれません!?めちゃくちゃ痛いんスけど!?」

「テメーがさっきっから女々しいことほざいてっからだろ!?」

「寂しいのに寂しいっつって、何が悪いんスか!?センパイは生意気で女々しくて煩いオレと離れられて嬉しいんだろうけど!?オレはすっげぇ頼りになる主将と離れるとか、めちゃくちゃ寂しいんスよ!!」

「んなのこちとら一緒だ!!」

「だったら女々しいとか言われる筋合いない…!、って、か…、え?」


流石のオレもちょっとイラッときて激論を交わせば、あれ?一緒ってことは、センパイも寂しいって…?

オレが意味が分からなくて混乱してると、センパイは「ふはっ」と笑って、「間抜け面」と微笑んだ。


「オレらだって、寂しいんだよ。3年間、必死にボールを追い続けてた体育館と別れんのも、ずっと睨んでたゴールとお別れすんのも、今まで一緒に努力してきた同級生のチームメイトと別れんのも、…お前達、信頼出来る後輩達と、サヨナラなのも」


また風が吹き抜けていった。笑う笠松センパイは、儚いのに、どこか吹っ切れているようで、かっこよかった。


「でも、それは受け入れなきゃなんねぇ現実だ。いつまでもしがみついてちゃいけねぇんだ。お前がこの1年をそんだけ大切に思ってくれるのは、すげぇ嬉しいよ。そんだけ、オレ達のことを慕ってくれてるってことだろうからな。それだけで、十分だ。だからお前は、あと2年、ここで頑張れ。オレ達との1年を、お前がそんだけ好きでいてくれんなら、お前はこれからの後輩に、そう思える海常を用意してやれ。エースはお前だ。お前がエースでいる間は、前だけ見てろ。お前が主将になっても、お前は同時にエースだ。後ろ見てる暇なんかねえぞ。後ろを見んのは、テメーが引退してからだ。…そうだな……、引退しても、お前がまだオレとバスケしてぇって言うなら、」


ぐっと胸に押された拳は力強い。オレは、この人を尊敬して、この人と共にバスケをしてきたのだ。同じコートで、プレーしてきたのだ。忘れない、絶対。胸に込み上げる感情を、オレはこれからも大切にしていく。だからセンパイ、その時が来たら、


「大学で待ってる。また、一緒にバスケしよう」


また、一緒にバスケをしましょう。

センパイが卒業しても、それでオレがどんなに寂しくなっても、オレは大丈夫。その言葉1つで、オレは頑張れるよ。センパイが愛した海常は、これからも続いてく。センパイが託した思いを、オレがしっかりと受け取ったから。海常のエースはオレだ。あと2年、オレは全力でプレーする。海常を、必ず優勝させてみせる。皆と一緒に、掴み取ってみせる。

センパイが愛した海常は、オレが愛した海常だ。その海常のために、オレができることはただ1つ。センパイがオレに託した思いは、オレが海常にかける思い。その思いを伝えるために、オレができることはただ1つ。その1つを、オレは2年の間にやりきらなくてはならない。


「笠松センパイ、」

「何だよ」

「オレ、センパイより立派な主将になっちゃうかもよ?」

「はっ、言ってろ」


二人して視線を空に向ける。やはり吹き抜けるような青色をしていた。


「お前じゃオレ以上の主将にはなれねーよ」


でも、笠松センパイは、あの空以上に、吹き抜けそうなほどの「あお」をもっている。どこまでも真っ直ぐに、広がる「あお」の中心に、この人はいる。


「笠松だけ何かっこつけてんだよ!」

「何だか最後にいいとこ持ってかれた気分だな」

「黄瀬だけ先にず(る)いぞ!」

「体育館で、て言っただろ、バカエース」


屋上の扉が開いて、森山センパイや小堀センパイ,早川センパイ,中村センパイと、ガヤガヤと部員が集まった。


「センパイ!」

「まるで公開告白だったぞお前ら」

「体育館の方まで聞こえてたぞ」

「そんなに!?」


オレは、海常が大好きだ。このメンバーは今日で最後だけれど、次は新しいメンバーがやってくる。なら一瞬一瞬の海常を大切にしていきたい。きっとオレは、これからも全ての「海常」を愛するのだろう。

笠松センパイ、森山センパイ、小堀センパイ、それから、他の3年のセンパイ、本当に、今までありがとうございました。オレは、あなた達が、大好きです。あなた達が築いた「海常」が、大好きです。

吹き抜けそうなほどに澄みわたる「あお」の中に、確かにオレはいた。


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