*呼称変更有り
―――
「「「…10、9、8、」」」
周りのカウントダウンを聞き流し、黄瀬は右手の温もりをぎゅっと握った。
――ああ、今年ももう終わってしまうのか。
長かったような、短かったような、そんな1年だった。今年1年を振り返ってみて、「キセキの世代・黄瀬涼太」としては、とてつもなく長かった気がする。けれど「海常高校バスケ部1年エース・黄瀬涼太」としては、何だかとても短かったような感じがするのだ。まあ、実際前者は丸1年体感しているのに対し、後者は9ヶ月しか経験していないのだから、長短を比べればそうなるのだが。そうではなく、実際に感じ方に差があったのだ。
「キセキの世代」として、中学の今頃だって様々な葛藤があった。黒子のこと、青峰のこと、これからの自分のこと。悩みの種は尽きなくて、それに1年間悩み続けたのだ。それらが解決されたのは、つい昨日のことなのだ。体感が長くても何ら可笑しくはない。
対して「海常高校バスケ部1年エース」てしては、思い悩んだことも勿論あったけれど、それでも楽しいことばかりだった。楽しい時間ほど短く感じる、とはよく言ったものだ。黒子と火神に練習試合で負けたこと。バスケの楽しさを思い出したこと。それから少しずつ〈チーム〉を知っていったこと。チームの為に〈今自分がすべきこと〉は何なのかを知ったこと。憧れを捨てる覚悟を決めさせてくれたこと。挑むことを教えてくれたこと。エースとして自分が何をしたいかを自覚させてくれたこと。どれも海常にいたから、この隣の男がずっと側で自分を助けてくれたからこそ、経験できたことなのだ。
もう、笠松と一緒にいられる時間も、無くなってきた。それを今、実感する。堪らなく寂しいと感じた。けれども時間は残酷にも過ぎ去って行く。離れたくない。黄瀬はそう思って、隣にいる男と繋いでいた手を、ギュッと握った。黄瀬が強く握った手を、隣の男――笠松は、より強く、絶対に離さないというように握り返した。
――ここで、よかった。
黄瀬は笠松を見やった。それに気付いたのか、笠松は前を向いていた視線を黄瀬に向ける。笠松の瞳は、いつだって真っ直ぐに黄瀬を見据えていた。それが嬉しくて、黄瀬はそっと微笑んだ。まだ、まだ、もう少しの間は、一緒にいられるのだ。だから、今を大切にしなければならない。
「ユキセンパイ、今年1年間、ありがとうございました」
来年も、よろしくお願いします、そう柔らかい笑みを湛える黄瀬に、何を思ったのか、笠松はグイッと繋いだ手を引いて人混みから離れていく。そんな笠松の行動に黄瀬は戸惑い、「え?ちょ、センパイ?」と呼び掛けるが、笠松は敢えてそれを無視して木陰に連れ出す。背景では、「3、2、」と、観衆が今年の残り数秒を唱えていた。
「こちらこそ、1年間ありがとな。来年も、それから先も、よろしく、涼太」
スッと笠松は黄瀬と距離を縮める。
黄瀬は思う。ズルい、と。笠松は既に部活を引退していて、これから大学受験に備えて勉強に勤しまなければならない。当然距離は開く。そして大学に進学してしまえば、物理的にもぐっと距離が開くのだ。黄瀬にはそれが堪えられなかった。きっと、笠松が卒業してしまえば、それで終わってしまうのだろう、と不安だった。けれど笠松は、そんな黄瀬の不安を全て拭い去っていくのだ。来年も、その先も、一緒にいてくれると言うのだ。物理的な距離が離れても、心理的な距離は側にいる。そうやって、笠松は黄瀬が望むことを、何だって言ってやるのだ。ズルい。けれど、そこが堪らなく好きだ。
ア、ハッピーニューイヤー!!と人々が新年を喜びあう片隅で、二人はそっと唇を重ねた。
願わくは、今年も来年も、そのまた先の未来でも、二人ずっと、一緒でありますように――