「ちょっと教科書見せて?」
本日最初の授業が始まって、まだ1分も経っていない時だった。左斜め前の黄瀬に、その左隣の女子が冒頭の言葉を述べて机を寄せた。
ついこの間、二学期末テストを終えて席替えをした。廊下側から二番目、前から五番目の、良いとも何とも言えない席にオレはなってしまった。しかし、周りのメンバーはかなり申し分無い。何て言ったって、左隣にはテツ、左斜め前――つまり、テツの前の席――には黄瀬がいるからだ。
が、黄瀬にとっては、大分可哀想な席になってしまったようだ。前二人と左隣二人、この四人は固まると大分――というか、かなり――煩いメンバーだからだ。席替えをした時、「超最悪なんスけど!」と言っていたのは、まだ記憶に新しい。あの四人への嫌悪感の大きさは黄瀬〉〉〉テツ〉オレくらいだ。
で、現在の状況を振り返ってみると、その最悪のメンバーの一人に、黄瀬は教科書を見せて欲しいと勝手に机を寄せられた訳だ。多分今頃アイツ、心の中で超罵倒してるだろうな。左隣の奴に見せてもらえよ。つかこっちくんなよ気持ち悪い。とかな。
心の中でオレは同情しつつ、小さく合掌をした。そんなことを思いながらも今の状況を少し楽しんでいることは、黄瀬には内緒だ。
―――
――
「有り得ないっス…!」
げんなりした様子で、授業が終わって真っ先にそう言ってくる黄瀬に、「大変だったな」と笑って背中を叩く。「痛い、やめて」と直ぐ振り払われたが。
「お疲れ様です」
テツが後ろから黄瀬の頭を撫でるようにすれば、黄瀬は「黒子っちぃ〜」と情けない声を出してテツに抱き着いた。…別に羨ましいなんて思ってないからな、言っとくけど。
「お前、『何でオレんとこ来んだし』とか思ってたろ」
「そりゃそうっスよ!『仲良いんだから左行けよ!』って感じっス!」
「あれじゃないですか?多分、左も教科書忘れたとか」
「どっかのクラスから借りてこいよマジ!」
そう憤りを露にする黄瀬は、やけ食いでもするかのように、オレが食ってるチョビスケを勝手に食べていく。
「勝手に食べんなよ」
「いいじゃないっスか、青峰っちだって昨日オレのポッキー勝手に食ったし」
「だって腹減ってたし」
「じゃあオレもお腹空いてるんで」
オレと黄瀬の間に小さな火花が散る。と、その間にテツが入ってきて、「睨み合ってるところ申し訳無いんですが、」と口を開いた。
「次の授業の準備した方がいいですよ」
「次なんスか?」
「英語です」
「やべ、宿題やってねぇ」
「「いつもじゃないですか/っスか」」
テツと黄瀬が声を揃えてジト目で見てくる。やめろ、そういう時だけ二人息合わせんの。
結局、オレがした同情も、黄瀬に降りかかったアンラッキーも、こんな何でもない日常の中に埋没していくのだから、世界は今日も平和である。