「オレ、今日泊まろうか?」
黄瀬がそう言ったのは部活が始まる前、部室で着替えて居る時だった。
「今日親が居ないからって夕飯をさつきが作りに来るとか抜かしやがってオレ今日死ぬかもしんねー」と言って青峰がげんなりしてのろのろ着替えながら、恋人の黄瀬に電話で嘆く。それに対し同じく部室に居るらしい黄瀬が先程の言葉を言ったのだ。
それからの青峰は凄かった。漠然としか言い様が無い程に凄かった。まるで彼の周りだけ時間が早送りなのではないかと思ってしまうくらいの迅速さだ。
その甲斐あってと言うわけではないが――如何せん時間は皆平等に流れている――青峰にとってその日の部活はあっと言う間だった。
そして今、青峰のリビングには食欲をそそる良い匂いが漂っている。
「青峰っちの口に合うか分かんないっスけど」
テーブルに並べられた品は、メインのおかずは洋食だがそのサイドを和食が固めている。量も味も申し分無い。
「かなり美味い」
「ほ、ホントに?」
「味付けも。かなりオレ好み」
思わぬ賛辞に黄瀬の顔が綻ぶ。
誰かの為に作る食事は正直楽しい。それが好きな人ならば尚更だ。幸せを噛み締めながらそれをお吸物と共に飲みこむ。
それが二時間前だ。今は二人で青峰のベッドに横になっている。
「今日はいつも以上にすっごく幸せっス」
「あ?」
「何か、新婚さんみたいだなって」
そこまで言ってハッとする。とてつもなく恥ずかしい事を口走ったと脳が高速で伝えてきた。
「ごごごごめっ忘れてっ!」
「新婚じゃなくたってオレは変わんねーよ」
タオルケットを頭まで被って赤くなった顔を隠すも直ぐに剥がされる。
カーテンを閉めていない部屋には窓から月の光が煌々と差し込んでいる。
隠す物を失った黄瀬は最終手段とばかりに青峰に背を向けた。するとハッキリと耳に届く音で舌打ちが聞こえる。
「どうせ隠すんならこっちにしとけ」
え、と反応をするよりも早くゴロンと体の向きを返られた。壁を向いていたはずなのに今はドクンドクンと脈打つアツイ胸板に押し付けられている。
その音を聞きながらそっと目を閉じる。その際に甘えるようにすり寄れば、優しい手付きで頭を撫でられた。背中に回した腕は無意識だ。
瞼の裏に浮かぶのは食後の彼だった。
食器を下げて洗い物を済ませようとしていたら、なんと青峰がシンクに立っていたのだ。
「オレ洗い物もするっスよ? 別にお皿割るとかそんなベタな展開はやらないっス」
「水仕事したらテメェの手が荒れるだろーが」
そう言った青峰の顔は暫く忘れそうに無い。恥ずかしげも無く伝えられた真摯な言葉はあまりにも直球で黄瀬の方が恥ずかしかった。
だけど作りっ放しと言うのも気が引けるので食器を拭く事で妥協したのだ。肩を並べてキッチンに立ち分担作業を進めていく。
これを新婚生活と言わずして何と言うのか。同居や同棲よりももっと確かな繋がりを感じる空気は矢張りそれらとは違う。
ちゃんとハンドクリームは常備しているので日常生活の範囲内であれば大したことは無い。それでも青峰の気持ちが嬉しくて背中に乗っからせてもらった次第だ。
「……え?」
頬が引き攣るのを黄瀬が感じたのはそれから間もなくしてからだ。
怪訝な顔付きでもう一度問う。
「だーかーら、風呂。一緒に入んぞ」
「……うん?」
聞き直しの返事のつもりだったがそれを肯定ととったらしい。結局ズルズルと連れて行かれ、抵抗虚しく大の男が同時に入るにはやや狭い浴槽に入ってしまった。
青峰に背を向け後ろから抱かれる形は恥ずかしいけれどそれ以上に安心感がある。腹部に回された腕に黄瀬も腕を重ねる。
青峰の事であるから何か邪な事でもするのではないかと危惧していたのだがどうやら杞憂に終わったらしい。背中を流してもらい、軽くマッサージをてもらい、矢張り最後は抱き締めてもらった。
そこまで回想してフと目を開ける。
「今も抱き締めてもらってんスよね」
「あ? 何か言ったか?」
「ううん。今日は青峰っちにいっぱいもらってばっかだなーって思ってただけっス」
実際に言葉にしてみて良く分かる。もらってばかりで自分は青峰に何をしてあげられただろうか。そうは考えてみるけれど、元々考える事が苦手な黄瀬である。答えを見付ける前に思考を放棄した。
分からなければこれから沢山行動で示して行けばいいのだ。
そう結論付けると青峰に撫でられる一定のリズムと人肌が心地良く眠気を誘う。
「あおみねっち……」
しかし眠る前に言いたい事がある。どうしても、今。
もう瞼はずしりと重く開くことを良しとしない。そこはどうしても抗えないので今回は目を瞑ってくれと心の中で謝る。
「黄瀬?」
「だい……き……」
青峰の耳に届いたのは自分の名前とも愛の言葉とも取れるものだった。真意を訊こうにも腕の中に居る愛しい恋人はすやすやと穏やかな寝息を立てて夢の世界へと沈んでいる。
「ま、どっちでも構わねーけどな」
お休みの意味も込めて額にキスを落とす。鼻先に触れた前髪からは同じシャンプーを使ったと言うのに黄瀬の方はどこか甘い匂いが含まれていた。
「新婚……ねぇ」
青峰の家に来てから始終ふにゃりと幸せそうに笑っていた黄瀬の顔が脳裏を過ぎる。
月光に照らされた黄瀬の髪がきらきらと暗闇に光る。その下では対照的な蒼白い端正な顔があった。
学校に通いながらもモデルをこなし、その癖毎日必ず部活には参加する。中学の頃から誰よりも必死に取り組む姿には目を見張るものがある。けれども同時に青峰は気が気でない。
今にも倒れるんじゃないかと心配になるくらい顔色が悪い時があるのだ。それでも彼は一度も音を上げないし弱音すら吐いてくれない。黒子なんかにはベッタベタに甘える癖に肝心な時に甘える方法を知らない器用だけど不器用な奴。だからこそいつだって目が離せないのだ。見える所に置いておきたくなる。
「もしそうなったら、こんな疲れた顔はさせねーよ」
黄瀬の寝顔にこっそり誓う。証人は窓から覗く月だけである。
くあ、と欠伸を噛み殺しながら更に黄瀬を抱き寄せて目を閉じた。
―――
あのね、の全田りと様より20万打企画のフリリクで頂きました^^*
今回は何と!トップバッターで書いてくださったんです!(いや、7〜8万打の時もだけど)
しかも、こんなに可愛い青黄ちゃんを書いてくださって…!
もう本当にいつもお世話になってばかりで///
りと様、ありがとうございました!!