「あれ?黄瀬涼太クン」
意外とでも言うような声色でオレ引き留めたのは、元チームメイトの現チームメイトだった。
***
オレにかけられた声に反応して振り返ると、緑間っちといつも一緒にいる秀徳高校バスケ部1年の…何て言ったっけ。確か…「高尾」って、緑間っちは言ってたっけかな?
「あー…、とー…、お好み焼き屋で笠松センパイに絡んできてた秀徳のー…、高尾ー…だっけ?」
「そ!高尾和成!」
「ふーん。PG…だよな。10番だっけ?」
あまり興味無さげな表情のまま尋ねると、「おう!」とニカッと歯を見せて笑った。何だろう。物凄く軽そう。何て言うんだろう、そう、人のことからかって面白がるタイプ。何で緑間っちはこんなのとつるんでるんだろう。どちらかと言えば、あの人にとっては苦手なタイプの筈だ。
訝しげに高尾を見ていると、面白そうにこちらを見ていた。何がそんなに面白いんだ、と少し目を鋭くしてみる。はっきり言って、内心穏やかでない。
すると、そんなオレの様子に気付いたのか、高尾はニシシッと音がつくような笑みをして、「何?黄瀬クン、もしかしてデートの邪魔しちゃったの怒ってる?」と言ってきた。そんなこと全然思ってないことくらい、見抜いてるくせに。やはり、気に入らない。
「何?涼太君、知り合いなの?」
隣にいた事務所の先輩モデルに声をかけられ、チラリとそちらを見やる。キレイな人なんだけど、デートに誘われた時ちょっとしつこかったんだよなぁ。デートも強引に連れて回るし、ちょっとうんざりしてたところなんだよね。多分、それさえも、この目の前の男は見抜いている気がするのだけど。
「はい。友人の友人で、高尾クンって言うんです」
「どーも!高尾和成でっす!よろしくお願いしまーす」
人のいい笑顔を浮かべて高尾を紹介すると、彼は軽い調子で自己紹介をした。つか、ほんとに軽いな。
「あ。どうも。涼太君と同じ事務所で、浦野霞って言います。よろしくね」
「浦野サンは4つ歳上で、2年芸歴が長い先輩モデルなんス」
軽く紹介をすると、高尾は「へー。すごい綺麗っすね!」と浦野サンに言う。それに対し、浦野サンは気取らず「あはは、ありがと」と受け答えた。性格は悪くはないのだけど…。
「じゃあ、高尾君、私達デートだからこれで…」
「悪いんスけど浦野サン、」
「ん?」
首を傾げてこちらを伺う浦野サン。その様子は可愛らしく、普通の男だったら落とされるのだろうけど…。生憎、オレは彼女にこれといった興味はない。モデルとしては確かに凄いと思うのだけれど…ただそれだけ。正直、どうだっていい。
「オレ、用事思い出したんで、これで失礼します。今日はありがとうございました」
営業スマイルで彼女に向き合うと、浦野サンは「え?」と驚きを隠せない表情をした。まあ、当然か。
オレはそれだけ言うと、くるりと背を向けて歩き出す。何となく、あの男は後を追ってくる気がした。そして案の定、彼は浦野サンに二三言何か言うと、オレの後ろを追いかけてきた。
―――
――
「で、いいのかよあれで」
少し洒落たカフェに入って向かい合わせに座ると、早速高尾はオレに質問を投げ掛けてきた。
「良いも何も、オレがしたかったからしただけだし」
「でも、デートだったんだろ?彼女ほったらかすって…。しかも年上美人…」
「デートは…まあ、否定しない。でもあの人は彼女じゃない。そもそも彼女なんかつくったことない」
メニューを広げて、今日は何を頼もうかと思いながら、高尾との会話を成立させる。
んー、何か今日はカフェラテの気分だな。それから、新作のケーキが出た筈だから、それも頼もうか。
高尾は「はあ?何だそれ?彼女じゃないのにデートすんの?」とか言ってる。この人アホなのか?
「『デート』っつーのは、『恋人と出掛けること』じゃなくて、『異性と日時や場所を決めて会うこと』を言うんスよ。『デートしている=恋人と出掛けてる』と思わないで欲しいっス」
パタンとメニューを閉じて、前の男を見据える。高尾はオレと同じ様に、こちらを見据えていた。
わっかんないなー、と思う。何故オレは今、大して仲良くもない、ただ二三度会っただけのこの男と、お茶をしようとしているのか。何故彼はオレを追ってきたのか。つーかそもそも、何で緑間っちはコイツとつるむのだろうか。分からないことだらけで苛々する。
とりあえず注文を頼んで、お茶やケーキに手を出しつつ落ち着こう、という結論に至り、オーダーをする。いつの間に決めたのやら、高尾もオレと一緒にオーダーをした。
注文したものが届いて、邪魔な者はもう来ない。
フォークを手に取り、彼に向ける。
「単刀直入に聞くっス。アンタ、何でついてきた?」
目を細めて問いかけると、高尾は読んでたのか、大袈裟に肩を竦めた。
「そりゃ…、面白そうだと思ったから!」
ニシシと効果音がつきそうな無邪気な笑顔でそう言われ、やはり軽そうだ、とまた思う。
「バスケプレーヤーの黄瀬涼太も、メンズモデルの黄瀬涼太も、どっちも有名だけど、プライベートで黄瀬涼太を見るってなかなか無いじゃん!それ考えたら、もうついてくっきゃないっしょ!」
好奇心が強いのか、はたまた、ただ単純に面白がっているだけなのか、もしくは、どちらもなのかもしれない。しかし、オレには彼を読みきれないので分からないし、分からないことをいつまでも考えるのは好きじゃない。
どれが正解にしろ、オレにとって正直言って不快であることに変わりはないのだし。いつまでも苛々しているわけにはいかない。彼にはもう1つ聞いておきたい事があるのだ。
サクッとケーキを刺し、口に含む。モグモグと咀嚼すると、ほのかな甘味ときつすぎない苦味が口一杯に広がった。うん、美味い。
「じゃあもう1つ聞くけど、何でアンタみたいな人が緑間と仲良いんスか?」
「さあ?オレは面白いから緑間に絡むだけで、緑間がオレとつるむ理由は知らね。ただまあ、それなりに認めてくれてんじゃん?アイツが他の奴とつるんでるの、見たことねーし」
「つってもまあ、」と窓の外を頬杖をついて眺める高尾は、何処か自嘲しているように思える。
「オレはアイツより練習して、いつかアイツを唸らせるようなパスを出す、んで、アイツに認めさせる。それが目標だけど、実際、アイツの方が練習してるし、とても認められてるとは思えない。つか、まだ思っちゃいけねぇ」
思える、ではなく、どうやら実際そうだったようだ。
意外だと思った。
あの秀徳で1年生でスタメンレギュラーであるのだから、実力はかなりのものと見ていいだろう。事実、あの黒子っちをあれだけしっかりマークできるのは、彼だからこそだ。自信は持っていいと思う。けれど彼は、その更に上へ行こうとしている。〈認められる〉ことが目標ではなく、〈認めさせる〉ことが目標と言うのだから。そしてきっと、その為の努力は一切怠っていないのだろう。
そういうところなのだろうか。緑間っちが高尾とつるむ理由は。
何故だか自然と、口角が少し上がった。
外を眺めていた高尾は、「そうそう、それから、」とこちらに向き直る。
「オレもちょーっと理由気になって、聞いたことあんだよね、真ちゃんに。『何でオレとつるむんだ?』って。そしたらアイツ、何て言ったと思う?」
「まあ、普通に考えれば、『単純に、お前が同じ1年でレギュラーだったから。それだけなのだよ』とかじゃん?」
「ぶっぶー。不正解ー。ま、オレも聞いた時はそうくるだろうと予想してたけどさ。正解はー…」
「は?お前とつるむ理由?」
「そ。お前、お堅ぇじゃん?オレって結構ー…自分で言うのも何だけど、ノリ軽いじゃん?お前絶対ぇ嫌いそうじゃん」
「そうだな。それでお前が灰崎のような奴だったら本気で嫌っていたな」
「誰だよ灰崎って」
「だが、お前は違った。まあ、最初は軽率そうな奴だと確かに思ったが、お前は…」
「?」
「バスケに対して真剣だった。人事を尽くしているのを知っている」
「…!」
「それに…」
「『それに…、黄瀬に似ているからな』」
「…!!?」
「『黄瀬に似て、人付き合いが上手くて、いつもヘラヘラしているくせに、その実負けず嫌いで、努力家で、馬鹿みたいにバスケを楽しんでる。アイツとつるむのは、嫌いじゃないのだよ』」
思わず息をのんだ。あの緑間っちが、そんな風に思っていたとは。
…いや、今はそれ以前に、あの緑間っちが素直にそういうことを言えるほど、高尾に心を開いていることに驚くべきなのか。あの人、オレほどではないけど、親しくする人は結構選ぶタイプだし。
…でもやっぱ、それでも今は…。
「!」
自然と笑みが溢れてくる。緑間っちに、何だかんだ言われながらも、それなりに好かれていたことが、こんなにも嬉しいとは。顔のニヤケが収まらない。まあ、仕方ないか。だって嬉しいものは嬉しいし、口角だって勝手に上がってしまうのだから。
緑間っちは緑間っちで、秀徳で頑張ってる。そして、信頼できるチームメイトが側にいる。きっと彼は、これから先も、ずっと緑間っちを支えてくれる。
それはつまり、「キセキの世代」――オレ達――の間に距離が出来たことを顕著に表している。それはやはり寂しいことだけれど、その間に沢山人が現れて、沢山の人と出会えた――火神っちや笠松センパイを始めとした海常のみんな,それから高尾も、その沢山の人達の1人だ――。それは悪くはない。
高尾…クンに対する印象が、少し変わった。
高尾クンが息をのんだのにも気付かず、オレはそのまま高尾クンを見詰める。彼は真っ直ぐこちらを見ていた。
「…高尾クン、今日はオレが奢るっス」
「え?…あ!いや!それは流石に…!」
「あれ?案外そういうの、有り難く奢られるタイプだと思ってたんスけど…」
楽しげにそう言うオレに、高尾クンは「いや、流石に初めて会話する相手にそれは…」と、少し焦っていた。彼は結構、根は真面目なのかもしれない。
「いいっスよ、別に。緑間っちがいつもお世話になってるお礼!」
そう言って笑いかけると、高尾クンは笑った。
「その代わり、これからも緑間っちのこと、よろしくお願いするっス」
「何じゃそりゃ!?黄瀬クンは真ちゃんの何な訳!?保護者!?」
「ウケる!おっかしー!」と爆笑する彼。
ほんと、可笑しいよ。さっきまで高尾クンのこと、スッゲー気に入らなかったのに、今はもう、大切な友人を任せるくらいには、彼に心を開いてしまったのだから。
そんな高尾クンを見て、オレは「んな訳ないっスよ!」と、声をあげて笑ってしまった。
さっきまで張り付けていた仮面を、今、少し外してみた。