暗い過去から明るい今、明るい今から暗い未来、けれども未来は鮮やかであってほしいと望むから | ナノ



*黄瀬in桐皇学園のパラレルっぽい話

*中3黄瀬の進路話

―――


「はあー…」


大きな溜め息が漏れた放課後の教室。ここにいるのはオレだけだ。

現在時刻は16時52分。今日の17時までという進路希望調査表の提出が、いよいよ迫ってきた。調査表はしっかり第三希望まで埋まっている。しかしどうしてもこれでいいのかと迷ってしまう。


第一希望 私立桐皇学園高校
第二希望 私立海常高校
第三希望 私立誠凛高校


まあぶっちゃけ第三希望は黒子っちが行くからって適当に書いただけで、オレ自身に行く気は全く無いのだけれど。

深い溜め息をつく。空気に溶け込む。やりきれなさに、机に突っ伏して、瞳を閉じる。

オレはどうしたいんだ。青峰っちを追いかけたいだけなのか?確かに彼はやっと見付けた希望だ。けれどオレは、彼を越えたいんじゃなかったか?だったら同じ学校に行こうとするのは、間違いじゃないのか?わからない。わからないんだ。オレ自身、どうしたいのか…。


***


青い空。白い雲。ジリジリと照りつける太陽の下に、彼等はいた。


「ん…」


ふるり、と長い睫が揺れた。ゆっくりと瞼を開けると、金糸のような髪がさらりと流れた。未だ微睡みの中にある瞳は、ゆらゆらと揺らめいている。


「…ぁお………ね…、っち…?」


焦点が合ってくると、青年はそう小さく呟いた。舌足らずに発せられた言葉は、目の前の青年に届くことなく空気に溶ける。起きる様子はない。

両手をついて上体だけを起こす。自身の影が彼の上に落ちる。上半身はこの目の前にいる浅黒い肌の青年――〈青峰っち〉こと青峰大輝に向けたままだ。


――相変わらず、かっこいいな。


金髪の青年――黄瀬涼太は何ともなしにそう思った。出会った頃より随分と大人びた風貌になったけれど、それでもかっこいい。当然、出会った頃の――明るく爽やかな少年だった青峰もかっこよかった。

黄瀬が青峰と出会った頃のは、今から二年前――中学二年生のときの春だった。スポーツは好きだったが、何だって直ぐに出来てしまう黄瀬はつまらない毎日を送っていた。彼にとっては〈出来ることは当たり前〉で、〈出来ないことが異常〉だった。だからこそ、自分以上に出来る――自分では追い越せない存在を望んでいた。そうして漸く出会えたその存在が、青峰だった。黄瀬は青峰のプレーに一瞬で魅了され、彼に憧れてバスケを始めた。バスケ部に入部して一軍に上がってからと言うものの、毎日青峰に1on1をせがんで彼と共にプレーしてきた。

そうして今、憧れた彼を追うようにして、この桐皇学園高校に籍を置いている。

黄瀬はそっと未だに寝ている青峰に自身のブレザーをかけた。ぱたぱたと手元を探り寄せる。一瞬指先に触れた鞄をグッと掴み、一気に引き寄せた。鞄の中からペンケースとメモ帳を引き抜き、ビリリとメモ帳を一枚破く。取り出したシャーペンで、――お世辞にも綺麗とは言えないが――丁寧な字でスラスラと文字を書き込んでいく。


――ブレザー後で返して下さい。黄瀬涼太


黄瀬はメモを青峰の頭の近くにある携帯の下に置く。風に飛ばされないことを確認すると、手元にある荷物を掴んで何も言わずに屋上をあとにした。


―――
――


体育館に着くと、やはり既に他の部員は揃っていて練習をしていた。主将である今吉に一言「遅れました」と伝えると、「青峰は?」と聞かれた。これもやはりと言うか何と言うか。無言で彼がいる場所を指し示すと、今吉は「は?」と返した。


「…校舎?」

「屋上っス」


正しい答えを教えてやると、彼は納得したように「ああ、またか」と肩を竦めた。


「また寝とるんか?」

「はい、まあ」


黄瀬はそれだけ告げると今吉から離れ、近くにあったボールを拾い上げる。

確かに黄瀬は青峰を追ってここに来た。実際、間近で青峰のプレーを見られるのは嬉しいし、いい刺激にもなる。ただ、何の為にここでバスケをしているのか、よく、分からなくなるのだ。果たして、何の為だったか。

ここでバスケしていて楽しいか?ここでプレーしていて何か得られたか?ここでバスケすることを、本当に自分は望んだか?

何度こうやって自問自答を繰り返したことだろう。けれどいつだって、答えは分からないままだった。

シュッと3Pを打つと、ボールはリングに触れることなくネットを潜った。バンッと跳ねるそれを見届けると、今吉は「ナイッシュ」と言って違うボールを送ってきた。今度はそれをドリブルしてダンクで決める。「お見事」と声がかかる。


「なあ、黄瀬。黄瀬は黄瀬で実力あるんに、何で青峰追ってきたん?いくら憧れてるからって…。他のとこ行った方が、自分にはよかったん違うか?」


核心を突かれたような気がして、黄瀬の動きが止まる。


「自分、あの海常からスカウト掛かっとったって言うやん。なんぼ全国から有能な選手集めとる言うても、うちはまだ無名や。実績のある海常の方が、確実に自分の為になったと思うで。ここは超個人技主体やしなぁ。自分には合っとらんって言うわけやないけど、自分のオールマイティーさは、海常の方が活かせるん違う?って、ワシは思うんやけど、黄瀬はどう思うとる?」


それくらい自分でも分かってる、と黄瀬は目を伏せる。超個人技主体の――一人一人の特性が突出している――の桐皇より、バランスの取れたチーム構成の――一人一人のOF力・DF力がバランスよく整っている――海常の方が、オールラウンダーの黄瀬には合ってる。黄瀬自身、それは十分に分かっていた。それでも彼が選んだのは、青峰と同じ桐皇だった。それはつまり――


「そないに青峰が大事か?」


つまり、そういうことなのだ。

黄瀬涼太にとって、青峰大輝という存在はあまりにも大きすぎた。何の色も持たない黄瀬の世界に色を足したのは、間違いなく青峰だった。そこから更に色の幅を増やしてくれたのも、他でもない青峰だった。清廉な桃色も、揺らがない緑色も、真っ直ぐな黒色も、計算高い赤色も、残酷な紫色も、――まあ、正直どうだっていいが――捻くれた灰色も、全部全部、あの熱く焦がれた青色によって、付け加えられた色だった。そうやって、黄瀬は自分の色を――追いかける黄色を、漸く見付けたのだ。彼の世界の中心は、あの時からずっと青色――青峰であった。大事じゃないはずがない。何よりも大切なのである。

けれど、いつからであったろうか。暗い世界が明るくなったというのに、また暗くなり始めてしまったのは。何よりも大切な青色が色褪せて、周りの色まで色褪せていった。繋ぎ止めておきたかった、どうしても。目視出来なくなっていく、あの青色を。

そうだ、だから自分はここにいるのだ。バラバラだったピースが、漸く手元に集まってくる。けれどどうだろう。ピースは集まったというのに、決してそれが嵌まることはない。


「! 黄瀬!どないしたん!?」

「へ?」


今吉が慌てた様子で黄瀬に声を掛ける。当の黄瀬は、キョトンとした様子で今吉を振り返る。その瞳からは、はらはらと涙が流れていた。


「へ?やないで!?何で泣いとるん!?ワシ、そない酷いこと言うたか!?」


慌てる今吉センパイはレアだ、と黄瀬は思いながら、泣いてると言われたので目元に指を持っていく。確かにそこは濡れていた。

何故だろうと思って思案すると、黄瀬はふと気付いてしまった。青色を繋ぎ止めようと手を伸ばすばかりで、追いかける黄色を見失っていることに。青峰を繋ぎ止めようと手を伸ばしてばかりで、追いかけようと黄瀬の足は動いていなかった。自分の色を見失っているというのに、どうして他の色を繋ぎ止めることが出来るのか。

縋っていただけなのだ、あのキラキラとしていた過去に。決して戻れない、あの明るかった中学時代に。いつだって楽しそうに笑っていた青峰を、青峰のバスケを、過去のものにしたくなかっただけなのだ。そんな単純なことに、今になって気付くだなんて。

けれどもう遅い。黄瀬が選んだ道は、青峰と共にあることだった。向き合うのではなく、側にいること。そんなことをしても、青峰は決して変わらないというのに。決して、あの頃のようにはなれないというのに。

後悔、という言葉が当てはまるような状態だ。自分が選ぶべき道は、向き合って戦うことだったんじゃないかと、今更に黄瀬は思った。暗い、暗い、この世界は、息が詰まるようだ。


「黄瀬!?」


呼吸が苦しい。酸素が上手く回らない。目の前が、霞んでいく。


「黄瀬!」


最後に聞いた声は、暖かいけれど、でも、今一番、聞きたくない声だった。


***


ハッと息を呑む。


――やばい、一瞬飛びそうになった。


オレはパシッと自分の頬を叩く。よし、大丈夫。

顔を上げると、時計の針は16時56分を指していた。


――ちょっと、本気でやばいかも。


調査表の提出時間まであと4分。さっさと提出に行かなければ、と思って調査表に視線を落とすと、ポタッと雫が落ちた。


「え?」


この感じは、知ってる。多分、涙だ。もしかしてオレ、今泣いてる?そっと目尻に触れてみると、水気を帯びていた。


――何で、泣いてるの?


分からないけど、何だか胸の辺りがモヤモヤする。ざわつくと言うか何と言うか。桐皇と海常の文字を見るたびに、それはぐっと顕著になる。

どうしたんだオレは、と思ってそれから目を反らすと、窓の向こう、廊下を歩く最近滅多に見れない友人がいた。


「黒子っち!」


その友人――黒子っちはこちらに気付いて顔を向けるが、直ぐに反らされてスタスタと先を行ってしまう。

最近、ずっと黒子っちをまともに見かけない。それは多分、黒子っちを見付けても直ぐに見失ってしまうことと、黒子っちが呼んでも止まってくれないからだ。黒子っちは、オレとは違って違う道に進もうとしてるんだと思う。青峰っちと、オレ達と戦う道を。


――オレもああやって、自分を貫き通せたらなぁ…。


もう一度、机に視線を落とす。

追いかけるだけでは駄目なんだ。立ち向かわなきゃ。もう一度、あの人と笑ってバスケが出来るように。あの人を、越えたいから。

机の上にある消しゴムを手に取る。もう迷わない。オレが行くべき道を、決して違えたりなどしない。

一息ついて、シャーペンを置く。不思議と笑みが溢れた。蟠りはもうない。


――先生ごめんね。でもオレ、ここにしか行く気ないから。


後で呼び出しは必至だろう。でも、オレは他の場所に行こうとは、もう思えないから。


「さて、提出すっかな…」


荷物を纏めて教室をあとにする。

きっとオレは、青峰っちをこれからも追いかけ続けるのだろう。でもそれは、ただ焦がれて満足するだけの為じゃない。彼の隣に立つ為。そして出来れば、その先へ行く為。時間はかかるかもしれない。けれどオレも、皆と対等でありたいから。その為になら、彼等と道を違えることなど、躊躇わない。

色の無いオレの世界に色をつけてくれた彼は、きっと今、色を失った世界で迷っているのだろう。でも、それに関して、オレは彼を助けることは出来ないと思う。多分それは、相棒である黒子っちの仕事だ。だからオレはそれについて考えないことにする。

その代わり、彼がまたバスケに光を取り戻せたとき、また楽しいと思っていられるように、オレは彼の好敵手であれるように戦おう。きっとその方が、オレだって楽しい。

カラリと職員室の扉を開いて、担任の机に向かう。そこにそっと調査表を置いて背を向けた。

折角色のついた世界なんだ。例え今色褪せ始めていたとしても、決して色を失わせたりはしない。そしてもう一度、鮮やかな色を取り戻そう。オレは暗い世界より、鮮やかな世界の方が断然好きだ。

未来の為に、過去を過去として受け止めよう。鮮やかな未来を捉える為に――。


第一希望 私立海常高校
第二希望 ↑ここしか
第三希望 行く気ないんで!


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -