ミスディレクションの有効活用 | ナノ



*帝光中学時代

―――


タタン タタン タタン タタン


電車が走る音を背に、学校へと向かう。

ボクが通う帝光中学校は、駅から程近い所にあり、少し遠くから通う生徒は、主に電車を使って通学している。また、家が近い生徒は徒歩や自転車で通学するし、スクールバスも出ているため、離れている生徒はそれで来る。中には親の送迎でくる者や、その他の交通機関で通っている者も、勿論いる。

例えば、家が近い緑間君や黄瀬君は徒歩だし、少し離れているボクや青峰君,桃井さんは電車通、赤司君、紫原君は都内を通っているバスを利用している。紫原君は、それほど遠い地域に住んでいるわけではないが、スクールバスが停まるとこより都内のバス停の方が家から近いということでそちらを利用している。そして赤司君は、本来ならスクールバスが通っている地域に住んでいるからスクールバスで通うはずだったが、朝練や放課後練の時間帯と合わないとのことで、都内のバスを利用している。

まあ、そんなわけで、帝光中はスクールバスや徒歩・自転車で通学している生徒を抜きにしても、様々な交通機関を利用して通学している生徒が多いと言うことだ。当然、駅やバス停は毎日沢山の生徒で溢れている。

さて、ここまで話しておいてなんだが、皆様にはボクが何が言いたいのか見えないことだろう。すなわち…


「これどうぞー」

「体験授業できまーす」

「是非模擬授業参加してみてくださーい」


…そう、すなわち、塾の勧誘や告知が多いのだ。

駅のホームを出ると、わらわらと人が群がっている。あまりの多さに、少し眉を顰める。

チラリと前方に目をやると、丁度黄瀬君がいた。周りよりも背の高い彼の、鮮やかな金髪がひょっこりと群衆から抜き出ている。

こういうとき、黄瀬君のように存在感がありすぎると…


「いかがですかー!?」

「え。いや、それさっき向こうで…」

「こちらはいかがですかー?」

「え、いや、それもさっき向こうの方で…」

「うちの塾も是非体験してみてください!」

「いや、塾行く気とかないんで…」


ああやって、勧誘の格好の餌食となる。こういう時ばかりは、本当に影が薄くてよかったと思う。

すいすい、と人混みの中を進み、校門の前まで来る。校門の前は勧誘のピークだ。いくら影が薄くても、流石に辺り構わず差し出される広告には対応できない。だから、ここぞとはがりにミスディレクションを使い、ほんの一瞬視線を反らして広告を回避する。試合以外でのミスディレクションの活用法の一つだ。色々と便利な技術だと思う。

被害を逃れたら、後は人混みの流れに流されて校舎へ向かうだけ。少々時間はかかるが、下手に進もうとするよりは圧倒的に早く着ける。ボクはフッと肩の力を抜いた。


―――
――


「もう、懲り懲りっス」


ボクが更衣室に着いた約10分後、面倒臭そうな顔をした黄瀬君が更衣室に入ってきた。その手(腕?)には、数え切れないほどの勧誘のビラが抱えられていた。一体どれ程貰ったのだろう。

黄瀬君はうんざりとした様子でビラを更衣室の机の上に落とした。落とされた広告達は、一瞬山になったかと思ったら次の瞬間には雪崩を起こして、机上に無様に広がった。


「お疲れ様でした。今日も君は凄かったですね」


自分のロッカーを閉め、黄瀬君を見やる。やはり精神的に疲れたような顔をしている。黄瀬君の表情の中では、結構貴重なタイプの表情だ。本気でうんざりしている。


「何も押し付けなくてもって思うんスよねー。つーかまじ、ちょーいらねー」


ハァーと大きく溜め息を吐きながら自身のロッカーを開く黄瀬君。いつも明るい彼のこんなところを見ると、本当に自身の影の薄さとミスディレクションという技術に感謝したくなる。いや、感謝している、実際に。

黄瀬君は変わらず愚痴を溢しながら着替えをする。練習は早くしたいが、開始時間まではあと少しある。ということで、黄瀬君の愚痴を聞きながら、彼の準備が終わるのを待つ。


「そーいや、こーゆーのって、飴とか消しゴムとか入ってるのあるじゃないっスか?」


黄瀬君はふと思い出したように、Yシャツの釦を外しながら視線はそのままに言った。

ああいうビラは大抵透明な袋の中に入っていて、たまにその中に飴が入っていたり、消しゴムが入っていたりする。あとは、クリアファイルで渡されることもあったり。


「あー…、ありますね」


ボクは貰いはしないが見かけるので、素直に同意する。黄瀬君はそれを聞くと、Yシャツを脱ぎながら話を続けた。


「そーゆー奴って、飴とかだけ抜き取って、ビラは他人に押し付ける奴とかいますよね?」

「いますね、よく見ます。生憎ボクは被害にあったことはないですけど」

「でしょうね。黒子っち影薄いもん」

「ええ、おかげで君のように広告を沢山貰うようなこともありません」

「うわっ、羨ましい限りっスわ」


多分、この学校で一番ビラを貰うのは黄瀬君だろう。何せあの高身長にあの美貌だ。現役モデルだけあって、存在感も一般人とはかけ離れるほどある。彼はコートの中でも外でも視線を集めるような人だ。

ちょっとした皮肉を込めて言ったつもりだったが、彼は本当に羨ましそうな表情でそう言ってきた。やはり少し同情してしまう。その気持ちを反らすため、ボクは話を少し戻すために口を開く。


「っていうか、黄瀬君はビラオンリーの被害にあってそうですね」

「あっはは!生憎オレ、そーゆー類いの被害にあったことはな…」


バサバサバサッ


「「………」」


思わず沈黙。黄瀬君がYシャツを脱ぎ終わってロッカーに手をかけて開けると、先程の山の雪崩のように彼のロッカーから無数のビラが落ちてきた。それはもう、嫌がらせなんじゃないかと思うほどの量が。

今回ばかりは本気で同情してしまい、彼の様子を窺うように黄瀬の方を見る。


「えっと…、黄瀬君?さっき…、何て言いましたっけ?」

「………これさ、青峰っちの仕業?それとも紫原っち?」


表情は、散らばったビラ達を見つめるように顔が下を向いていたので分からないが、雰囲気が、何というか、…怖い。ボクらにはあまり向けられないような雰囲気だ。黒いと言うか何と言うか。だから思ったことを素直に言ってしまうのは、仕方ないことだと思う。


「………どちらも可能性はあるような気がします…」

「っスよねー…。でも紫原っちは可能性低いかな」

「そうですね。紫原君はどちらかと言えば、飴とかだけ取って捨てるかその辺置いとくかしそうです」

「オレもそう思うっス。ってことで青峰っちっスね。…後でブッ飛ばす」


最後の一言は聞かなかったことにしたい。かつてないほど低い声で呟かれたそれは、思わず背筋が凍った。黄瀬君は怒ると凄く怖いということが知れた。

何となく気まずい雰囲気が流れて、さてどうしたものかと思ったとき、タイミングを謀ったように更衣室の扉が開いた。


「っと。来てるぶんには来てたか」

「あ。赤司君。おはようございます」

「あ。おはようございます、赤司っち」

「ああ、おはよう、二人共」


入ってきたのは赤司君だった。よかった。これで青峰君だったらちょっと問題が起きたかもしれない。いや、もしかしたらちょっとどころじゃなかったかもしれない。

ほっと息を吐いて赤司君に向き直る。彼は机上の雪崩を見つめていた。


「…やはり広告被害に遭っていたか。大変だったな、黄瀬」


ここで名指しで指定するのは、恐らくボクの存在感の無さを察してだろう。それにしても、あの雪崩が黄瀬君のだとよく分かったなと思う。ここには他にもいくつか山があると言うのに。…しかも、黄瀬君の足元にも雪崩があるのに。

黄瀬君は赤司君の言葉を聞くと、「そーなんスよー、赤司っちーぃ。寧ろもう嫌がらせにしか思えないっスよー」と彼に泣き付いた。ガチ泣きではないけれど。そうやって抱き着いてきた黄瀬君を赤司君は「そうだな」と頭を撫でながら宥める。ちょっと待ってください赤司君、君黄瀬君に甘くないですか。そんなことを心の中で思いながら彼等を見ていたら、また扉がガチャッと開いた。


「赤司、黒子と黄瀬は来てたのか?」

「赤司ー、監督達来たー」

「赤ちーん、部活終わったらアイス食い行こー」


緑間君、青峰君、紫原君が其々赤司君に一言ずつ声をかけながら入ってきた。紫原君のそれは何だと思わないことはないけれど、それよりまずとりあえず青峰君空気読め。黄瀬君が怒り出したらどうしてくれるんだ。…と思ったが、どうやらそれは杞憂だったようで、黄瀬君は普通に彼等に「みんなも押し付けられたっスよね!?」と同意を求めている。


「ああ、それならそこのベンチに、」


緑間君がベンチを指差すので、それに促されるようにボクと黄瀬君の視線はそちらを向く。


「右からオレ、青峰、紫原のだ」


成程、あの山が青峰君達のだとしたら、机上の山は赤司君のか。赤司君が一発で机上の雪崩を黄瀬君のだと理解したのも頷ける。

というか、あのベンチの真ん中の山が青峰君のだとすると…


「じゃあこれロッカーに仕掛けたの、青峰っちじゃないんだ」


黄瀬君も同じことを思ったらしく、足元の雪崩を指差して青峰君を見る。すると青峰君は「んなことすっかよ」と顔をしかめた。


「つーかそれ、多分灰崎だぜ。オレが部室出るとき、お前のロッカーに何かしてたから」

「あの野郎…!」


また黄瀬君の雰囲気が黒くなったそのタイミングで、赤司君が「そういえば、」と口を開いた。


「今日のビラの中にアイスのサービス券あったな」

「そうなんですか?」

「うん。だから赤ちんに食べ行こって誘ったんだ〜」

「そうなんですか」

「あ。それオレも貰ったわ」

「オレもなのだよ」

「オレは3枚貰ったっス」

「じゃあ皆で放課後行くか。っと、黒子は?」

「ビラ自体貰ってないので」

「じゃあオレのあげるっス」

「ありがとうございます」


赤司君くんによって直ぐに放課後アイスを食べに行くことが決まった。まだこれから朝練だというのに今から放課後の話をしているのだから、少々気が早い気もするが、今から少し楽しみにしている自分がいるので何とも言えない。

それにしても…


「黒子はこういう時は得しないな」
「黒ちんのミスディレクションって、試合以外じゃ役立たないよね」
「テツってこういう時可哀想だよな」
「黒子の存在感の無さは、日常じゃ不便だな」
「黒子っちってこういう時損しますよね」


…ボクだって自覚してますよ。


損益:ビラを回避出来るが、たまに損をする。


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