△ 夢百合草 07
「雪!雪彦…ちょっと急いでお風呂焚いてきて!」
土間まで走り着くと、案の定異人さんの長い履物をしゃがみ込んで珍しそうに触っている姿が目に入った。
元服まであと数年だというのに、姉の目から見てもこの子はいつまでもあどけない。
年齢の割に身長ばかり伸びてもう大人並みの背丈なのに。
背が大きいことと喧嘩っ早い性格で上の年齢の子達とよく喧嘩になるようだ。
父親は違っても、生まれた時から子守りをしている私にとっては可愛くて仕方がない存在…なんて、最近特に生意気になってきたこの子には口が裂けても言わないけど。
雪彦は私の声を聞くと履物から手を放してものすごく嫌そうな顔をする。
いつもはお風呂屋さんに通っているので内風呂を焚くのは面倒なのは分かる。
「はぁ?風呂屋でいいじゃん、なんで俺が…」
「理由はあとで教えてあげるから、お願い!」
なんなんだよ、とまだぶつぶつ言いながらも雪彦は樽を掴んでもう一度外に出て行った。
蒔は値段が張るので家に常備しているのはもらってきた廃材や木材だった。
大きな武家屋敷か商家でもないと家には内風呂が無いのが普通だが、この家の元の持ち主が無類の風呂好きでこのお屋敷にも作ってしまったと聞いた。
かく言う私もお風呂は大好きだ。
体が綺麗になることもそうだけれど、何より気持ちが良い。
確かに私達も混雑するお風呂屋さんは苦手だけど、それでも早朝に行けば空いているものだし。
私自身時々この内風呂を使い、少しだけ焚いたお湯を使い体を拭うだけでもさっぱりするので好きだった。
出来れば毎日でも家でお風呂に入れればいいなとは思うけど、大量の水を日ごと運ぶのは時間もかかるし重労働なので内風呂を使うのは時々だ。
共同上水道の井戸が近くにあるので、雪彦もすぐに水を抱えて戻ってくるだろう。
その間に、と納戸から父の着物入れを引っ張り出して比較的新しくて綺麗なものを取り出す。
木綿の肌触りの良いものだ。
少し迷ったけれどあの服装のままでは洗うことも出来ない。
それを抱えて客室に踵を返した。
部屋の中に少し入っていた異人さんはその上着も脱いでいて、体中に着けていたあの例の帯を外しているようだった。
帯…!
「外しちゃって大丈夫なんですか!?」
焦ってその後姿に声を掛ける。
ふらつくようならその体を支えなきゃ、と思ったけれど、予想に反してその足取りはしっかりとしたものだった。
今度は異人さんが少し首を傾げたような気がした。
あ…、なんか、大丈夫そうだ。
黒い帯は矯正の為じゃなかったみたいだ。
でもそれならそれでよかった。
少し佇まいを直してから、帯やらもその上に載せて手元の着物を差し出す。
「家には西洋のものはないので…こういったものしかないんですが。
…どうでしょう、着てみますか?」