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 夢百合草 03

ふと彼が倒れていた波打ち際に目をやると先ほど夕日に反射していた刃物のようなものが目に入った。

お侍さんたちが持つ刀の様に大切なものかもしれないと、その刃物を拾いに行った。

波の上でキラキラとしていたその剣は見た目より軽くかった。
刀のように片方が刃物になっていて、切れ目のような線が何本か等間隔に付けられている。
少し幅広で薄いその剣は刀とは違って、手元から先まで同じ長さに幅が作られている。

持ち上げてみると手の中でその先の方がしなる感触がした。
柄の部分には指を入れる穴が開いていて、黒い可動式の取っ手が付いている。
指を入れる形のところも動きそうだ。
これが一体何の為の装置で、どういう仕組みなのか。
それは全く分からないけど、柄の部分から続いている黒くて固い紐は途中で切れてしまっていた。

きっとこの人がいた町にはもっと色んなものがあるんだろう。

西洋ではこんな変わった刀を使うのだろうか。
服装から顔立ちから、本当に海の向こうには違う世界が広がっているのだと改めて感じた。

その剣を海水を払ってから持ち上げて、異人さんのもとに戻ろうとすると、さっきまで反応もなかったその体が動いて、辛うじて起き上がろうとしている目に入った。


「…!」


良かった…!


「気が付きましたか!?よかった…、どこか怪我とかしてないですか!?」


思わず着物が汚れるのも構わずその横まで駆け寄り、今しがた拾い上げた刀を砂浜へ置いた。

まだぼんやりと視線を漂わせるその瞳が、走り寄る私を見上げる。


一瞬その瞳の色に目を奪われた。

灰色のような、青く澄んだ空のような色。
目元を縁取る睫毛より瞳の色が薄いなんて、日本人ではありえない。

見慣れないそれは不思議で、異国的で、綺麗だ。


だけど見る限り大きな外傷もなさそうだ。
よかった。

戸惑うその瞳が私の顔を見て、ついで上から下まで見てから戸惑ったようにその眉間に皺を寄せた。



なんだろう、と思っていると、少し血の気が失せているその唇が動いた。


『…妙な恰好をしているな、何かの衣装か?』


…!

この人の顔立ちからして分かっていたことだけど。

や、やっぱり日本語じゃない…!

その怪訝そうな瞳が私を追い越して、海の反対側に広がる民家と山を見渡している。



『どこだここは……?』



え、えっと、どうしよう、


大丈夫ですか。
気分はどうですか。
立てますか!?


こういう時オランダ語でなんて言うの!?

お母さん…!
こういう時のためにちゃんと聞いておけばよかった!


「と、取り敢えず、私の家に行きましょう。
母がオランダ語話せるんです。そこで詳しく聞きますから!」


『…?』


眉を寄せた表情。

当たり前だ、言葉が伝わらないんだから。
でもここは雰囲気でも伝えないと。


「さ、行きましょう。立てますか?」


自分が先に立ち上がり、異人さんの目の前に手を差し出す。

どこか怪我しているかもしれない。
私だと頼りないかもしれないけど、家はすぐそこだ。
肩を貸せばなんとか行ける気がした。

その人は透き通った水みたいな澄んだ色の瞳で、私の手を見てからもう一度顔を見上げた。

警戒心が強いその姿と鋭い眼差しは、なんだか手負いの獣を思わせた。


もしかしたらこの人は初めて庶民の日本人の女というものを見たのかもしれない。
出島にいる女性といえば綺麗な恰好をした遊女たちだけだから。


何を言っているのか分からないのは不安だろう。

危害を加える気なんてない。


「どうぞ、捕まってください。お手伝いしますので大丈夫ですよ」


大丈夫、その思いを込めて、その瞳に微笑んで見せた。



  


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