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 夢百合草 01

――――わたしが”それ”を、

いや、その人を見つけたのは時々頼まれている給仕の仕事を終えた帰り道だった。






手伝い先の女中さんたちからおすそ分けしてもらった野菜が入った風呂敷を抱えて、土と海辺特有の砂とが入り混じった道を草履を汚さないようにして歩く。

子供のころからよく草履を汚しては母に怒られていた。


寄せては返す波音。

潮風がまとめた長い髪のおくれ毛を靡かせる。
海岸沿いはいつも風が吹いて心地良い。

捲れる着物の裾もそのままに、相変わらず人通りのない夕暮れのその道を歩いていた。

お手伝い帰りにこうしてわざわざ遠回りして家路に着くのが好きだった。





東京がまだ江戸と呼ばれていたころ。

長崎の港に人口の島が造られた。


出島と呼ばれたその島は、当初は貿易相手のポルトガル人を監視するために作られたそうだけど、今ではその貿易の相手はオランダへと取って代わっていた。

キリスト教を布教して回っていたポルトガル人達が発起して幕府に逆らったけれど反対に鎮圧されて以来、ポルトガルとの貿易は終わったと聞いた。

それも私が生まれる随分前の話らしいので、詳しくはよく分からない。
今も続いているオランダとの国際交流はさぞかし有益なものなんだろうと漠然と感じていた。




出島では100人ほどの人間がオランダ人相手に商売や世話のために出入りしている。
敷地内に住み込む人もいれば、外から通う人もいて職種も働きようも様々だ。


遊女以外女人禁制とされるその敷地内。

江戸時代後期、長崎には丸山遊郭という幕府公許の遊郭が存在した。


丸山遊女上がりの私の母は、元々はオランダ人の相手をするために出島に足を踏み入れた。
その内でも最も地位が高かった男性、オランダ商館長と親密になった母は彼との間に私を身籠ることになる。


数年後、オランダ人の父は任務を終えて故国へと帰っていたらしいが私の記憶にはその顔も姿もない。

帰国する前に父は長崎奉行に私達親子の滞在する屋敷や生活を託していったそうだから、両親の関係は一時の色ごとだけではなかったと思いたい。

その後母は日本人の男性と再婚し、数年後二人の間には私の弟が出来たけど、その継父は現在役人として江戸でお役目をしている。



数年の間にオランダ語を習得していた母は、語学に堪能な一人として今でも出島の役人から度々呼び出されるようになっていた。

男性ばかりが行き来するその島で、遊女以外は私の母だけが例外として昼も夜も無く出入りを許されている。

遊女に関しての知識があるのが重宝されるのか遊郭とオランダ人間の交渉等をしていたみたいだけど、今ではそれに留まらず貿易の書類作成の手伝いもしているようだった。

当時の長崎奉行も母のことを気に入っていたらしく、数年で交代する任務の間に充分過ぎるほどの待遇を手配してくれていた。
現在滞在するお屋敷も小さい規模ながら立派なもので、家族三人で暮らすには充分過ぎるほどの広さだといつも思う。


…難を言えば掃除が大変なくらい。


こんな話は、私が物心ついて母の紹介で丸山遊郭でただの給仕係として働くようになってから遊女の皆さんからやっと聞きだしたものだ。
遊女のお姉様方は長崎を飛び越して日本中、更には西洋中のことを知っているんじゃないかと思うくらい情報通で、博識だった。


母は当時売れっ子の遊女だったらしい。

母本人の口からは詳しく聞いたことがない、私の実の父の話。

堪能なはずのオランダ語を私には全く教えないのには何か意味があるんだろうか。

出島周辺や丸山遊郭には、私の様な混血児が少なからずいるようだった。
見た目が異人寄りな子も中にはいたが、私の場合はどちらかと言うと日本人寄りの見た目らしい。

遊郭のお姉さん方によると私は多少色白で目鼻立ちがはっきりとした日本人、に見えるそうで、普通に生活している中でも特に異質な目で見られたり、いじめられたりなんてことはなかった。

東北出身の人は色白の人が多いそうで、手伝い先のお客から東北出身か、なんて訊かれることもしばしばある。

知っている人に言わせると面影が母の若いころにそっくりなんだとか。

丸山遊郭でお手伝いをしたり奉行先やお武家様のお屋敷でも臨時の給仕として働いたり。
顔の広い母の娘、ということで今のところ仕事先には困っていない。

混血児は通訳として働くことが多いという中で私は語学にはからっきしだった。







波の音が辺りを包んで、日が傾きだした夕暮れ時。
夏も終わって秋が近づく気配がしていた。

着物の袖を握りながら風に乗ってアキアカネが飛んでいくのを眺めていた。

ゆっくり海辺を歩いていたけれど、夕餉の支度をしなくてはと家へ帰ろうと回れ右をした。



異変を感じたのはそのとき。


「……?」



眩しいくらいの西日が打ち寄せる波間でちかりと何かに反射した。


その光がやけに眩しくて浜辺へ向き直った。
自分が歩いている道からは海面は少し下り坂になっている。


その場所を見下ろした瞬間、はっと考える間もなく駆けだしていた。



    


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