△ 夢百合草 19
一応お客様ということでリヴァイさんの分の膳を持って板の間へ上がると、奥の廊下から雪彦とこちらへ戻ってくるその姿が見えた。
奥の廊下は庭へと繋がる縁側や物置に通じている。
雪彦が言い出したのかリヴァイさんが聞いたのか分からないけれど、家の中を見て回ったのだろうか。
その顔色は昨日に比べるとほんの少しだけど良くなったようにも見える。
…よかった。
居間の前の廊下で二人と顔を合わせた。
着物も肌に馴染んでいるようだ。
渋めの色合いが良く似合っている。
肌触りの良いものを来てもらってよかった。
まだ少し胸元が肌蹴たままのリヴァイさんの着物が目に入るけど、極力見ないように努めた。
え、えっと、そういえば着替えはいるんだろうか。
まだ横になるようだったら寝衣のままでいいし。
それは聞ける自信がないからあとでお母さんに訳してもらおう。
「リヴァイさん、おはようございます。
朝餉はお部屋と、居間と…どちらで召し上がりますか?」
膳を掲げて見せて、客室と居間へ交互にそれを向けて見せる。
そのお椀の中を少し覗くようにしてからリヴァイさんは答えた。
魚も小さい一切れにしたけど食べられるかな。
『……食事か?あまり腹は空いていないが、部屋に置いてくれて構わない』
「……」
客室の方を顎で指示したので間違いないと思うけど。
その返事を聞いて、思わず雪彦と顔を見合わせる。
「今のは客室、って言ったんだよね」
「うん俺もそう思う」
よし、間違いなさそうだ。
そのまま居間を通り過ぎて客室の敷居の内側に膳を置いた。
ふと気付くと廊下側に昨日の食事の膳が置いてあった。
中身は綺麗になくなっていて、ふわっと胸が軽くなった。
昨日の分も少なめにしたけど足りていたんだろうか。
「食事足りなかったら言ってくださいね、今お茶も淹れるので持ってきます」
空いた食器を片付けながら客室の外の廊下に立っているリヴァイさんにそう伝えると、その瞳がしっかりと私を見つめていた。
この人の瞳は、心臓に悪い。
「あ、あの、なにか…要りますか?」
やっとの思いで口を開く。
その真剣にも見える表情に胸が静かに音を立てた。
この慣れない空気に緊張しているんだろうか。
『……言っても分からないだろうがな』
え、な、なんだろう。
その視線に答えるように背筋を正すと、それにも気付かずにさっさと居間に向かって歩き出していた雪彦が見えた。
雪、ちょっとすぐ行っちゃわないで!
何言ってるのか一緒に聞いてよー!
と内心雪彦を呼ぶがそんな心の声が届くはずもなく。
リヴァイさんは徐にもう一度口を開いた。
『俺も自分がどうしてこの場所にいるかは分からないが、お前たちのおかげで多少なりとも助かったのは事実だ』
なんだろう、手がかりがなさすぎる。
それになんだか単語単語が長い、気がする。
どういう文法なんだろう。
どこが単語の区切りかさえも聞き取れない。
長い文章を話しているんだろうか。
お手上げ状態の私は彼の瞳を見つめ返して、彼の言葉が終わるのを見守ることしか出来なかった。
『食事も見たこともないものばかりだが、文句は言ってられないしな。
…慣れれば食えないこともない。いや別に不味いわけじゃねぇ』
どうしよう。
間違いなく私に対して話している。
取り合えず頷けばいいんだろうか。
あ、でもこの人の文化はもしかしたら愛想笑いもない文化かもしれないんだった。
それなら下手に分かったふりをするのは失礼かも…?
異人さんにどう反応すればいいかなんてさっぱり分からない。
答えが出ないまま頭の中でグルグルと思考を巡らせていると、鋭かった彼の目付きが一瞬、ほんの一瞬だけ攻撃的なものじゃなくなった気がした。
『なんだかまだよく分からねぇが、
………礼を言う。』