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 夢百合草 17

柔らかな物腰の母が厳しく言う声には決まって私達を心配する色が含まれている。
肯定するようにその目を見つめ返しながらしっかりと一度頷いた。


分かってる。

異人も人間で。


日本人の中にも常識や言葉が通じない人たちがいるのだから日本にやってくる異人の中にも変な人達がいるのは当然のことだ。


「……うん、この人はきっと大丈夫だと…思います。」


「そう」、と短く答えながら母は居間へ入っていく背中を見ていた。
いつもは向こうで軽く食べてくるけど、今日はどうだろう。

食べるのであれば用意をしようと土間と居間の中間で母に声を掛けた。


「お母さん、ご飯は食べたの?雑炊もあるし、今日は内風呂も入ってるよ」

「…内風呂?」


またその不思議そうな声を聞いて、あ、と思った。
内風呂を入れるのも珍しい。

なんだか普段なら無いような出来事が続いて報告するのも気が引ける思いだった。

居間へ消えたはずなのにその返事がまたよく聞こえたので、母の声は聞こえないけれどもう一度廊下へ振り返ったと分かった。


「…そう。なんだか甲斐甲斐しいですね。
……好みだったの?」


…雪といい、お母さんといい。
どうしてそうなるんだろう。

軽く食べたいという母の為に雑炊を用意しながら、だけどその言葉には返事をしなかった。

椀よそった雑炊と少しの付け合わせの漬物を膳で運び、居間で腰を下ろした母の前に据えた。


「…俄然興味が湧いてきました。明日の朝が楽しみね」


少量の夜食とも言える雑炊を口に運びながら、母が静かにそう呟く。
私は灯りの横で繕い物をしながら、また返事をしないでいた。

なんて返せばいいのかも分からない。
そんなんじゃない、とムキに否定しても何枚も上手な母にからかわれる気がしていた。

ふと思い出したように母が椀を膳に戻した。


「でも、変ね。出島では人を探すような騒ぎもなかったと思うけれど。」

「え…?」


てっきり入り江内で船の事故でもあったのかと思ったのに。
出島に在留する人々は登記が必要で、一人ひとりの名前や役職の表記もしっかりと管理されている。


「その彼は何か言ってた?日本語を解するの?」


日本語。

彼は全く分かっていないようだった。

それどころか出島に来る異人なら少しは知識があるであろう市内の様子や町民の服装を目を見開いて伺っていたことを思い出す。


「何かは言っていたけどオランダ語だけだったから分からなかったの。
なんだか困っていたみたいだからお母さんに聞いてもらおうと思って…」


彼に一体何があったんだろう。
あんな波間で意識を失って倒れていた。

出島ではまだ彼の不在に気付いていないということだろうか。

不安そうに思わず手を止めた私を母はじっと見ていた。


「とりあえず明日、彼から話を聞いてみましょう。もう遅い時間ですから、あなたももう休みなさい」

「はい……」


そう返事はしたもののすぐには眠る気になれず、内風呂へ向かった母を見送ってからはちっとも進まない繕い物を置いて鍋や食器の片付けなんかをしていた。

長風呂の母が出るまで起きていたらまた心配させてしまうので重い足取りで土間から上がった。
反対側の廊下の客室からは相変わらず何の物音もしない。

ちらりとその襖を見てから浴室を通り過ぎ、最奥にある家族の寝室へと向かった。



  


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