△ 夢百合草 16
トッ、と足音を鳴らして客室への廊下を進もうとする母を思わず制止した。
「お母さん、お願い。
きっと悪い人じゃないから、話は明日になってから聞いてあげて…!」
灯りもつけない薄暗い夜の廊下で母はしなやかに振り返った。
母の所作にはいつもどこか淑やかさと色気がある。
私にもそれが少しでも身につけばいいのに。
私がそう言うと、振り返ったその表情がふと優しくなった気がした。
「…なぁに、随分心配そうに言うのですね。
とりあえず相手に無理矢理丸め込まれたわけじゃないということかしら」
なんだかその口元は小さく微笑んだようにすら見えた。
その足は廊下を進もうとはしておらず完全に立ち止まっている。
これには私の方が拍子抜けしてしまった。
ん?
もしかして私説得出来ちゃったの?
「え…?あれ、いいの?」
「ふふ、追い出してほしいのですか?」
「えっ、だめ!せめて今日一日だけでも…!」
「仕方ないですね」、と言いながらも母の口調は優しかった。
足を止めていただけだった母は、今度こそ向きを変えて廊下を戻ってきた。
「今日はもう夜も更けていますしね。
明日も私は島へ出向かなくてはいけないので、その時にそのナツが連れてきた人が動けるようだったら一緒に連れて行きましょう」
その言葉を聞いて、玄関近くで固まっていた私はやっと肩から力を抜いた。
「ありがとう、お母さん…。」
ほっと短く息を吐いた私に、母は少し目付きを強めた。
「今回はあなたに免じて特別に、ですよ。
前から言っているように異人の中にも不届き者はいますから。
ナツ、あなたには出来るだけ色んな人間を見るように経験させてきたつもりです。
その中で……この人は大丈夫だと思うのですね?」