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 夢百合草 15

その日は家のお風呂に入れるということでお風呂屋さんに急ぐこともなく、随分ゆっくりと夜を過ごした。

雪彦も布団に入ったので、私も内風呂で湯浴みを終わらせた。

顔を上げると客室へと続く廊下が目に入る。
そんなに心配なら見に行けばいい、か。

なんだかそわそわしてしまうのはどうしてだろう。

他人が家にいることで緊張しているわけではない。
…と思うけど。

水を飲みにでも出てくるかも知れないと思うと無意味に身なりを整えてしまう。

あの人はもう寝たのだろうか。
体調は大丈夫かな。

言葉が通じないので少しでも必要なものがあれば先回りして助けてあげたいと思う。

言葉、かあ。


そういえばお母さんはまだかな。
あまり深く考えていなかったけどなんて説明しよう。

今回は猫のように元いたところに置いてきなさいとは言われないと思うけど…。

そう思った時、丁度良く玄関の戸が開く音がした。


「帰りましたよ、ナツ。…あら?」


お帰りなさいと言おうとして、その不思議そうな声を聞いてはっとした。

雪と全く同じ反応。

あの長い履物だ。
まだあそこに置きっぱなしだったことを思い出した。


どう切り出そうかと思っていたけどその手間も省けたと言うべきか。

湯上がりの寝衣のまま、土間へと向かった。


「お帰りなさい、あの、そのことなんだけど」


そのこと、と言いながら草履を脱ぐ母の隣へ膝をついて姿勢を正す。
長い履物をちらりと見ながら言うと母は少し顔を顰めた。


「どうしたんです、この履物。
珍しい形だけどこれも西洋のもの?」


まだ余裕そうな母を前に一瞬だけその先の言葉を躊躇った。

淡い色の着物がよく似合う、いつも穏やかで優しい母。

物腰もいつも柔らかで、怒るときにも怒鳴ったりしない。
ただなぜ母が怒っているかの理由を延々と説明してくる。

私たちの為に言っているのよと話の中で何度も繰り返すけれど、それも実は彼女なりに感情的なのを隠そうとしているだけなのを私たちはもう知っている。

どんなにこちらが分かった、もうしませんと言っても結局は母の気がすむまで何時間も説教されることになる。

滅多なことでは怒らないけれどそれでも怒りの物差しがしっかりとあるようで、私と雪彦はその逆鱗に触れないようにしていた。


「えっと…」

「拾ったの?明日届けてあげなきゃいけませんね」


確かに異人さん達の落とし物は時々ある。
許可があれば役人が同行して異人たちが町を見にくることもあるし、近くの海岸には出島からの漂流物が届いたりする。
もっぱら流れ着くのは一つだけの履物だったり、西洋の食べ物でも入れていたような小さな樽だったりするようだけど。

町には海の向こうの文化が少しずつではあるけど見られるようになった。
肉料理だとか、よく分からない嗜好品だとか遊びだとか。
元々新しいものに抵抗がない港町の人達が少しずつ生活の中に取り入れ始めたようだ。




海辺で、拾った。


それは間違いない。


「…うん、そうなの。海で拾ったの。
あの……、本人も一緒に」


嘘をついても仕方ない。

少し小さく呟いた私のその言葉に、草履を整えた母は顔を上げた。


「本人…?なぁにナツ、どういう意味?」


しっかりと説得することができれば、逆鱗には触れないはずだ。


「お母さん、そのままの意味よ。
この履物は彼の持ち物で、私が海で見つけたときにはとっても具合が悪そうで、だから…」


そう言いながら客室に目を向けると、母は土間から板床へ上がってきた。


「ナツ、まさかとは思いますが…そこにいるの?
連れて帰ってきたということ?」



  


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