△ 夢百合草 12
そして一瞬沈黙が室内を包む。
伝わらなかったのかな。
それとも名前は言いたくなかったりして。
言っちゃいけない文化とか。
…世界には色んな国があるんだろうし。
「今のでもだめか?分からねぇのかな」
痺れを切らして雪彦が声を出したとき、ふと異人さんが息を吸った気がした。
思わず私も雪彦も彼を見つめる。
夕暮れ時の静かな部屋に、その落ち着いた声だけが響いた。
「……リヴァイ」
「ん?」
咄嗟に声を上げた雪彦と同じように私も一瞬驚いた。
名前、だよね?
まだ反応が薄い私達二人をその人は見比べてもう一度同じ言葉を繰り返した。
『………リヴァイ、だ』
今度ははっきりと聞こえた。
これはこの人の名前だ。
間違いないと思う。
忘れないうちに何度も聞こえた音を反芻する。
ば、じゃなかった。
ヴァ?
………リヴァイ、さん。
聞いたこともない、不思議な音の名前。
異国の名前だ。
彼の国には他にもきっと日本では聞くこともない名前の人がいっぱいいるんだろう。
「りばい?リバイって言うのか。変な名前!」
雪彦は異人さんに意味が通じたからか少し嬉しそうに声を出すと、止める間もなく私の手をすり抜けてもう一度その人の元へ一歩近付いた。
「特別にここで食っていいからな!リバイ、瓜も食べろよ」
雑炊が乗った膳を見せてどういったものか説明してあげるみたいだ。
その二人の様子を見つめる。
目付きも悪くて不愛想な人だけど…。
雪彦の話もしっかり聞いてくれているみたいだし、私に対する態度にしても不誠実だとか見下しているわけでもない。
異人さんによっては日本人のことを嫌う人もいるそうだけど。
このひとは人間として大丈夫そうだ、と密かに思っていた。
正直なところ、この人の態度次第ではすぐに役人に報せることも出来た。
だけど雪彦の少し嬉しそうな顔を見ていると間違っていなかったのかなとホッとする。
父親とも年に数回会うだけの、大人の男性と接する機会が少ないこの子にとっては黙っていられない展開なのかもしれない。
しかもそれが珍しい異人さんと来たら、好奇心が抑えられないのも無理ないかもしれない。
…言葉が通じないことも雪にとっては大きな問題ではなさそうだ。
だけど、まずは彼には休んでもらわなくちゃいけない。
雑炊に入っている野菜と瓜の説明をし終えた雪彦の手を捕まえて、促すように立ち上がった。
「…リヴァイさん。」
そっとその名前を口にすると、なんだか気恥ずかしさを感じつつ少し不安にも思った。
発音は合っているだろうか。
本当にこれはこの人の名前なんだろうか。