△ 夢百合草 10
なんだかその場面ばかりを思い出してしまう頭を振って、一度客室に戻り異人さんに貸す着物と平織の水を吸いやすい布なんかを一緒に脱衣室へ置いておいた。
そのまま土間へ戻り消化が良い食事を作るためにかまどに火を入れる。
鍋の中に今朝の残りのお米を移していると、引き戸を開けて雪彦が戻ってきたようだった。
「ねえ、なんなんだよ異人って。
なにがどうなって家まで連れてきたんだよ」
そちらには振り向かないまま、鍋に水を足して野菜の準備を始める。
「あのね…あ、やっぱり少し傷んじゃったかな。
異人さんはね、海岸で見つけたの。具合が悪いみたいだから無理させないであげてね」
風呂敷を解くとほうれん草なんかはすこししんなりしてしまっている。
異人さんに肩を貸しながらも小脇にしっかりと抱えてきたものだ。
「海岸で!?」
意味が分からない、と弟が声を荒げるけどそれもいつものことだ。
「姉ちゃん本当にうちで介抱する気なの?悪い奴だったらどうすんの?
俺やだよ、匿って出島役人なんかに捕まったりしたら」
手早く流しの上で他の何種類かの野菜を濯いで食べやすく切っていく。
…役人に捕まる?
そんなこと考えてなかったけど。
「捕まらないでしょ、いざとなったらお母さんに話してもらえば大丈夫よ」
たぶん、と付け加える私に雪彦は更に詰め寄って、夕餉の支度をする私の後をついて行ったり来たりする。
…こういうところは小さいころから変わらないんだよなぁ。
一緒にもらってきた小さな梨や真桑瓜は早く食べた方が良いみたいだ。
瓜は夏が旬なのでそろそろ食べられなくなる。
…西洋には瓜はあるんだろうか、さっぱりするので食べてくれるといいけど。
「雪、夕餉は雑炊でもいい?白米が良いなら残しておくけど」
そう聞くと、雪彦は「なんの雑炊?」と手元の鍋を覗き込んでくる。
雑穀と野菜たっぷりのそれを見て、それでいいと頷いた。
ぐつぐつと火にかけていた雑炊が良いころ合いに煮えてきたところへ軽く味付けをした。
あの人はそろそろお風呂から上がるくらいだろうかと思っていると、浴室の方で引き戸をあけるような音がした。
丁度いい頃合いだったみたいだ。
彼の為に置いておいた着物と、ちらりと見えたその肌を思い出してはっとした。
思わず雪彦に声を掛ける。
「あ、雪…あの、異人さんに着物の着方教えてあげてくれる?たぶん帯とか分からないと思うから…」
着物が肌蹴た状態で出てこられても目に毒だ。
「えー、なんで俺が!」
「私が男の人の着物に手を入れるわけにはいかないでしょ」
そう言って火加減を見るふりをして弟から目を逸らした。