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 夢百合草 09

異人さんは土間に着くと併設している台所のかまどや甕なんかを見渡した。
そして飲み水なんかにしている水瓶を見つけると、蓋の上に置いてあった柄杓を手にしてその水を少量すくった。

喉が渇いていたんだろうか、と思うとその水をかまど横の流しの部分で手に掛けて擦る仕草をした。


『……分かるか?
風呂なんてなくてもいいが、井戸くらいはあるだろう』


その水で服についた砂なんかを少し流すようにしてみせた。

やっぱり、この仕草で間違いない、と思う。
体を洗いたいんだよね。

海水は乾くとどうしてもベタベタして気持ち悪くなる。


「分かります!体を洗いたいんですよね?お風呂なんですけど、今弟が用意していて…」


何を言いたいのかは分かっている、と伝えたくて頷いて見せるが一瞬言葉に詰まる。
風呂の説明を、しかも弟が準備しているなんて言葉なしで上手く出来る気がしない。

お風呂はまだ用意が出来ていないはずだ。
それでも雪彦が今頃水くらいは張った頃だろうか。

そう考えたとき、不意に外から木に火をつけたような煙の匂いがしてきた。

これは実際に見せる方が早そうだ。
まだ水のうちなら水底の板も見せやすい。


「異人さん、お風呂はこちらにあるんです。もう少しでお湯も焚けると思うんですけど」


身振り手振りで、どうにか着いてきてもらうことが出来た。

客室とは逆の廊下を通ると浴室はすぐそこだ。
内風呂へと続く引き戸は雪彦が水を入れに来たときに開けたままにしていたらしく、浴室の前の小さな脱衣室の前まで来ると湯船がすぐ見えた。

浴室内を見せるように中へ促して、屋根近くに小さく開けられた換気窓から見える煙を指さす。


「今弟が外の釜に火を入れてるんです。この水がお湯になりますよ」


小さいけれど見た目だけは立派な木の湯船に手を掛けて、張られた水をさっき異人さんがしたみたいに手ですくう。

木桶の底だけは鉄で出来ているので熱の伝わりも早い。

既にぬるく感じるその水を、底から掬い上げるようにして温度を混ぜた。


「浴槽の底に板があるんですが、その下は鉄なので熱くなります。火傷しないように気を付けてくださいね」

こう言ってどこまで伝わるのか。
底の板を持ち上げて見せると、異人さんも同じように湯船を覗き込んで水に触れた。


『……これが風呂か。面白いことを考えるな』


上がり調子でもないし、私のことを見るわけでもない。

『…悪くない』

これはどちらかというと独り言に近いんだろうと思った。


「姉ちゃん?そこに誰かいんの!?」


外にいる雪彦が浴室内の会話を聞いて驚いたように声を掛けてきた。
異人さんもその声を聞いて顔を上げる。

そうだ、雪彦にも説明しなくては。


「うん、ちょっと異人さんが来てるの。お風呂ありがとうね雪彦」

「…はぁ?異人!?姉ちゃん、なに言ってんの!?」


外から続けてぎゃんぎゃん騒ぐ弟はそのままに、浴室から出ようと立ち上がる。

一度一緒に外に出て何かを食べてもらおうかと思ったけれど異人さんはその場から動かずに、着ていた白い薄い服に手を掛けた。


…!

「あっ、いま入られます?えっと、じゃあ私出ますね!」


今にも全てを脱ぎだしそうなその雰囲気に、私は焦って浴室を飛び出た。
木製の引き戸をぴしゃりと閉めるけど、ちらりと見えた肌が頭から離れなかった。


びっくりした…、

何も言わずに脱ぎだすんだもん。


夏場には近所のおじさんたちの上半身だって日常的に見慣れているはずなのに。
なんだかそれとはまったく別物の気がした。

あんなに鍛えられている体はお侍さんでも中々いないんじゃないだろうか。
服の上からはそうでもなかったのに実際は胸板も厚くて。

私は女なのに、一瞬でも男の人に見とれてしまうなんて…恥ずかしい。



  


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