△ 夢百合草 08
異人さんはそう言った私をまた少し不思議そうな表情でじっと見てから着物を手に取った。
畳んであった深い青色のそれをぱらりと広げ、上から下までしげしげと眺めている。
興味はあるみたいだ。
嫌そう…ではない、かな?
左右の袖の部分を掴んで表裏を交互に眺めるその人に、黒に近い色の帯を伸ばしてその広げられた着物の腰の辺りに当てて見せた。
「これをですね。このあたりでこう、ぐるっと巻いて止めるんです。」
そう言ってから自分の帯も見せてみる。
男性と女性の帯を巻く位置は少し違うけれど、着てくれるようならそれは後で直せばいい。
異人さんは何かを考えるようにしてから広げていた着物を元の形に畳んでしまった。
と、いうことは、やっぱり着物は嫌だったかな。
確かに見慣れないものは難しいよね…
じゃあどうしようかな、と考えながらその畳まれた着物を受け取ろうと手を広げるが、一向にそれが渡される気配はない。
……?
不思議に思ってその人を見上げると、その綺麗な形の唇が動いた。
『これは有難く借りておく。』
な、なんだろう、と思うけどその整った顔から目が離せない。
まだ血色はいいとは言えない。
やはり何か食べてもらった方が良さそうだ。
『着方もさっきみた男の様子とお前の服でなんとなく分かる。
だが今の状態で着ては汚れるから、水でもいいから体を流すべきだな。…水場はどこだ』
この人なんだかいきなり早口…!
なんだろう、何かを伝えようとしているんだよね。
今度ばかりはヒントも何もないので分かる気がしない。
「あの、ごめんなさい、分からないです…。なんでしょう」
『……水だ』
う、またこの怪訝そうな、面倒くさそうな表情。
なんとなくこの人は笑ったりだとか表情豊かではないことは分かってきた。
少し頑固そうで、芯が通ってそうで、取り乱したりしない。
…九州男児みたいだ。
どこの国も男の人ってこうなんだろうか。
『………ちっ』
異人さんは埒が明かないと思ったのか、手に持っていた着物と帯を茶色い上着なんかと一緒に床に置いて、くるりとその場で体の向きを変えた。
…えっ
今のってまさか舌打ち?
苛ついているような、不機嫌そうな表情。
この人ちよっと怖い人なのかも…!
あ、でも不機嫌そうなのは初めからだったような。
西洋でも舌打ちするんだろうか。
こんなことが世界共通なんて、それって大発見。
でも分からないものは分からないし…。
力になりたいと思うのに、なんだか申し訳ない。
あ、って、どこに行くの?
「異人さん?あの…」
その人は元来た廊下を土間の方へ戻っていく。
え、な、なんだろう。
出て行く気?
あ、でも荷物は置いて行ってるし…。
横目で彼の上着諸々を確認して、慌ててその背中を追いかけた。