△ ルピナス
…が好き。
手が好き。
彼の、香りが好き。
仕事に対しての姿勢は好きだけど、心配になることも多々ある。
いつも忙しく業務をこなして、自分の休息や趣味の時間なんて皆無に等しい。
必要かなんて考えもしていないみたいだ。
ベッドの中でもゆっくりしているリヴァイはあまり見たことがない。
たまに一緒に夜を過ごしても彼より早く起きられたことがない…。
まだ夢の中で微睡むエマに声が降って来た。
「オイ、出かけるぞ」
事前の確認などなにもなかったのに、さも当たり前のようにリヴァイが呟く。
リヴァイの声だというのは分かるけれど体がどうにも動かない。
エマの伏せていた長い睫毛がゆっくりと動いて、
更にまたゆっくりと何度か瞬きをする。
それから顔の横にあった手を少し伸ばして見たりした。
色白の肌に朝日が当たり肌のきめ細かさを際立たせる。
その仕草を腕を組んで見ていたリヴァイは、でかい猫みたいだな、と思った。
水晶玉みたいなヘイゼル色の瞳がリヴァイの姿を探すように一瞬動いて、そこに姿を見つけると嬉しそうにその目尻が垂れた。
そんな顔を見せられて無表情のリヴァイの目元も少し緩む。
こんな微妙な変化もエマにはしっかりと見えていたのでブランケットに包まったまま、今度こそふわりと小さく笑った。
「おい…聞いてんのか」
大きな窓から差し込む朝日の中で私服姿のリヴァイがベッド脇に腰掛けて、スプリングが静かに沈んだ。
無防備で幼く見える。
いつもの印象とは違うエマを見るのは興味深い。
「…ん、でかけるの?…どこに…?」
そう聞きながら細い指でエマは自分の目を擦るので目の周りの白い肌が赤くなっていく。
リヴァイは無言でその手を止めさせ、目にかかっていた髪の毛を避けてやった。
これがくすぐったかったのだろう。
そのまま髪を指で軽く梳くと、気持ち良さようにまた目を細めた。
何をしても文句も言わずされるがままなのは寝起きの時くらいだ。
全く、悪くない。
エマは、少しはっきりしてきた頭でリヴァイを見つめていた。
長い髪のせいでくすぐったかったりする目や頬を擦ると、ほとんどこうして気付かれて手を掴まれて止められる。
これはいつからかリヴァイの癖のようになっていた。理由はよく分からないけれど、二人の決まりごとみたいで悪い気持ちはしなかった。
すぐ近くに腰掛けるリヴァイに目をやる。
飾り気のないシャツに暗い色のパンツ。
足元には柔らかい素材の皮靴。
団服とは違うその雰囲気も好き。
私はあまり朝は強い方ではないので、リヴァイとは何もかもが正反対だ。
寝ぼけ眼でそんな彼を見つめて、その横顔に思わず見惚れてしまう。
…なんでこんなに綺麗な顔してるんだろう。
鼻の角度も、薄くて形の良い唇も、
少し不機嫌そうな眉の形も、
ビー玉細工みたいな綺麗な色をした瞳も。
全てが計算し尽くされたように秀麗だと思ってしまうのは惚れた弱味なのかな。
いつまでも見ていたいと思ってしまう。
こんなに好みの顔がこの世に存在していいんだろうか。
…出会った頃は、こんなに好きになるなんて思ってもいなかったのに。
まさか両思いになるなんて思わなかったけど、こうなってからも見つめていたいと思ってるなんて。
きっと私の方だけ。
…ちょっと恥ずかしい。
「どこでもいい。
エマ…お前、行きたいところはないのか?」
彼の、私の名前を呼ぶ声が好き。
時々お前と呼ばれるのも、(リヴァイには絶対言わないけど)実は好き。
今日の夜にはまた会議の予定があるので、てっきりまた自主的に急ぎではない仕事でも終わらせに行くのかと思っていた。
一緒に時間を過ごすうちに新しい彼の一面が見えてくる。
彼の行動も、一緒に過ごすうちに少しずつ変わってきているような気がする。
もっともっと、知りたい。
「リヴァイと一緒なら、どこでもいいよ」
こんな恋愛の王道みたいなセリフが自分の口から自然に出るなんて、今までの私なら信じられなかった。
それでも、彼ならどんな言葉でも笑わずに受け止めてくれるんじゃないかと思ってしまう。
「…そうか。」
彼の無表情なその顔が、少し緩むのを見るのが好き。
滅多に見られない柔らかい顔を見るのが好き。
彼の多くを語らないところも、好き。
時々不安になることもあるけど、彼の瞳を見るととことん信じてみようと思ってしまうから不思議だ。
彼の手が触れるのが好き。
実は世話焼きなところも、好き。
もっともっと、と思ってしまう。
「取り敢えず起きて着替えろ。
なに着るんだ、ほら」
そう聞いてエマの大きな瞳がふわりとワードローブに向けられる。
ブランケットからすらりと伸びた足は彫刻のようで、細い足首から腿にかけて程よく肉付きがよく、よく計算されたような造形だった。
昨夜寝る前に羽織らせた寝衣もリヴァイより肩幅が狭いので幾分か大きいようだ。
ベッドの枠に手を当てて無防備にエマが屈むと、形の良い胸のシルエットが嫌でも服の隙間からちらつく。
その、起き抜けのまだ多少高い体温に誘われるようにリヴァイも半ば無意識に手を伸ばす。
上半身だけ羽織っていた寝衣を脱ごうとしてリヴァイに背を向けた瞬間、エマの身体に後ろから腕が巻きついた。
…え、あれ?
「で、出かけるんじゃないの…?」
脱ぎかけていた手を止めると、彼の手のひらが私の肌を滑る。
後ろから抱き締められたまま身体中至る所を撫でられ、背中と首には唇が熱く這う。
思わず肌がびくりと上気した。
「ん……っ!」
「と思ったが、まだ時間も早い。
要は会議までに戻ればいいんだろう」
「えっ、リヴァイ…!?」
そのまま彼の腕に引き寄せられて、もう一度ベッドに倒された。
終始マイペースの彼は意見を聞いてるわけではないので、有無を言わせない。
いつも甘い言葉を貰えるわけじゃないけど…、それでも、彼の手が私に触れる瞬間がたまらなく好き。
足を伝って、腿から腰、胸の先まで。
「あ…っ!…ん…」
「あまり大きな声出すなよ」
「…だ…っだって…!そんな風に、触る…から…」
「は…なんだ、そんな風って」
耳元で吐息交じりに囁かれると、もう全てがどうでもよくなってしまう。
彼の唇が好きで、指が好きで、
熱い体温が好きで、触り方が好きで…。
彼の腕の中で微睡むのが、とてつもなく好き。
今までもこれからも、リヴァイには勝てる気がしない…。
「リ…ヴァイ、お願い、休ませ…て…」
「折角の休みなんだからな、これくらいで済むと思うな」
「…え、うそ…っ!あっ…!!」
(こ、これじゃ…出掛ける時間なんて、ない…)
なんて密かに抵抗することを諦めたエマは、リヴァイにされるがまま、いつもの様に翻弄されていった───。
ルピナス
おわり